1-17 庭造り (3)

「まずは、飛び石を埋めていこうか」

「そうですね。草花を植える前に置いた方が良いでしょうね」

 路地の長さは二〇メートルぐらいはあるかな?

 多少隙間を空けて飛び石を置いていくとしても、二〇~三〇個ぐらいは必要な感じ。

 一先ずは持ってきた石をストレージから出して、地面に並べておく。

 小さい物で三〇センチぐらい、大きな物だと二メートル近い。

「紫さん、もうちょっと平たい石はなかったんですか? これだと、少し歩きづらい気がしますけど」

 宇迦の言うとおり、川で拾ってきただけなので、いずれもごろっとしていてあまり踏み石には向いていない形。

 でも大丈夫、もちろんそこは考えてある。

「我に策あり! これを見よ! じゃん!!」

 取りだしたのは“村正”。

 もちろん本物の村正では無く、ゲーム世界のファンタジー武器である村正。

 RPGにありがちな、とっても良く切れる日本刀という名のナニカである。

 それを腰だめに構え、適当な岩を前に一気に抜刀、そして納刀。

 響いたのは、キンッ、という軽い音だけ。

 岩を軽く押すと、綺麗に真っ二つ、左右に分かれて倒れた。

 その切断面はまるで磨いたように輝いている。

 さすがファンタジー。

 現実ならどんなに切れる刃物を使ったところで、こんなこと不可能だよね。

「おぉぉぉ……。さすがです、紫さん!」

 パチパチと手を叩いて、そう素直に褒めてくれる宇迦に、私は照れ笑いを浮かべて頭をかいた。

 単純にスキルとファンタジー武器のおかげだから、褒められると正直照れる。

「さあ、ドンドン切っていくよ!」

 厚みが二〇センチぐらいになるように、岩をスライスしていく。

 ダイヤモンドカッターで石を切る時のような嫌な騒音も無いし、切断時間も一瞬。

 この村正があったら、日本の石材業界に大革命だねぇ。

 ――物理現象を超越してるけど。

 大体三〇枚ほど作ったところで一休み。

 足りなかったら後から追加しよう。

 カットした石は宇迦が横に並べてくれているのだが、一枚三〇キロ以上はありそうな石を幼女がひょいっと持ち上げている姿は結構な違和感。

 ま、今更か。

「でも紫さん、ここまでツルツルだと、雨が降ると危なくないですか? 私たちはともかく、普通の人が転けて石で頭でも打ったら……」

「あぁ、わたしたちの場合、石の方が砕けるもんね」

「はい。せっかく作った飛び石が割れたら、台無しです」

 いやいや、問題点はそこじゃ無いよね?

 一般人が怪我をする方だよね?

 ツッコミ待ちをスルーしないで!

「そ、そこは大丈夫。これがあるから!」

 気を取り直して、話の流れを修正、ツッコまれたときに出すつもりだった物を取り出す。

「ビシャン仕上げ用ハンマー~~!」

「……なんです? ビシャン仕上げ?」

「そうそう。こんな感じに石の表面を叩いて凸凹を付けていくの」

 ビシャン仕上げに使うハンマーは、叩く面に細かい四角錐の出っ張りがたくさんある特殊なハンマー。

 これでコツコツと石を叩いていくと、適度な凸凹ができて滑り止めになるのだ。

 力はそんなに必要ない。

 むしろ、わたしの今の筋力だと、砕いてしまわないように気をつけないといけないぐらい。

 何でこんな知識があるのかって?

 それはもちろん、スキルのおかげ。

 わたしの頭には、いろんな知識がインストールされているのさっ。

 その知識に則って、ハンマーを振るっていくと、つるりとしていた石の表面に程よい凹凸ができていく。

 顔が映るほどにツルツルだったから、ちょっと勿体ない気もするけど、安全優先。

「ね? こんな風にするの」

「ははぁ、これなら雨が降っても大丈夫そうですね」

「うん。ちょっと手間はかかるけど、やっておいた方が良いでしょ? てなわけで、お手伝いよろしく」

 持っていたハンマーを宇迦に渡して軽く指導してから、わたしも一回り大きいハンマーと、それよりも更に一回り大きいハンマーを取り出す。

 宇迦に渡した物が“石工セット 初級”に入っていた物。

 わたしが取りだしたのは、“石工セット”の中級と上級に入っている物。

 石工スキルも持っているので、このへんの道具も一通り揃っている。

 量が多いのでちょっと面倒だけど、宇迦も素直に手伝ってくれているので、わたしも頑張ってコツコツと叩く。

 いや、音で現すなら『カカカカカカッ!!!』という感じ?

 両手に持ったハンマーでひたすら叩く。

 自分で言うのも何だけど、その速度は機械も目じゃない……たぶん。

 ビシャン仕上げする機械なんて見たことは無いんだけどね。

 具体的には、宇迦が一枚仕上げるまでにわたしは四枚以上を終わらせるほどだから、両手のハンマーとスキルは伊達ではない。

 表面加工が終われば次は設置。これも簡単。

 厚みが揃っているし裏面も平らなので、良い感じに地面に置いたら、深さを調節して『マッド・プール』を使うだけで綺麗に設置が完了する。

 呪文を解除したら、がたつきも無く固定されるんだから、本当に便利。

 飛び石以外の所には最初に苔を植え、所々に蕗と桔梗を植える。

 路地の突き当たり、曲がり角の部分には、わたしの石工スキルが光って唸った灯籠を設置。

 手入れの面倒そうな樹木は、その灯籠の脇に小ぶりの紅葉を一本と、門の所に枸橘からたちを一本。

 わたしは枸橘の木を知らなかったんだけど、宇迦に薦められたのでそのまま採用。

 ただ、この枸橘はわたしの世界の枸橘よりも柚子に近い品種らしく、実も活用できるみたい。

 まぁ、そもそもわたしは、枸橘なんて、名前しか知らなかったから、その実が食べられないことも知らなかったんだけどね。

「うん、こんな感じかな?」

「はい。良い路地になったと思います。むしろ、家の方が貧相に見えてしまいますね」

 宇迦が少し困ったような表情で家と路地を見比べる。

 ごく普通の日本家屋なんだけど……普通は普通なんだよね。

「あー、立派な路地のわりにはちょっと小さい? いや、でも一般的な戸建てよりは大きいよね、平屋だけど」

「このあたりの庶民の家よりは大きいですね。ただ、路地が立派ですから……」

 平屋で4LDKだから、日本なら狭い家とは言えないけど、こんな路地がある日本家屋と考えれば、確かにちょっと小さめ?

 二人で暮らすなら全然問題ない広さだけどね。

「ま、別に良いじゃない。人を招くわけでもなし」

「そうでしょうか? 村長ぐらいは来そうですけど」

「うっ……社務所でも作った方が良いかな?」

 見知らぬ人を自宅に招くのはちょっとハードルが高いし、作ろうと思えば簡単な家ぐらいなら作れるスキルはある。

 問題は材料だけど……裏山から切って来て、魔法で乾燥させればなんとかなる?

「気になるなら、拝殿でも良いと思いますよ? 本殿はともかく、拝殿なら人を入れても構いませんから」

「あっ! そうだね、結構広かったし、あそこでも良いか」

 板張りなのが少し気になるけど、そこは座布団でも用意すればいいかな?

 でも、雰囲気に合わせるならそこは戦国時代の時代劇に出てくるような、草で作ったあれの方が良いかも。

「ねぇ、宇迦、座布団みたいな物で草を編んで作った円い敷物、あれってなんて言うの?」

円座えんざですか? あれは草や藁で作るんですよ。高級なのは藺草で作った方ですね、綺麗ですから。――作るんですか?」

 さすが宇迦。

 わたしの適当な説明で、しっかりと名前が返ってきた。

「お客さんを直接板の間に座らせるのも、どうかと思ったんだけど」

「別に構わないと思いますよ。むしろ紫さんが高座に座って、相手は床に座らせるぐらいの方が向こうも気を使わない気がします」

「……そんなもの?」

「はい。神の眷属となるとそんな物です。紫さんだって、どこかの大企業のトップに隣に座られるより、少し離れたところで鷹揚に構えられている方がまだマシじゃないですか?」

「う~ん、そうかも?」

 会社勤めはしたこと無いけど、立場が上の人にあまりフレンドリーに接せられるより、一線を引いてくれた方が付き合いやすいかもしれない。

 下手なことをして機嫌を損ねる可能性を考えると、怖いって部分もあるだろうし。

「わかった。じゃ、円座? は保留で」

 自分の分と宇迦の分だけなら、ストレージから適当な物を出せば良い。

 クッションやラグは何種類もあるし、何だったら自分で作ってもいい。

「それじゃ、次は庭を造ろうか。どんな感じが良いかな?」

「路地に合わせるなら、日本庭園って感じでしょうけど、管理が大変ですよね」

「だよね。スキルはあるけど、できる事と、実際にやるかどうかは別問題だし。……簡単で良いか」

 取りあえず、でっかい石を加工して、縁側の所に沓脱くつぬぎ石を設置。

 縁側から見て庭の左隅に大きめの石を一つと、中くらいの石をいくつか配置して、紅葉を一本植える。そして、その周りを囲むように、苔や蕗も植えておく。

 正面の竹垣沿いは石を並べて花壇を作り、そこには森で採ってきた花を適当に。

 殺風景でさえ無くなれば良いかな、ぐらいの軽い感じで庭造り。

 今回植えたのは春に花を咲かせる植物なので、それぞれの季節に森に入り、その時期に咲いている植物を集めて追加していけば、それなりに楽しめる庭になるんじゃないかな?

 手間をかけるつもりは無いので、できれば多年草で揃えたい。

 便利だよね、多年草。

 種を播かなくても、毎年花を咲かせてくれるんだから。

 ガーデニングの救世主。

 友達が言ってた。

「宇迦、これぐらいで良いかな?」

「はい。良いと思いますよ。もう少し庭木があっても良い気もしますが」

「うん、本音を言えば、わたしも桜とか植えたかったんだけど……虫がね」

 花の時期が終わり、葉っぱが茂る頃になると糸を垂らして降りてきたり、ポトリと落ちてきたりするあの毛虫。あれは嫌だ。

 毛虫以外にアブラムシやカイガラムシ、樹木を庭に植えるとそのあたりが気になる。

 良く効く殺虫剤があるか、もしくは魔法でなんとかなるなら植えても良いんだけど、しばらくはこのままで。

 虫の季節になったら、新規魔法の開発に邁進しよう。

 『バグ・スレイヤー』とかそんな感じの。

 精神系の魔法とかを上手く使えば、何とかなるかもしれないし。

 それまでは、面倒な庭木はおあずけで。

「よーし、今日はよく働いたし、後はのんびりと過ごそうか。ね、宇迦」

「それは別に構いませんが、また何日もゴロゴロ過ごすのは止めてくださいね?」

「解ってるよぉ。ある程度規則正しい生活、心がけます!」

 ちょっと困ったような表情で言う宇迦に、わたしはぴしりっと敬礼をして笑った。

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