2-05 訪れたのは (4)

「さて、何を作ろう?」

 日々の食事が必須行為ではなく、嗜好品に近づいてきている気がする今日この頃。

 料理を作る気になった時には、手間と時間をかける事も多いんだけど、今日は澪璃さんも待っている。

 あまり時間がかからないのが良いよね。

 ストレージから取り出せば、普通にできたてが用意できるけど――。

「紫様、何かお手伝いしますよぅ」

「澪璃さん。のんびりしていてくれても良いんだよ?」

 わたしが台所に移動するのにあわせ、ひっついてきていた澪璃さんに、『お客さんだし』と言うわたしに、澪璃さんはむしろ困ったように眉をハの字に下げる。

「それは逆に落ち着きませんよぅ……」

「そう? じゃあ、手伝ってもらおうかな?」

「はい。手伝わせてくださいよぅ」

 わたしにそんな意識はないけど、澪璃さんがわたしよりも立場が下と思っているのなら、そういうものかもしれない。

 部活の先輩をパシらせる、そんな感じ?

 わたし、部活に所属してなかったけど。

「澪璃さんは何か食べたい物、ある? お肉か、お魚か――」

「お肉。お肉が食べたいですよぅ。あんまり食べる機会が無いんですよぅ」

 わたしの言葉にかぶせるように、澪璃さんが即答する。

「ん、了解。それじゃ……トンカツにしようかな?」

 試作品ながら、最近ウスターソースっぽいものができたんだよね。

 単に塩・胡椒で焼くだけでも美味しくなるわたしの料理スキルだけど、さすがにそれだけだと宝の持ち腐れ。

 バリエーションを増やすべく、調味料は他にも色々と試作中。

 そのうちお味噌やお醤油などの製造にも取り組んでみたい。

 スキルがあるから、不可能じゃないと思うし。

「それじゃ、澪璃さんはこのお肉を厚めに切ってくれる?」

「解りましたよぅ」

 ストレージから取り出した、豚肉っぽいモンスターの肉を澪璃さんに渡し、わたしはキャベツっぽいお野菜を千切りにする。

 それをお皿に移したら、澪璃さんがカットしたお肉に下味と衣をつけ、油を用意。

 魔道具のコンロにお鍋を置く。

 それを見た澪璃さんが、不思議そうに小首をかしげて、わたしに尋ねた。

「紫様、この道具ってなんですかぁ? 初めて見ますよぅ」

「わたしが作った調理器具だよ。一応、魔力を使って動く物なんだけど……澪璃さん、やってみる? 宇迦が使えたから、たぶん大丈夫だと思うけど」

 わたしの場合、自分のステータスは見られるので、魔道具を使えばMPの消費が確認できる。

 でも、わたしがやっていたゲームでは、他人のステータスを看破するスキルや魔法は存在せず、宇迦にMPが存在するのかは判らないし、魔道具を使った時に消費されているのかも不明。

 魔道具が使えているんだから、仮に魔力やMPが存在しなくても、それに類するものがあるのは確実だと思うんだけど……神力とかかな?

「じゃあ、やってみますよぅ。えっと、こんな、感じ……?」

「うん、できてる、できてる。そうすると、ここが熱くなって、料理ができるんだよ」

「ふえー、便利ですよぅ」

 油がある程度熱くなったら、衣をつけたお肉を投入。

 最初はやや低温で火を通し、一度油から揚げて少し休ませ、再度高温の油で揚げる。

 カラリと揚がったところで取り出し、再び少し休ませてから一口サイズにカット。お皿に並べる。

 トンカツにはサッとソースをかけて、あわせるのは……パンで良いか。たくさんあるし。

「す、凄く美味しそうですよぅ!」

 澪璃さんが涎を垂らさんばかりに、お皿で湯気を立てるトンカツを凝視する。

 綺麗な人なのに、ちょっと残念な――いや、すでに残念なところは色々見てるね。躊躇無い土下座とか。

 まぁ、悪い人じゃないし、親しみやすくて、付き合いやすくはある。

「それじゃ、運んじゃおうか。澪璃さん、そっちのお皿をよろしく」

「お任せくださいよぅ!」


 居間に戻ると、宇迦はすでに座卓について待ち構えていた。

 すでに宇迦も、わたしの料理には陥落済みなのだ!

 ふっふっふ。宇迦、お持ち帰り作戦、順調かもしれない。

「紫さん、香ばしい良い匂いがここまで漂ってきましたが……」

「今日はトンカツだよ。ソースは発展途上だけど、十分に食べられると思うから」

「紫さんの料理に不安はありませんよ。早く食べましょう」

 持ってきた料理を座卓の上に並べ、三人揃っていただきます。

 やはり最初はカツから……うん。美味しい。かなり美味しい。

 ソースの出来自体は今一歩だけど、これは単純な串焼きでも美味しいお肉なのだ。

 多少ソースが不出来でも、十二分に美味しい。

「今日の料理も美味しいですね」

「ふあぁぁ、美味しすぎですよぅ……凄すぎですよぅ……」

 比喩じゃなく涙を流して喜んでいる澪璃さんはちょっと大げさに思えるけど、喜んでもらえるなら、作った甲斐もある。

「美味しい、美味しいですよぅ」

 そんな事を言いながら、パクパク、シャクシャクと食べていれば、すぐにお皿は空になり、澪璃さんはそれを見て、悲しそうに目尻を下げる。

「……澪璃さん、もう少し食べる?」

「良いんですか!?」

「う、うん。はい、どうぞ」

 ぐぐいっと顔を近づけてくる澪璃さんに、わたしはのけぞりつつ、わたしのお皿に残っていたカツを半分ほど、澪璃さんのお皿に移す。

 澪璃さんはそれを即座に口に入れ、嬉しそうに口元を緩めた。

 そんな澪璃さんの様子に、宇迦が少し呆れたように尋ねた。

「紫さんの料理が美味しい事は、わたしも認めるところですが……澪璃、あなた、普段は何を食べているんですか?」

「蟹とかウナギとか、食べてましたよぅ」

「え、それって――」

「生で、丸のまま」

「「………」」

 わたし的に蟹やウナギは高級食材だけど、生はない。

 思わず、澪璃さんが蟹を殻ごとバリバリと食べる姿や、ウナギを丸呑みにして、口元からにょろりと尾っぽがのぞいている光景を想像しちゃったよ。

 澪璃さんの外見でそんな事をされたら、いろんな意味でモザイク必須になっちゃう。

「お肉は――」

「生のお肉は美味しくないですよぅ」

「そ、そっかぁ……」

 生のお肉に齧り付き、噛みちぎり、口元を血で染める澪璃さん。

 こちらもモザイク必須だね。

「……澪璃さん、いつでもご飯、食べに来て良いからね?」

「紫様、ありがとうございますよぅ。わっち、紫様に忠誠を誓いますよぅ」

 誓われちゃった。

「――って、いやいや、澪璃さんは祐須罹那様の部下でしょ?」

 さすがにそれは、と言ったわたしに、問題ないと首を振ったのは宇迦だった。

「そこは別に気にしなくて良いですよ。あんまり厳密なものじゃないですし」

「そういうもの?」

「はい。それに、澪璃が部下にいても、いなくても……」

 宇迦はそう言葉を濁し、わたしが出した食後のデザートを、幸せそうな表情で食べている澪璃さんに視線を向ける。

 確かにこれまでの事だけを見ると、あんまり有能そうじゃないけど……いなくてもいいと言われるのは、ちょっと可哀想だよね。

 ……うん、澪璃さんには優しくしてあげよう。


    ◇    ◇    ◇


 澪璃さんはデザートもおかわりして、しっかりと楽しむと、弾むような足取りで雨の中を濡れながら帰って行った。

 『傘か何か……』というわたしに、『蛟だから、濡れても全然問題ないんですよぅ』と言って。

 神社の入り口、御手洗みたらしの川を泳いで、自分の神域である湖まで戻るらしい。

 さすが人外。やる事が違う。

 あ、もちろん、人の姿のままじゃないみたいだけどね?

 さすがに人の姿でそれをやられたら、目撃した村の人たちが大騒ぎしちゃうからね。

「澪璃さん、なかなかに面白い人だったね」

「そうですか? 紫さんは懐かれたみたいですけど……」

「あれ? 宇迦、妬いてる?」

「妬いてません!」

 ちょっとだけ不満そうに聞こえた言葉に軽口を返してみると、思ったよりも強い言葉が返ってきた。

 もしかして本当に?

 どっちかな?

 わたしに対してかな? 澪璃さんに対してかな?

「……紫さんが、思ったよりもあっさりと受け入れたので、少し意外に思っただけです。あんまり、人付き合いが得意そうじゃないのに」

「えー、そんな事無いよ?」

「そうですか? でも、村の人たちへの対応、私に押しつけるじゃないですか」

「うっ、それは、その……ジャンル? が、違うというか……」

 例えば学校の同級生、近所の人、お店の店員や一般的な社会人など、そういった人たち相手なら、わたしも普通にコミュニケーションが取れる。

 でも、異世界の村人という、生い立ちも、文化も、生活様式も、何もかも違う相手に対してどうコミュニケーションを取ればいいのかなんて、わたしの人生経験データベースには含まれていない。

 ギャルやパリピ並みに扱いに困る……いや、それよりはマシかもしれないけど、やっぱり慣れるまではどうしても一歩引いてしまう。

 それが異文化コミュニケーションというものかもしれないけど、わたし、自分から距離を詰めるのは苦手なのだ。

 その点、澪璃さんは、向こうから好意的にグイグイと距離を詰めてきたので、やりやすかったというか。

 悪意がないと、邪険にはできないよね。

 そしてもう一点、澪璃さんは『こっち側』だった事も大きいかな?

 最初、宇迦が言っていた、寿命云々に関しては、心配しなくて良いのだから。

「なるほど、そういう事ですか。であれば、理解できます。澪璃は付き合いやすい相手でしょうね」

「うん、そうなの。わたしの作った料理も、喜んでくれたしね」

「そりゃ喜びますよ。神霊なんて、ご飯を食べる機会が、ほとんど無いんですから。特に紫さんの作るご飯は、凄く美味しいですし」

「それは、否定しない」

 自分で言うのもなんだけど。

 スキルって、偉大だよね?

「それに、お祭りの時の差し入れ、食べましたよね?」

「うっ、確かにあれは美味しくなかったね……」

 たまに食べられる料理があのレベルだと、確かに泣きたくなるかもしれない。

「ま、あの様子だと時々やってきそうですから、退屈しのぎにはなりそうですね。紫さんも、私だけだと気詰まりでしょうし?」

「えー、そんな事無いよ~。宇迦の尻尾は唯一無二、澪璃さんには無いからね!」

「私の価値は尻尾ですか!?」

「ううん、耳も重要だよ!」

「似たようなものですよ! もう紫さんには触らせてあげません!」

 自分の尻尾を抱きしめて、ぷいっとそっぽ背いてしまった宇迦に、わたしは慌てて謝る。

「嘘々! ゴメン、尻尾や耳が無くても、宇迦は大事。ホントだよ?」

 宥めるように言ったわたしに、宇迦はチラリと視線を向けてきた。

「……耳と尻尾が無い姿でも、対応は変わりませんか?」

「えぇ!! できちゃうの!? そんなもったいない事が!」

「やっぱり信用できません!」

「冗談! 冗談だから!」

 再び顔を背けた宇迦にわたしは抱きつき、なんとか機嫌を取るのだった。

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