2-19 労役? (1)
「ほら、澪璃さんも――」
「紫様の料理は、危険ですよぅ」
「そっちだったかっ!」
パシン、と額を叩いたわたしに、宇迦はやれやれとでも言うように肩をすくめて首を振る。
「美味しすぎるんですよ、紫さんの料理は。普段の料理との落差が酷すぎて、逆に可哀想じゃないですか?」
「むむむ……解らなくもない」
下手に高級なものを食べてしまうと、いつもそれなりに美味しいと思って食べていた物が、急に物足りなくなる感覚。ちょっと理解できる。
それが見たことも無い食べ物ならまだしも、普段食べている物と同種の物だと。
「今後も食べる機会があるならまだしも、これっきりというのは……」
「了解、やめておくよ」
継続的に炊き出しをするつもりはないし、食料が無くて飢えている様子もない。
余計なお世話になりかねないか。
「それでは、ちょっと仕事の説明をしてきますね」
「わたしも……あ、やっぱりお願い」
「はい、任せてください」
わたしもついて行こうかと思ったけど、村人からわたしたちに向けられる畏れの視線に、素直に宇迦に丸投げすることにした。
彼らが誰を畏れているかと考えれば、ほぼ確実にわたし、もしくは澪璃さん。
あの炎の竜巻を見た後だと、仕方ないか。
宇迦は見た目こそ一番神様を感じさせるだろうけど、怖いことはしてないからねぇ。
説明に行く宇迦を見送り、少し離れた場所でわたしは澪璃さんと待つ。
「藻は全てを一カ所に集める必要はありません。ある程度の範囲でひとまとめにすればこちらで回収します。それから――」
宇迦の説明を聞き終えた村人たちはすぐに動き始め、湖岸に打ち上げられた藻を全員で回収し始めた。
「湖面の藻は、今のところ、大丈夫?」
「ですよぅ。でも、まだ半日ですから……」
「大丈夫かどうかは、判らないか。村人の方は……順調みたい」
湖をぐるりと一周しながら、湖岸に流れ着いている藻を村人全員で回収、ある程度集まったらわたしがストレージに入れるという寸法。
湖が広いのでちょっと時間は掛かるけど、それ自体は簡単な軽作業。
子供たちも元気に走り回って、藻を集めている。
血色も良いから、食べ物に困っていないというのは本当なんだろう。
まだ少し畏れを感じさせる大人たちに比べ、子供たちは最初こそ少し緊張気味だったけど、今では無邪気にわたしたちの前に藻を積み上げに来てくれる。
「持ってきました!」
「はい、ありがとう」
「い、いえ! も、もっと持ってきます!」
宇迦に微笑まれ、顔を赤くして、タタタッと走り去る男の子。
甘酸っぱいねぇ。
宇迦は可愛いからねぇ。
でも、あげないよ?
わたしのだから。
「あ、あの……」
思わず口元が緩むわたしに後ろからかけられる声。
振り替えればそこにいたのは、わたしと同じぐらいの背丈の男の子だった。
「うん? なに?」
「あ、そ、その……こ、ここに積めば良いんですよね?」
「そうだよ? あ、お手伝い、ありがとね。無理しなくても良いからね?」
「だ、大丈夫です!」
緊張に表情をこわばらせているその男の子は、藻を地面に落とすと、足早に離れていく。
う~ん、慣れてきたのかと思ったけど、宇迦に比べるとわたしは怖がられてる?
――いや、当然かも。
あの炎の竜巻のインパクトは大きいよねぇ。
きっと、村にいた子供たちも目撃していると思うし。
わたしだって、知らない人があれをやったと聞いたら、警戒すると思うもの。
でも大丈夫。
ここの子供たちとお友達になれなくても、あっちの村の子たちとは仲良しだから!
「……いえ、あの子も紫さんを見て緊張しているだけだと思いますよ? 普通に可愛いですからね、紫さんは。村人と違って、身なりも綺麗ですし」
「そうかな……?」
宇迦の事は素直に可愛いと言えるけど、自分の容姿となると。
特にこの容姿、数年前の自分をベースにキャラメイクしただけに、ナルシストではないわたしには簡単に同意できない。
「さて、そろそろ一度片付けようかな。――あれ?」
宇迦の言葉へのコメントは避け、積み上がってきた藻をストレージに入れようとしたところで、ちょうど藻を持ってきていた女の子と目が合った。
どこかで見たような……?
「あ、昨日の、生け――ゴホン。昨日会った子だよね?」
あの時に漂わせていた悲壮感が失われていたので一瞬気付かなかったけど、それは確かに、昨日生贄として差し出された女の子。
あんな状況だったから、女の子の容姿などあまり観察していなかったけど、こうしてみると、生贄として選ばれたのも頷けるほどに整った容姿をしている。
「は、はい! 昨日は、その、ありがとうございました。霧と申します!」
そう名乗った女の子は、少し緊張しながらも昨日の死にそうな表情から一転、生き生きと瞳を輝かせ、とても魅力的に見える。
これは、ちょっともったいなかった……いやいや、何でもないよ? うん。
「わたしは紫、こっちは澪璃。水神様と言う方が解りやすいかな? あっちのは宇迦ね。昨日はゴメンね? 迷惑をかけちゃったみたいで」
「いえ! め、滅相も無いです! うちらの方こそ、お心を、煩わせ? た、ようで、はい」
「あー、普通に話してくれて良いよ? そのぐらいでどうこう言うつもりは無いから」
慣れない言葉遣いなのか、途切れ途切れに応える霧ちゃんに、わたしは笑みを浮かべてそう伝える。
「ごめんなさい。うち、神様に会うの、初めてで」
「そりゃそうだよねぇ、普通、神様になんて会わないよねぇ。ま、気楽にしてくれて良いから」
「ありがとうございます! それでは、失礼します!」
村の事とか少し気になってたから、もうちょっと話を聞きたかったけど、仕事をしているわけだし、引き留めるの悪いか。
ぺこりと頭を下げて去って行く霧ちゃんを、手を振って見送る。
わたしたちの前を離れた霧ちゃんは、少し離れた所で少し心配そうにこちらを見ていた子供たちに合流すると、きゃいきゃいと笑いながら藻の回収に戻った。
耳を澄ませば、『大丈夫だった?』とか、『うん、怖くなかったよ!』とか聞こえてくるので、少しイメージの改善には成功したのかもしれない。
「ところで、澪璃さん。この湖って、危険な生き物っていないよね?」
せっかくわたしたちを過剰に畏れない子供たち。
そんな子たちが怪我したら大変、と思って一応訊いてみたんだけど、澪璃さんはやや心外そうに首を振る。
「いませんよぅ。わっちの棲み処ですよ? 安全ですよぅ」
「なら良いんだけど――」
「うあぁぁぁ! 巨大な魚が!」
澪璃さんが『安全』と言った舌の根も乾かないうちに、叫び声が上がった。
慌ててそちらに視線を向ければ、そこにいたのは長さ二〇メートルは超えていそうな巨大な……ウナギ?
水面からザバリと頭を突き出し、ズドンと地面に叩きつけられたその胴体の直径は一メートルを超えているだろうか。
動物園で見た巨大ニシキヘビなんて目じゃない大きさで、大人でも呑み込めてしまいそうなほど。ましてや子供なんて一口だろう。
そのまま湖に戻っていくのかと思えば、多少水から出たぐらいでは行動に支障も無いのか、慌てて逃げる村人を追いかけ、ニョロニョロと地面を這っている。
「安全はどこいった!?」
「別に危険じゃないですよぅ?」
わたしの抗議に、澪璃さんはきょとんと小首を傾げる。
「あぁ、そうね! 澪璃さん的には危険じゃないよね! でも、人間ベースで考えて欲しかった!」
慌ててそのウナギに駆け寄ったわたしは、飛び上がってストレージから取り出したデスサイズを一振り。
ウナギをズバンと切り裂けば、頭がゴロリと転がり、その切り口から血を撒き散らしながら胴体がうねうねと暴れ回る。
「「「おぉぉぉお!」」」
村人から上がる歓声。
喜んでくれるのは嬉しいけど、せっかくの『わたし、怖くないよ?』アピールが台無しになりそうで、複雑である。
少しスプラッタな状況に、子供たちが少し引いていそうで……でもわたしとしては、哺乳類の巨大モグラを切り裂くよりも、魚であるウナギの方が気分的に楽。
大きいだけあって、一瞬にして血の池ができているのがアレだけど。
これは……ウナギは動かなくなるまで放置で良いよね。
血抜きが終わったらストレージの食材にするとして、今は――。
「えっと、澪璃さん。澪璃さん的に危険じゃなくても、人間からすれば危なそうな生き物とか、生息していたりする?」
ウナギだけならまだしも、たぶんそれでは終わらない予感が。
尋ねるわたしに、澪璃さんは顎に指を当てて、少し視線を上に向けて考え込んだ。
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