1-18 訪問者

 さて、のんびりと過ごすと決めたわたしだったが、それを邪魔するかのように翌日、早速来客があった。

 やって来たのは村長。

 わたしが参道入り口で出会った人から話を聞いて、訪ねて来たらしい。

 正に村長という感じで、重ねてきた齢を感じさせるお爺さんなんだけど……腰が軽いよ、村長!

 もっと、ゆっくりで良かったのに!

 でも、だからといって追い返すこともできない。

 あの長い石段を上がって来てくれたことを考えると、「今日はのんびりしたいから、また明日、よろ!」とか言えるはずも無い。

 昨日の予定通り、拝殿の方へ招き入れ、宇迦と二人で対峙する。

 配置としては一応、わたしが主、宇迦が従の様になっているが、本音としては全部宇迦に丸投げしてしまいたいところ。

 ただ、その宇迦に「この配置の方が都合が良いのです」と言われたので、素直に座っている。

 わたしたちが上座、村長が下座。

 わたしたちの下には、ストレージから出した毛織物のラグが敷かれているが、村長は板の間に直接。

 明確に差を付けている。

 良いのかな? 本当にこれで。

 ずっと年上に見える人を下に置くのは、ちょっと気になるんだけど。

 でも、口には出さない。

 村長の方もあんまり顔色が良くないし、下手なことを言うと逆に倒れてしまいそうだし。

「ほ、本日はお忙しいところ、拝顔はいがん賜りました事、誠にありがたく……」

「村長、話しにくければ、普通に話して構いませんよ?」

 頭を下げ、たどたどしくそんな言葉口にした村長に、宇迦が少し苦笑を浮かべて声を掛けた。

まこと申し訳なく。田舎者故、礼儀知らずをご寛恕頂ければ……」

 ますます頭を下げる村長に、宇迦はパタパタと手を振って苦笑する。

「いえ、本当に。――それで今日は?」

「はい。こちらの神社に管理者の方がおいでになったと聞き、まかり越しました。お二人はこちらの神様の御眷属の方ということでよろしいでしょうか?」

「そうですね、その認識で良いと思います。私が宇迦、こちらが紫さんです」

 宇迦に紹介されたので、わたしも無言で僅かに顎を引く。

 なんか偉そうだけど、事前に頭を下げるのはダメ、と言われていたからで、わたしが傲慢なのとは違うんだよ?

 本当は、ペコペコしたいぐらいなんだよ?

「ありがとうございます。宇迦様と紫様ですね。では、これから私どもの村にも加護を頂けると言うことで良いのでしょうか?」

「あなた方がほうずれば、神もまたそれにこたえてくれるでしょう」

 なんか宇迦が難しいことを言っている。

 加護とか何なんだろうね?

 でもそんなことを訊ける雰囲気でも無いので、わたしはもっともらしい顔で、うむうむと頷いておく。

「失礼致しました。それで、私ども何をすればよろしいでしょうか?」

「我らが神は多くを望みません。あなた方が祭りを望むのであれば、それに応じた物を捧げてください」

「……それ以外は望まれぬと?」

「基本的にはそうなります。何らかの普請等で労働力を求めることはあるかもしれませんが、ほとんど無いと考えて構いません。もちろん、あなた方がされたいのであれば、拒否することはありませんが」

「それだけでよろしいので?」

 意外そうな表情を浮かべ、わたしと宇迦の間で視線をさまよわせる村長。

 ま、あんまり労働力は必要ないよね。わたしと宇迦で間に合うし。

 逆に素人に、下手に手を出される方が面倒。

 再び、もっともらしく頷くわたし。

「あとはまぁ、時折参拝に来られれば良いかと。境内は開放していますので、子供の遊び場にするなり何なりと」

 え、子供たちが来るの?

 そ、それはどうかな?

 そのお話、わたし、聞いてないですよ、宇迦さん。

 それこそ、わたしの昔に似ていると話題になった親戚の子と遊ぶ時ぐらいしか、子供と接する機会が無かったし。

 騒がしいと言って怒ったりはしないけど、付き合い方が解らないから、家から出なくなるかもよ?

 ほら、村長さんも少し驚いたような表情になってる。

「遊び場にして構わないので?」

「ええ。但し、無断で建物に入らない、森にも入らない。それだけは徹底してください」

「勿論でございます。ありがとうございます」

 ――おや? あっさり受け入れましたよ?

 わたしの戸惑いを他所よそに、宇迦と村長の会話はあっさりと纏まってしまった。

 おかしい。

 村長さんは『恐れ多いから子供は……』と遠慮するはずだったのに。

 でもそんな事、口に出せない。

 来た時とは違って、随分とホッとしたような表情になって帰って行く村長さん。

 その姿が見えなくなるのを確認し、わたしは大きく息を吐いた。

「ふぃ~~。宇迦、お疲れ~~」

「いえ、この程度は。村長が持ってきたのは……お米ですか」

「えっ!? お米?」

 宇迦がそう言いながら覗き込んだのは、村長が最後に『わずかばかりですが……』と置いていった袋。

 両の手のひらに載るぐらいの大きさだから、多くても二、三キロぐらい?

 でも、わたしのストレージには無い物だから、ちょっと嬉しい。

 わたしが両手を差し出すと、宇迦はちょっと苦笑してその上にその袋を置いてくれた。

「ほうほう……籾殻もみがらが付いたままだけど、確かにお米だね。美味しいのかな?」

 見た目はジャポニカ米の様な短粒種だけど、味の方はどうなんだろう?

「玄米や精米にしてしまうと、保存が利きませんからね。籾米の状態なら、常温で数年保存できますから。味は……紫さんが満足できる物では無いかもしれませんね。もっと力を取り戻せば、良い種籾を下賜することもできるんですが……」

「あれ? 神様ってそんな事もできるんだ?」

「えぇ。農業関連の神だと、氏子にいろんな種を与えたりしているみたいですよ?」

「くっ! 宇迦にもっと力があれば、美味しいおにぎりが食べられたのに!」

「いえ、私じゃなくて祭神の方ですよ? 分け御魂ですけど、厳密には違いますからね?」

「あぁ、そっか、そうだよね。そういえば、あっちの神様の名前って、なんて言うの? 聞いたこと、無かったよね?」

 これまでは神様で済んでいたけど、宇迦がいるから区別が必要だよね。

「そうですね、紫さんに解りやすく書くなら『祐須罹那比売命ウスリナノヒメノミコト』ってところですかね」

「……うん、さっぱり解らないね! でも女神である事は解った」

 宇迦が少し考えて、床に上に指で文字を書いてくれたけど、ちっとも解りやすくはないですよ?

 “比売”が入っているから、女神という事だけは解っても、それ自体はこれまでの会話から想像してたし。

「本来は神代文字を使って、こんな感じに書くんですが……もっと解りにくいですよね?」

 そう言いながら、宇迦が指を動かすけど、解ったのは複雑な文字であるという事だけ。

 とても覚えられそうに無い。

「ま、神代文字なんて普通は使いませんから、大丈夫です」

「そう願うよ。それで何と呼んだら良い? 祐須罹那ウスリナ様で良いのかな?」

「はい、そんな感じで良いと思いますよ。でも、話を戻しますが、祐須罹那に期待するより、むしろ、紫さんがやったら良いんじゃないですか? いろんなスキルに加え、品種改良済みの果物の種とかも持ってますよね?」

「……おぉ!」

 宇迦に指摘され、わたしは思わずポンと手を叩く。

 カンスト済みの農業系スキルがあれば、この米からでも美味しいお米が作れたりするんじゃない?

 村人に与えるような種も、ストレージを探せばいくらでも見つかるわけで。

 村に良い種籾、良い果物の品種が広まれば、わたしが働かなくても、自動的に美味しい物が奉納されるって事になるんじゃない?

 食っちゃ寝生活が待ってるんじゃない?

 夢が広がる!

 めっちゃ、ダメ人間の夢が!

 ……うん、本気でダメだよね、それって。

 きちんと働こう。

「しかし紫さん、本当に喋りませんでしたね」

 ふと思い出したようにそういう宇迦に、わたしは頷きつつも言い訳をする。

「だってよく解らないし。解っている宇迦がいるんだから、任せた方が簡単でしょ?」

「それはそうかもしれませんが……」

 宇迦は少しだけ複雑そうな表情を浮かべるけど、下手に口を出してややこしいことになる方が面倒。雄弁は銀、沈黙は金だよ。

「それよりわたし、ちょっと偉そうじゃなかったかな?」

「良いんですよ、そのぐらいで。少し畏敬されるぐらいの方が後々、楽ですよ? 皆さん、先に亡くなるんですから」

「そっか、そうなんだよね……」

 寿命、違うんだもんね。

 少し近寄りがたい方が人付き合いは楽なのかな?

「でも、それなら何で子供たちを? わたし、あんまり子供の相手とか得意じゃないし、逆に親しくなってもそれだと……」

「数は力ですよ、紫さん!」

「……はい?」

 突然力強くそんなことを口にした宇迦を、わたしは首をかしげて見つめる。

 どういうこと?

「神の力の源は、大きく分けて二つ。神域と氏子です」

「うん」

「所謂、神域と呼ばれる支配領域。私だとこの山とその周辺ですね。これに関しては、そこを護る眷属さえいれば神としては問題ありません。極論すれば、これさえあれば、神として体裁は保てます」

 この支配領域には地脈があり、それから力を得ることによって神としての存在を保っているらしい。

 逆に言うと、支配領域を奪われると、かなりマズい。

 下手をすると、神ですらなくなってしまうこともあるとか。

「でも奪うって、誰が奪うの? 他の神? それともこっちに来る時にちらっと言っていた、妖魔っていうの?」

「そのどちらもです。まぁ、自分の神域を奪われる事なんて、そうそうありませんけどね。神ですから」

「あ、じゃあ、ここも大丈夫なんだ? 今、神様あんまり力が残ってない、って言ってたけど」

「…………紫さん、期待してますから!」

「おいぃぃぃ! どうしたの、神様!?」

 どうやらダメらしい。

 だが、わたしの抗議も何のその、宇迦は次の説明に移る。

「次は氏子。これが多いと、ちょっぴり神としての格が上がります。紫さんに解りやすく言うなら、ブランド品のバッグを持っている感じです」

「……ショボいね」

 特にわたし、実用性重視だったし、ブランド品のバッグ見せられても、「ふーん」という感じだった。

「喩えが悪かったですね。『ブロード・ソード』が『ブロード・ソード+1』になったような感じです」

「……やっぱりショボくない?」

「一人一人はショボくても、たくさん集まれば力になるんです。塵積ちりつもです、塵積」

 氏子を塵扱いとか、それも酷い気がするが、そこはスルーしよう。

「それで、子供たちは何の関係が?」

「刷り込みですよ。子供の頃から慣れ親しんだ神社ともなれば、大人になってもあだおろそかにできないでしょ? 若年層の囲い込みです!」

「わーぉ、酷い現実を見た」

 分別の付かない子供の頃から氏子にするとか、酷い宗教である。

 いや、そこまでガチガチの信者ってワケじゃなく、何となく氏子? って感じで良いらしいんだけど。

「それに、子供が安全な場所にいれば親も安心ですし、事故が減れば人口も増えやすい。結果氏子も増える。子守の手間が減れば、労働人口も増える。良いことだらけですよ」

「そっちを先に言って欲しかった!」

 『子供を安全に遊ばせるため』という方が聞こえが良いですよ?

 わたしは村人に聞かれたら、そう答えることにしよう。

「まあ良いじゃないですか。うちなんて、氏子と言っても何を要求するわけでも無し。酷い神になると恐怖で支配して、生け贄とか求めますから」

「え、そんな神もいるんだ?」

「はい。困ったことに」

 そう言って、沈痛な面持ちで深く頷く宇迦。

 それだと、あの時の村長の緊張感も理解できるね。

 わたしたちの外見的には小さい女の子なんだから、そこまで緊張しなくても、と思ってたんだけど。

「実際に来るかどうかは判りませんけど、子供たちも基本的には放置で良いと思いますよ。来るなら、きちんと言い聞かせていると思いますし、仮に勝手に建物に入ろうとしたら気付きますよね?」

「それは、ね」

 実際、わたしの感知能力をもってすれば、この境内の範囲内での動向を掴むぐらい容易い。

 むしろ、遊んでいる子供たちに気付かれないように境内を横切ることすら可能だろう。

 やる意味、あんまり無いけど。

「必要があれば、対応は私がしますから、紫さんはのんびりしてください」

「そう? それなら良いけど……」

 宇迦だけに子守を任せて良いのかなぁ?

 と思いつつも、その言葉に甘えて、わたしは頷いたのだった。

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