2-20 労役? (2)

「そうですねぇ……多少は? ガザミとか、いますねぇ」

「ガザミ……?」

 何だっけ? それって。

「ワタリガニとも言いますね。ご存じありませんか?」

 首を捻っていたわたしに、近づいてきた宇迦から助け船が。

「あぁ! ワタリガニ! うんうん、あれって美味しいよね! ……ん? 危険?」

 指を挟まれて危険、って事じゃないよね、さすがに。

 ウナギっぽい物があのサイズだったんだから、ワタリガニもそれに匹敵する、とか?

 食べ応えはありそうだけど、ハサミで挟まれたら胴体とか、真っ二つになったりしない?

「……ちなみに、澪璃さん。そのガザミの大きさは?」

「えっと、一口サイズよりは、ちょっと大きいですよぅ」

 うん、その一口って、さっき見た、澪璃さんの元の姿からして、だよね。

 滅茶苦茶大きいよね、それって!

 以前、澪璃さんが『ウナギや蟹を食べている』と言っているのを聞いた時に想像したのは、今の姿の澪璃さんがウナギや蟹を丸かじりする光景だったけど、元の姿で丸かじりする姿も、それはそれであんまり見たくない光景である。

「宇迦、水際に移動しよう。村の人には、近くで作業してもらう事にして」

「そうですね。その方が良いでしょう。……たぶん、出てくるでしょうし」

「だよね。このパターンでなら」

 そして、案の定と言うべきか、数分後、叫び声が上がった。

「きゃあぁぁぁ! 大きな蟹が!」

 その蟹は、わたしが両手を思いっきり広げても、胴体部分の横幅にすら届かない大きさだった。

 爪の大きさだけでもわたしの身長ほどもあり、挟まれればもちろん、振り下ろして叩きつけるだけでも、普通の人間なら簡単に死ねそう。

 それが湖から顔を出し、這い上がろうとしている。

 さすがは神域、ハンパない。

 ――これがこの世界では一般的とか、そんな事はないと信じたい。

「あれがわっちのおやつですねぇ。紫様が作るお料理には全く及びませんが、それなりに美味しいんですよぅ。今度、ごちそうしますよぅ」

「うん、その時は是非。ただし、火を通してね――って、そんな事を言っている場合じゃなかった!」

 蟹だけに正面に歩くのは苦手なのか、近くにいた村人たちは問題なく逃げ出しているけど、蟹が危険な動物であることに変わりはない。

 わたしは慌ててその蟹に駆け寄ると、その正面に立ち、先ほど使ったデスサイズを構えようとして、はたと気付く。

 ――デスサイズの切れ味なら、胴体真っ二つも可能だろうけど、蟹味噌、こぼれるよね?

 巨大生物との戦いも三度目ともなれば、わたしも少し冷静になる。

 せっかくの蟹なのだ。

 蟹味噌も含め、まるっと全て味わいたい。

 むむむっ、このまま魔法で丸焼きにするとか?

 しかし、先ほどの『ファイア・ストーム』の事を考えると、加減を間違えて炭にしてしまう危険性も……。

「紫さん! 蟹の急所は、胴体の真ん中の上、その辺りです!」

「――! ありがと、宇迦!」

 さすがは宇迦。

 わたしの悩みに対して、的確なアドバイスをくれる。

 わたしはすぐさまデスサイズをストレージに片付けると、代わりにスピアを取り出した。

 かなり細く、針のように鋭い槍。

 それで素早く、宇迦の指さした箇所を貫く。

 その効果は劇的だった。

 目の前に立ったわたしに、今にも振り下ろそうとされていた巨大な爪から力が抜け、わたしがスピアを抜くと同時に、蟹はその場に崩れ落ちた。

「「「おぉぉぉお!」」」

 再び村人たちから歓声が上がる。

「お見事です」

「それほどでも。……ムフフ♪ 宇迦にも分けてあげるからね。楽しみにしてて!」

 ウナギも嫌いじゃないけど、わたし的に蟹には敵わない。

 ホクホクと蟹をストレージに収納。

 これで、手間をかけずにお腹いっぱい蟹を食べるという、ささやかな野望が達成できる。

 この大きさなら、蟹の身をほじくり出す手間も、必要ないからね!

 とは言え、わたしにはご褒美でも、村人からすれば危険な存在。

「これは、わたしたちの近くで作業してもらった方が良さそうだね」

「ですね。私、伝えてきますね」

 わたしたちが頼んだ作業で怪我をさせるのは申し訳ない。

 広範囲に散らばっている村の人たちを近くに集めるべく、宇迦は代表者の下へと向かった。


    ◇    ◇    ◇


 食材――もとい、危険な生物のせいで広範囲に手分けして、という事が出来なかった関係で、湖のお掃除は四日間に亘って続けられる事になった。

 途中小雨が降ることもあったけど、幸いなことに作業に支障が出るほどでも無く、4日目の昼頃には概ね掃除は終わり、減っていた湖の水も元の水位にまで回復していた。

 そしてその影響か、三日目の後半ぐらいからは巨大生物の襲撃も無くなり、暇になったわたしは、蟹の丸焼きに挑戦していた。

 あまり手をかけてしまうと、わたしの【料理】スキルが良い仕事をしてしまうので、簡単な丸焼き。

 これなら村人に振る舞っても良いんじゃないか、と宇迦も言ってくれたので、頑張ってるんだけど……これが案外難しい!

 威力を上げすぎれば完全に炭になってしまうし、少し弱めただけでは表面だけが焦げて、中が生焼け。

 表面が炭にならない威力で、かつ中まで火が通るような威力。

 攻撃魔法でそんな繊細なことをしようとすること自体、間違っている気もするけど、この蟹を調理できるような大きな鍋なんてないしねぇ。

 小さく刻めば入るけど、それはそれで、村人に振る舞うには量が足りない。鍋のサイズ的に。何回も作るのは面倒だしね。

「あのう、紫様? よろしければ、わっちが水を浮かべましょうかぁ?」

「え? 水を浮かべる?」

「はい~。紫様の魔法なら、浮かんだ水を沸騰させることもできますよねぇ?」

「……なるほど、それならこのサイズの蟹も茹でられるね」

 見た目のインパクト的にも、それはちょっとやってみたい。

 水ならば一〇〇度以上にならないので、炭になる心配も無いし?

「でも、それはまた今度お願い。もうちょっとでできそうだから、頑張ってみる」

「解りましたよぅ。応援してますよぅ」

 ここまで頑張ったんだから、やり遂げたい。

 蟹を二つばかし無駄にしちゃったけど、澪璃さん曰く、『ガザミなら、たくさんいますよぅ。必要なら、捕まえてきますよぅ』との事なので、ここはわがままを言わせてもらう。

 そして、その努力の甲斐もあり、掃除が終わった時には一匹の焼き蟹ができあがっていたのだった。


「はい、好きにとって食べて良いよ~」

「「「は~い!」」」

 焼いた後でも蟹の殻は固い。

 食べやすいように、わたしが切り分けてから並べると、歓声を上げた子供たちがそれにわらわらと集まった。

「美味しい!」

「なにこれ!」

「ふわぁ、ふわぁぁ!!」

「――むぐむぐむぐ!」

 ものすごい食いつき。

 あの霧ちゃんも他の子供たちに混ざって、必死さを感じさせるほどの勢いで食べている。

 でも、仕方ないよね。

 美味しいからね、蟹って。

 そんな子供たちの様子とわたしたちの顔色を窺っていた大人たちも、わたしたちが笑顔で見守っているのに安心したのか、恐る恐る参入。

 一口食べて歓声を上げると、すぐに無言で食べ始めた。

「単に焼いただけですが、好評みたいですね」

「うん。四日間も手伝ってもらったからね。少しお返しができて良かったよ」

 焼き蟹は美味しそうだけど、わたしたちはすでに失敗作を食べているので、あそこには加わらない。

 失敗作とは言っても、生焼けになった部分を取り出して、別途調理した物だから、たぶんあの焼き蟹よりも美味しいし?

 それに、わたしたちがいると、村人たちも手を出しづらいだろう。

 そして巨大だった蟹も、村人全員でかかれば程なく食べ尽くされ、やがて身の無くなった殻だけがその場に転がることになったのだった。

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