2-04 訪れたのは (3)
「領域には、澪璃以外の神霊もいますが、そのあたりも放置してますからね。基本的には放任主義なので、祐須罹那は」
「良いの? そんなので」
「はい。悪さをしなければ、神霊の存在は浮遊霊対策にもなりますし」
「お家の周りに漂う浮遊霊はきちんと処理してますよぅ」
「と、このように」
胸を張る澪璃さんに、宇迦は微笑む。
宇迦の言った『部下のようなもの』というのはこの仕事を指し、これが唯一の仕事らしい。
その程度であれば、普通の神霊からすれば大した手間でもないので、祐須罹那様に反発するような神霊もいなかったようだ。
……ん? それって、わたしより楽じゃないですか?
部下(のようなもの)よりも、協力者の方が面倒とか、なんだかちょっぴり、釈然としない。
「神霊に関しては解ったけど、人との関わりは? この前のお祭り、来たのはすぐ近くにある村の人だけだよね?」
「人の方の重要度はそれ以下ですね。氏子などにしても、領域を示す看板ぐらいの印象でしょうか」
「看板。扱いが軽すぎる……」
想像以上に。
お祭りに関しても、やらなくて困るのは人の方で、神としては別に困らないらしい。
そういえば、この前やった夏祭りも、宇迦も乗り気ではあったけど、どちらかと言えば村人から頼まれてって感じだったよね。
つまり、神様にとって人は、自分の領域に勝手に住み着いている生き物、ぐらいの感覚?
増えても、減っても、あまり気にしない。
でも、居たら居たで楽しいし、お願いされたら、少し助けてあげようか、みたいな?
見方によっては、わたしの世界での『人間と他の動物』との関係に近いのかも。
「う~ん、なら、なんで神社とかあるの? それこそ、神域があれば無くても良いんじゃないの?」
「それとこれとは別です。紫さんだって、広大な土地を所有していても、家が無ければ困りますよね?」
「まぁ、そうだけど……。神様も同じなの?」
「詳細はともかく、似たようなものです。神によって違いますが、祐須罹那の場合は神域の
無くても困らないなら、わざわざわたしを喚んだりはしないか。
なんか複雑な事情があるんだろう、きっと。
なんとなく喚んでみたかった、なんて軽い理由じゃないはず……?
「しかしそうなると、逆説的に、神域を持つ事ができれば、神になれるって事だよね。澪璃さんも?」
「はい。わっちも湖を神域と認められている事で、神霊の端くれになれているんですよぅ」
神域として『認められる』とは、祐須罹那様から、という事らしい。
領域の内部にある神域、両者の力関係に隔たりがあれば、祐須罹那様の神力で、澪璃さんの神域を染めてしまう事も可能なようで。
そうなると澪璃さんは神格を失い、神霊の地位から転落してしまう。
なるほど、澪璃さんの腰が低い理由が納得できる現実である。
「まれに神域を持たないにもかかわらず、力の強い神もいますが……ある意味、紫さんはそれに近いですね」
「いや、わたしは人間だから」
おかしなことを言わないで欲しい。
――一切老化しない生物が、人間かどうかはこの際、措いておく。
「ま、神様の事情はなんとなく理解したよ。次は人の世界、国とか政治制度について教えて欲しいんだけど……人とはあまり関わらないなら、知らないかな?」
「いえ、知ってますよ。これでも神ですから」
「おぉ、神様スゴイ」
「ですが、紫さんが思うような国は存在しませんね、ここには」
「……え? そうなの? 人が集まってるのに?」
人が集まれば派閥ができ、町ができ、国ができる。
そういうものだと思ってた。
「はい。この世界には私たちがいますからね。同じ神の領域内であれば、国みたいな物ができる事はありますが、そこまでです。それ以上には広がりません」
「なんで?」
国ができたら支配地域を広げようとするのが、人だと思うんだけど。
「神がいるからですよ。先ほど、神にとって氏子は立て看板みたいな物と説明しましたよね?」
うん、なかなかに微妙な喩えだったから覚えてるよ、勿論。
「立て看板でも、壊されたら腹が立つでしょう? 当然、神は報復します。紫さんにわかりやすく説明するなら、剣とか槍を持って攻め込んだら、頭上から核ミサイルが降ってくるような感じでしょうか」
「わぉ……」
「後はまぁ、そんな事をしていたら、神同士での喧嘩になる事もあるわけで……」
つまり、『お隣の村を征服して、国を作るぜ! 俺は王様になるぜ!』とか、そんな事を始めたら、自分の村も、お隣の村も、その周辺も、全てまとめて灰燼に帰す、みたいな感じになるらしい。
神同士が争い始めると。
うん、シャレにならない。
「それじゃ、国はできないねぇ」
「はい。まぁ、神の勘気に触れなければ問題ないので、過去には話し合いで国みたいな物を作った地域もありましたが……先ほど話したように、人間から見るとまともじゃない神もいますからね」
「……あぁ、なるほど」
そもそもの問題として、話し合いだけで国をまとめる事がほぼ不可能にも思えるのに、その上で遭遇すればゲームオーバー的な、『人を殺すのが趣味!』みたいな神の領域があったりするのだから、難易度が高すぎる。
町を作るシミュレーションゲームに、唐突に怪獣が現れて町を破壊していく、なんてイベントがあったりしたけど、あれをリアルで体験できるわけだ。
よりハードに、よりエグく。
画面越しに、怪獣に踏み潰される町を見るのではなく、自分自身が踏み潰されるわけだから。
「やろうという人も、出てこないか」
「紫様、祐須罹那様みたいな方は、少ないんですよぅ」
「そうなんだ?」
「祐須罹那は、ある程度、人を保護してますからね」
最も多いのは、人に関わらない神霊。
次が気分次第で好き勝手にやっている神霊で、その次が人にとって都合の良い神霊。
人にとって都合の悪い、所謂“悪神”はそれよりも少しだけ少ないらしい。
「そんな状況だと、あまり文化の発達とかは期待できそうにないねぇ」
「まぁ、たまに神同士が大喧嘩すると、吹っ飛びますからね、色々と」
「はた迷惑な! とても神様的ではあるけれど!」
神話の世界として理解はできるけど、ちょっとぐらい文明・文化が発達してくれないと、観光旅行が面白くないですよ?
どこに旅行しても自然と農村の風景だけなんて、飽きちゃいますよ?
「強力な神様が喧嘩するとわっちたちも困るんですよぅ。弱小神霊なんて、翻弄されるだけなんですよぅ」
「だよね? 誰か纏め上げて統治しようという神とかいないの? もしくは、
「無いですねぇ。神なんて、基本、好き勝手に生きてますから。ただ“在る”。それだけです」
「神様、だもんねぇ」
祐須罹那様と澪璃さんみたいに、上下関係が無いわけじゃないみたいだけど、明確な主神やら創造神みたいな存在はいないようだ。
まぁ、居たからと言って、安定するとも限らないか。
神話の神様、結構好き勝手やってるし。
「――それとも紫さん、やってみますか? ラグナロク的に新しい秩序を作り上げますか? バイトの期間をちょっと変えればできるかもしれませんよ?」
「……ちょっとってどのぐらい?」
「えーっと、ちょっと丸を二つほど付けるだけで」
その言葉通り、両手の親指と人差し指で、丸を作る宇迦。
でも――丸を二つ?
んんんん? もしかして、三〇〇年に丸二つ?
「三万年って事かーい! ――思わずツッコんじゃったよっ!」
表記的にはちょっとでも、期間的には大違いだよっ!
そもそも、のんびり過ごすというわたしのポリシーに反してるしっ。
「そうですか? 少し延びるだけじゃないですか」
「神様的時間感覚がよく解らないよ!? 却下だよ、却下。もう」
そもそも本末転倒だよ。
『神様がドンパチすると迷惑だね』なのに、それを無くすためにドンパチしようとか。
……あれ? 前にも似たような事が無かった?
お賽銭がもらえないなら、お金を流通させれば良いんじゃない、みたいな。
「……まぁ、いいや。そのへんの事は暇になってから考えよ」
それにたぶん、考えるだけ無駄。
襲われたりしたら当然反撃するけど、そこまで。
わたしはラグナロクを起こすつもりはない。
第一、現状では実害も出ていないし、観光旅行も始めてすらいないのだ。
異世界だけに、文化・文明が未発達でも意外に楽しめて、三〇〇年間、案外退屈しないかもしれない。
判らないけどね。
「さて、そろそろお昼の時間だけど……澪璃さんも食べていく?」
「よろしいんですかっ!?」
「う、うん」
遠くから挨拶に来てくれたのに、用事が終わったならさっさと帰れと言うのも可哀想。
だから誘ってみたんだけど、予想以上に嬉しそうに食いついてきた。
ちょっと間延びしたような話し方ですらなくなってるし。
「澪璃さんとは長いお付き合いになりそうだし? 食べていってよ。普通のご飯だけど」
普通の人間と違って、わたしが帰るまで生きていてくれそうだもんね。
お友達になっていて損はない。きっとね。
「はい! いただきますよぅ!」
おぉ、見える、見えるよ。
わたしには澪璃さんの後ろで振られる尻尾が!
これは頑張らないといけない。
最近、雨ばっかりで、作り置きの料理で適当に済ませていたけど、久しぶりにちゃんとした料理、作っちゃおうかな?
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