2-06 雨の日の内職
今日も今日とて雨。
そんな雨を見ながら、わたしと宇迦は、縁側に腰掛けて手仕事に励んでいた。
いや、どちらかと言えば、
「しかし、紫さん、こうやって傘を作っても、使う機会なんてありますか? 紫さんなら魔法でなんとかできるでしょう?」
「風情だよ、風情。実用性を言っちゃダメだよ」
そう、わたしたちがしているのは、竹と和紙を使った傘作り。
必要性なんて考えず、遊びと暇つぶしを兼ねて、ちょっと大きめの傘をのんびりと作る。
これが結構面白い。
仕事じゃないから、好きなように時間をかけて、好きな物を作れば良いのだから。
「宇迦が差して歩けば、絵になると思うんだよね。狐耳の巫女さんと和傘。良いよね」
「私も雨を避けるぐらいの事はできるんですが……まぁ、別に良いですけど」
「そうそう。こういう緩やかな時間を楽しまないと」
縁側から雨を眺め、その穏やかな雨音を聞きながら手仕事。
これぞ、スローライフという物じゃあ、ないかいな?
のんびりと農業をして、趣味的な手仕事をして、美味しい食事をして、寝る。
悪くない、悪くないよ。
でも、そのためにはちょっと足りない物が。
「ねぇ宇迦、お味噌やお醤油の作り方って知ってる? これって、料理スキルじゃ、なんともならない感じなんだよねぇ」
ピクルス作り。
これは料理。九割以上の人が賛成してくれると思う。
漬物作り。
浅漬けなら料理っぽいけど、たくあんとか、奈良漬けとか、そういうのは微妙に違う? 料理じゃないという人もいそうだよね。
お味噌造り。
そもそも『つくり』の字からして違う。
これは料理というカテゴリから、少し外れそう。
お豆を煮たりするのは、料理っぽいんだけどね。
お醤油造り。
このへんはもう、『料理』じゃなくて、『醸造』だよね!
まぁ、それはお味噌も同じだけど、まだお味噌は、スーパーで普通に売っているものだけで作れるから、料理の範疇に、ギリ引っかかっている気もする。
そして残念ながら、わたしのやっていたゲームには、醸造スキルみたいなものは存在しなかった。
せっかくだから、今の料理の腕で美味しい和食も食べたかったんだけど、未だ成功はならず。
それを成功に導くためにも、お味噌とお醤油はぜひ手に入れたい。
「お醤油やお味噌、ですか? 祐須罹那に訊けば判ると思います。今度、訊いておきますね」
「あぁ、判るんだ?」
宇迦はわたしの知識に合わせて色々な説明をしてくれるから、そうだろうな、とは思ってたけど。
「はい。紫さんを喚んだので、あの世界とは繋がりができてますからね。多少の情報を引き出すぐらいは可能です」
「おぉっ! 神様っぽいね」
「いえ、神ですからね? 弱ってましたけど、それなりに位階の高い神ですからね? 祐須罹那は」
にもかかわらず、わたしを喚ばないといけないほど、困窮してたんだよね?
何でそうなったのか、宇迦にちょっと訊いてみた事はあるんだけど、言葉を濁されてしまったので、詳しくは知らない。
まぁ、力が衰えていたという結果を見れば判るとおり、どう考えても失敗談だろうし、無理に聞き出す事でも無いよね?
人生の黒歴史、語りたくない気持ちはよく解ります。
例えばそう、ムラサキの事とか――うっ、頭がっ!
あれは忘れるべき。うん。
「よしっ、できた! こんな物かな?」
のんびりと、三日ほどかけてできあがったのは、朱色の和傘。
宇迦に似合うのは何色かな? と考えて選んだ色。
光に透かすとなかなかに美しい。
その和傘を開いたり閉じたり。
特に引っかかる場所も無く、動きはスムーズ。
破れそうとか、そんな危うい感じもしないので、耐久性も問題ないかな?
まぁ、見た目は普通の和傘でも、微妙に錬金術の、ファンタジー要素が含まれてるからね、これ。
細かな違いは色々あれど、一番の違いは防水加工。
普通の和傘は和紙に油を塗るんだけど、これが結構難しい。
量が多ければ耐久性に悪影響があるし、少なければ防水性が落ちる。
そこで、錬金術を用いた防水加工。
そのおかげで、和紙の厚みを薄くする事もできたので、軽やかさもアップ。
風情を残しつつ、実用性も手に入れた。
「宇迦、そっちはどうかな?」
「私の方ももう少しで……できました。どうですか?」
宇迦から差し出された傘を開いてチェック。
問題は……無いね。
「うん、きちんとできてる。さすがだね」
「難しいところは紫さんがやってくれましたからね」
「それでも、だよ。それじゃ、早速使ってみようか? せっかく作った事だし」
傘を持って立ち上がったわたしに、宇迦が少し意外そうな表情を浮かべる。
「おー、雨なのに、紫さんが外に出ようとするとは……それだけでも、傘を作った意味がありましたね」
「人をまるで引きこもりみたいに……否定しないけど」
「しないんですかっ!?」
「うん。今日も境内の散歩だけだし?」
この辺りの道が舗装されているはずもなく、わたしは雨靴なんて持ってない。
その点、境内の参道部分なら石が敷いていあるので汚れない。
なので、足を延ばしても階段の下まで。
足下を泥だらけにするのは、風情が無い。
「紫さん、本当にこの神社から出てませんね」
「えー、この前、浮遊霊を退治しに行ったじゃん」
「あそこも神社みたいなものですよ。神域内部なんですから」
「そう言われちゃうと……これまた否定できないけど」
考えてみれば、最初にここから逃げ出した時だけだよね、外に出たのは。
お買い物に行く必要も無いから、あえて出かける用事も無いし……。
「ま、そのうち出かける機会もあるよ。今日は散歩。それでいいよね?」
「別に良いですけどね、私は。それこそ神なんて、数十年単位で寝たままって事もありますから」
「いや、さすがのわたしも、そこまで引きこもる気は無いからね?」
なかなかのスケール違いに、わたしは苦笑しつつ、宇迦とともに家を出た。
作ったばかりの傘を二人で差し、からん、ころんと境内を歩く。
たぱたぱと傘に落ちる雨音が、なんだか楽しい。
時期的には五月雨ってところなんだろうけど、雨ながらも今日は結構明るいし、気分的には翠雨って感じかも。
そして隣を歩く、和傘を差した狐耳の巫女さん。
絵になりすぎる。
手元にスマホがあったら、『なんちゃら映え!』とか言って、写真を撮りまくり、ネットにアップしているところだ。
「たまには良いよね、こんな日も」
「そうですね。この時期の雨は植物の育成にも重要ですからね」
「そっか、農業をやるなら、自然環境も重要だよね。灌漑施設なんて無さそうだし」
「広い意味でならありますよ? ため池とか、用水路とか。地下水をくみ上げる施設やスプリンクラーみたいな物は無いですが」
「そりゃそうだよね。あっても、水車ぐらい?」
「それも無いですね、少なくとも、この近くの村には」
「村々が独立して存在している状況だと、そんなものなのかな?」
ある程度の集団にならないと、技術的発展というのは難しいのかも。
それとも、単に作れる職人がいないだけ?
結構難しそうだもんね、水車って。
軸の問題、
実用品を作ろうと思えば、簡単ではない。
そのあたりのことを宇迦に訊こうと口を開きかけたわたしの耳に、気になる音が聞こえてきた。
雨音に紛れるように、パシャリ、パシャリ、という、ゆっくりとした音。
水を叩くような、そんな音がゆっくりと近づいてくる。
足を止めたわたしを見て、宇迦も同じように足を止め、音の聞こえる方に視線を向ける。
そちらは、鳥居のある方向。
やがてその音がだんだんと大きくなり、石段の下からぬっと現れた姿は――。
「ひっ! ――って、澪璃さん!?」
「お久しぶりですよぅ、紫様」
前回訪れた時同様、濡れた長い髪が顔にかかり、雨に降られた
セクシーと言えなくもないけど、わたしの正直な感想を言うならば、幽霊か、水死体か。
わたしの姿を認めてにっこりと微笑んでくれても、垂れた髪の間から覗く口元がニッと吊り上がる様は、控えめに言ってもホラーである。
明るいからまだマシだけど、これが夕暮れ、黄昏時だと本気で悲鳴を上げていたかもしれない。
心臓に悪いから、ホント止めて欲しい。
「澪璃さん、その格好、なんとかならない? 子供がいたら絶対泣き出すよ? そもそも鬱陶しくないの?」
「わっちとしては結構快適なんですよぅ……」
さすがは蛟というべきか、ずぶ濡れなのが快適らしい。
わたしからすれば、どう見ても不快そうで、怪しい感じなんだけど、そこは人じゃないからなぁ。
「でも、紫様がお嫌なら控えますよぅ」
そう言って澪璃さんが軽く手を振ると、ずぶ濡れの着物は乾き、降り続く雨も、澪璃さんを避けて地面に落ちる。
顔に掛かっていた髪も後ろへと流し、わたしを見つめてニコリと笑った。
うん、この格好なら素敵なお姉さんなのに。
「改めて、いらっしゃい、澪璃さん」
「こんにちはですよぅ。紫様、宇迦様。素敵な物をお持ちですねぇ」
「これ? 作ってみたの。できあがったから、散歩中」
褒められたことにちょっと気分が良くなり、軽く傘を回して自慢する。
シンプルなのも良いけど、次回は傘の表面に絵とか書いてみるのも楽しいかもしれない。
「雨よけの道具、ですかぁ?」
「そう、“傘”なんだけど、一般的じゃない?」
「ないですね。一般的なのは、笠と蓑です。紫さんに判りやすく言うなら」
「わっちも、使っているのは見たこと無いですよぅ」
端的に言うなら、傘なんかさしていたら仕事にならない、ということらしい。
まぁ、農作業はできないよね。
現代でも外で働く人は雨合羽だったし。
そもそも通勤通学なんてものは存在しないのだから、基本的に雨の日は外出せずに、家の中で手仕事をするのが普通なのだ。
出番が少なすぎる上に、構造が複雑で、作るのが大変。
確かに、実用性には乏しいかもしれない。
「ま、いいや。まずは家に戻ろうか。澪璃さん、上がっていくよね?」
「はい、お邪魔しますよぅ」
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