1-16 庭造り (2)

 しかし、問題はどうやってそれらを手に入れるか。

 日本なら、お店で簡単に買えたんだけど……。

「石は山に入れば拾えますよ。この山、川もありますから。植栽に関しては、森から紫さんが気に入った物を集めてくれば良いんじゃないですか? 紫さんの家なんですし」

「そう、そうだよね! 文句言う人もいないんだし、好きにすれば良いよね」

 そっか。自分の家なんだもんね。

 わたしが心地よい空間にすれば良いよね。

 あ、でも――

「宇迦も一緒に住むんだから、一緒に考えよ? 宇迦の好みもあるでしょ?」

「そのあたりはあまり気にされなくても良いんですが……ただ、問題がありそうなら忠告だけはしますね」

 草花や樹木の中には、庭に植えない方が良い物もあるらしい。

 具体的には触るとかぶれるとか、根っこが蔓延はびこって増えすぎて困るとか。

 そういえば、ミントは植木鉢で育てないと大変という話は聞いたことあるね。

 そんな感じなのかな?

「それじゃ、よろしく。できたら、あまり手入れが要らず、花が綺麗で、実用性がある物が良いかな? 実が食べられるとか、そんな感じの」

「なかなか無茶を言いますね……」

 わたしの勝手な希望に、宇迦から少し呆れたような視線が向けられる。

 うん、解ってた。

 そんな都合の良い植物、無いよね。

「ま、一先ずは石を取りに行きましょうか。結構山奥に行きますが、大丈夫ですか?」

「うん。大丈夫、いつでも良いよ」

 わたしたちが着ているのは、一見すると山歩きには向かない巫女装束だが、そこはゲーム由来の品。

 実は『耐久度』なるものが存在し、なぜか裁縫スキルで回復できるという謎仕様がある。

 どのあたりが謎かと言えば、耐久度が残っている限り、ほつれたり穴が空いたりしないのだ。そしてその耐久度も、裁縫スキルがあれば、MPを消費するだけで回復できる。

 たぶん耐久度がゼロになったら破損状態になると思うのだが、試してみていきなり裸になるのも嫌だし、もう手に入らない物なので、こまめに回復するように心がけている。

 ついでに、草履でも歩きにくさが皆無なのは、わたしの身体能力のおかげなのか、やっぱり謎仕様のせいなのか……。

 ま、どちらも便利だから問題は無いよね。

「では、少し遠いですので、急いで行きますね。付いてこられないようなら言ってください」

 宇迦はそう言うと、小走りで森へと入った。

 そこにあるのは、獣道と言えるかどうかも怪しい程度の道。

 にもかかわらず、宇迦はそれを全く問題にせずに進んでいく。

 ――だって、地面を歩いてないから。

 木の幹を蹴り、枝に載り、たまに地面に降り。

 さすがおキツネさん?

 いや、キツネは木の上を走ったりしないかな?

 わたしもそれを参考に、ピョンピョンと。結構楽しい。

 宇迦はわたしが問題なく付いて来ているのを確認すると、更に速度アップ。

 その動きは軽やかで、ちょっと人間業では無い。

 そして、それについて行っているわたしもまた、人間離れしている。

 自分で言うのも何だけど。

 先に行けと言われると困っちゃうけど、同じ動きをコピーするだけなら、今のわたしには造作も無い。

 更に言えば、空を飛ぶ魔法なんて物もある。

 だから、もし付いていくのが厳しければ、飛びながらついていくことも。

 ……あ、宇迦を抱えて、素直に森の上を飛んでいけば良かったんじゃ?

 いやいや、そういえば石の回収だけじゃ無くて植物も探すんだった。

 そのことを思い出し、宇迦の後を追いながら地面にも目を向け、気になる物を探していく。

 うーん、案外、花が咲いてるもんだね。

 片栗や鈴蘭、桔梗など、見たことのある花もある。

 ちょいちょい余所よそ見しながら宇迦を追いかけること一〇分あまり、移動した距離は六キロ少々。

 宇迦が足を止めたので、その横にわたしも飛び降りる。

 ん? なんで移動距離と時間が解るかって?

 それはゲームのメニューが機能しているから。

 時計とマップがあるから便利なんだよね。

 これまでは神社から出なかったので、全く活用されてなかったけど。

「紫さん、そろそろ川ですよ」

「結構移動したね。この山ってかなり大きい?」

「そうですね、どこまでが山と表現するかですが、紫さんに解りやすく言うなら、富士山ぐらいはありますよ?」

「え、ホントに?」

 それって凄く大きいんじゃ無いの?

 あー、いや、世界的に見たらそうでも無いのかな?

 山にはあんまり詳しくないから判らない。

「イメージとしては、富士山の一合目から上を切り取って、楕円形に引き延ばしたような感じでしょうか。標高は二千メートルあまりなので、そんなに高くありませんけど」

 二千メートル級の山か……よく解らないけど、結構高い山じゃない?

 うちの近所にあった山が五百メートルも無かったし。

「神社のあたりの海抜は?」

「入り口の鳥居の所で三百メートルは行っていないぐらいでしょうか」

 さすが神様、きっちり把握してるんだね。

 ま、うちの神社は山の麓にある、と。

 あまり気にする必要もなさそうだけど、裏山を登っていけば、それなりに本格的な登山が楽しめそうなのはメリット……なの?

 長い人生、レジャー施設(?)があるのは悪い事じゃないか。

「それじゃ、石を拾いに行こうか」

「はい」

 宇迦が止まった場所から少し下ると、すぐに河原に出た。

 山の中だけに転がっている石は、殆ど角が取れていないゴツゴツとした物が多い。

 その中から好みの色合い、形の物を見繕い、ストレージに入れていく。

 綺麗な石だけじゃ無く、苔むした岩もまた適当に。

 普通なら運搬方法に悩むところだけど、そんな心配は不要なのが嬉しいね。

 わたしの身長ほどもある石でも、何の問題もなく入るんだから。

 そうやってある程度余裕のある量の石を集め終わった頃、少し離れた場所にいた宇迦がわたしを呼んだ。

「紫さん、紫さん、良い物がありましたよ!」

「……えっと、これは?」

 宇迦の指さす先にあったのは、ふきみたいな植物。

 これを路地に植えようって事かな? 別に良いけど、取り立てて良い物と言うほどでは……。

山葵わさびですよ、山葵! 食事のバリエーションが広がりますね!」

「え、これが?」

 わたしの知っている山葵は川の中に生えているイメージ。

 でもこれは、川岸とはいえ、土に生えてるんだけど。

「栽培されてるわけじゃないですから、小さいですけどね。ほら」

「ちっちゃ!」

 宇迦が引き抜いて見せてくれた、その山葵の可食部はわたしの小指半分ぐらいしかなく、宇迦と二人なら一回分程度?

 少し多めに使ったら足りないかもしれない。

 これ、わたしの知っている山葵とはちょっと違う。

 わたしが見たことあるの、親指より大きかったから。

「葉っぱの部分も食べられますから、これでも有用なんですよ?」

「あ、そうなんだ?」

 わたしは根っこを擦って薬味にするぐらいしか知らなかったのだが、葉っぱの部分も漬物にしたり、茹でてえ物にする事もできるらしい。

 ふーむ、チューブ以外の山葵自体、ほとんど縁が無かったからなぁ。

「なら、少し回収していこっか」

「はい。是非是非」

 普通なら取りに来るのが大変なこの場所も、わたしと宇迦なら一〇分ほど。

 大量に確保する必要も無いので、適当に間引くような感じで収穫し、ストレージに。

 ほどよく残しておけば、大きい山葵が採れるかもしれないので、ちょっと期待。

「よし、このぐらいで。石も拾い終わったし、帰りは植物の回収もしながら、少しゆっくり帰ろっか?」

「はい。何か良い花はありましたか?」

「あまり花の名前は知らないんだけど、片栗や鈴蘭、桔梗なんかを見かけたよ。あ、あそこには毒溜ドクダミが生えてるね」

「毒溜は有用な植物ですけど、増えやすいですし、臭いが気になる人もいるので、あまりお勧めはしません。珍しくない植物ですから、必要なら採りに来れば良いですし」

「別に植えるつもりは無かったけど、そうなんだ?」

「はい。適した環境なら、ドンドン増えますね。ちなみに、鈴蘭も結構増えやすいです。地下茎を伸ばすタイプは注意が必要ですね」

 なるほど。竹林みたいに魔法で地中に壁を作る方法もあるけど……ちょっと保留。

 花がちっちゃくて可愛いから、植木鉢でも作って植えるのも良いかも。

「片栗はどうかな?」

「悪くは無いですが……紫さん、片栗の花が好きなんですか?」

「特別に、ってワケじゃ無いけど、片栗なら、片栗粉を取るのに使えそうじゃない?」

 観賞用と実用性を兼ね備えて良い感じ?

「それは使えるでしょうけど、わざわざ片栗から取る必要、ありますか? 球根を掘り上げたら当然、花は咲かなくなりますし、第一、ジャガイモやサツマイモから取る方が簡単にたくさん採れますよ?」

「……やっぱりそうなの?」

「はい。紫さんの世界の片栗粉、ジャガイモ由来ですよね?」

 確かに、片栗粉の原料欄には“馬鈴薯澱粉”と書いてあった記憶がある。

 本当の意味での片栗粉なんて見たことも無い。

 他にも澱粉でんぷんは、コーンスターチや蕨粉わらびこ葛粉くずこが売っているけど、純粋に素材由来はトウモロコシを使ったコーンスターチぐらいで、あとの二つは大抵、他の澱粉が混ぜられてるんだよねぇ。

 少なくともわたしの使うようなスーパーでは、純粋な物を見かけた記憶は無い。

 お菓子作りに使うには別に問題は無いんだけど、何となく騙されている気分。

「蕨粉や葛粉を取るのもやっぱり大変?」

「今の紫さんの身体能力があっても、蕨粉は蕨の根を集めるのが面倒でしょうね。葛粉の方は、多少マシでしょうが、ジャガイモから取るのに比べると……」

「やっぱ、そっかぁ」

 本物志向の和菓子が作れるかと思ったんだけど、難しいか。

 いや、難しいと言うより、面倒くさいと言うべき?

 やろうと思えばできるんだから。

 そこまでしてわらび餅や葛餅を作る必要があるかと言われると……暇を持て余したらやってみよう。

「ところで、ちょっと気になったんだけど、この世界でも植物は同じ名前なの?」

 さっきから片栗やら鈴蘭やら蕨やら。

 色々名前を出して普通に話していたが、別の世界に似た植物があるのはともかくとしても、名前まで同じだと、妙な作為を感じる。

 そう思ったんだけど、宇迦はあっさりと首を振った。

「いえ、違いますよ」

「あれ?」

 宇迦が私に合わせてくれてただけ?

「例えば村人と挨拶したとき、紫さんは日本語で理解できましたよね?」

「うん。わたしも日本語を喋った……つもり」

「そういう事です。解りやすく言うなら、相手が『Apple』と言っても、紫さんには『リンゴ』と理解できる。そんな感じです。具体的には、植物に限らず紫さんの知識に似た物があればその名前に翻訳され、独特な物や翻訳に適さない物があれば、そのまま聞こえる事になります」

「人の名前や固有名詞?」

「そうですね。先ほどのリンゴの例で言うなら、『つがる』とか『紅玉』とか、品種名で言えば、それはそのまま聞こえるって感じです」

「翻訳機能、高性能だねぇ」

「神ですから!」

 ドヤ顔の宇迦、カワイイ。

 でも、確かに誇っても良い機能ではあるよね。

 わたしとしても、よく判らない固有名詞を聞かされるより、多少の違いはあってもなじみのある名前を言ってくれた方がやりやすいし。

「まぁ、ここに馴染めるように、似た世界から召喚してますから、そんなに違いは無いんですけどね」

「じゃあ、簡単に手に入りそうな植物で、良さそうなのを教えてよ、宇迦」

「桔梗は良いと思いますよ? 路地ですから、あとは……落ち着いた感じにするなら、飛び石を置いて苔を植えて、蕗を植えたりするぐらいでも良い気はしますが……アクセントとして紅葉が一本ぐらいあっても良いかもしれません」

「なるほど」

「ただ、植木は手入れに手間がかかりますから、面倒なようなら、草花にした方が良いでしょうね」

「お手軽に、素敵な和風の庭はできないかぁ。ちょっと憧れてたんだけど」

 京都の庭とか素敵だよね。

 ――見るだけなら。

 やったことはないけど、剪定とかの手入れはかなりの手間がかかってるんだろう。

 放置していたら、ドンドン成長して、大木になっているはずだし。

「柿とかの果樹は庭に植えるのも良いですけど、広い境内がありますから、そちらに植えても良いかもしれませんね。今のところ、何にもありませんし」

「綺麗さっぱり、掃除しちゃったからね」

 灌木程度は生えていたが、草と一緒に『ラーヴァ・プール』で綺麗さっぱり処分してしまい、今の境内は何にも生えていない。

 神楽殿のような大きな建物を除けば、あるのは手水舎のみでやや殺風景。

 神社っぽく、銀杏や杉なんかを植えても良いかもしれない。

「いや、せっかく植えるなら、果樹一択かな? 銀杏ぎんなんはあんまり好きじゃないし」

「ちょっと手間がかかりますし、臭いもありますからね。紫さんの好みで良いと思いますよ」

「う~ん……、ちょっと考える。庭に植えたい物もあるし」

 具体的には、ストレージに入っている美味しい果物の種。

 あれを植えて上手く収穫できるようなら、この辺の野生の品種を持ってくるより、よほど美味しい物が食べられる。

 スーパーに並んでいる果物の多くは、先人が頑張って品種改良を重ねた成果、なのだからして。

「それじゃ、宇迦お勧めの苔と適当な蕗を掘り起こして帰ろうか?」

「はい。それ以外にもお好みの花があれば、回収していきましょう。時期的にもちょうど良いですし」

 今はちょうど春。

 花が一番咲いている時期で、確かに観賞目的で草花を集めるには適している。

 実利も考えて採取するなら、実が生る秋が一番なんだけど、そこは宇迦に期待しよう。

 そう言って宇迦に視線を向けると、帰ってきたのは呆れたような眼差しだった。

「……紫さん、観賞用の花と食べる方は別に考えましょうよ。女の子なんですから」

「うっ!」

 もっともだね!

「そう言うの、“花より団子”って言うんでしたっけ? 残念ですが、草花で実も美味しく食べられる物なんて、ほとんど無いですよ」

「そっかぁ。……うん、素直に諦めよう」

 当たり前だけど、普通に畑で育てるか、果樹を植える方が美味しい物ができるよね。

 欲張っても大して益の無い事を理解したわたしは、素直に花の綺麗さや、庭にマッチするかに重点を置き、草花を回収しながら家へと戻ったのだった。

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