1-19 子供たち対策 (1)

 宇迦が子供たちを呼び寄せるようなことを言ってしまったので、わたしは昨日に引き続き、のんびりを順延、再び参拝者対策に乗り出した。

 やってくるのは小さな子供たち。

 家に引きこもっていたらあんまり関係ないかも知れないけど、環境ぐらいは整えてあげないとね。

 大人の責任として。

 大人の責任として!

 小さくなったけど、わたし、大人だから!


 さて、何はなくとも、まずはお手洗い。

 境内はわばわたしの庭。

 そんなところで用を足されては堪らない。

 男の子って、どこでも立ちションとかしそうなイメージだし、そこは宇迦に十分注意してもらおう。

 もしくは、見つけた場合には骨の髄まで恐怖を叩き込んであげようか……ふふふ。

 まぁ、それは冗談だけど、しつけは大事。

 遊び場にするのは良いけど、ルールを守って利用してもらおう。


 次に必要なのは、お手洗いのお手洗い。

 これが無いと“お手洗い”じゃ無いよね。

 やっぱり用を足した後はきちんと手を洗わないと。

 宇迦が人口増加、延いては信者の増加を目指すなら、衛生教育、とても重要。


 最後に東屋とベンチ。

 一休みするためのベンチと、夏場の強日差しを避けるための屋根。

 やっぱりあった方が良いよね。

 熱中症対策。必要です。


 以上、これらは日本の公園を参考に考えたんだけど、公園にある様な遊具に関しては作るつもりは無い。

 わたしの今のスキルがあれば作れるだろうが、飽くまでもここは境内。

 そこは譲れない。

 風情が無くなるのは嫌だもの。

 もっとも、最近の公園だと、遊具が撤去されてるって話も聞くけど。

 遊具のせいで怪我をしたとか言ってくるモンペがいるから。

 子供たちにとっては可哀想でも、自治体としても無くした方が楽だよね。

 砂場とかも不衛生だとかなんとか……。

 そういうのって、どうなのかなぁ?

 小さい頃、遊具で遊んでいたわたしからすると……うう~ん。

 それこそ、公園に行って携帯ゲーム機で遊ぶ子供ばっかりになっちゃいそうなんだけど。


 ま、それはともかく。

 最初に取りかかったのはトイレ作り。

 境内の片隅にサクッと建物を作って、そこに単純な和式トイレを設置する。

 お祭りの時とか、人が多く来た時の事も考えて、複数。

 家のトイレみたいに温水洗浄機能は付いてないし、子供が利用するので、勝手に魔力を吸収する機能も付けていない。

 なので、たまにわたしが魔力を補給しないといけないんだけど、排泄物は溜め込まずに処理するようになっているから、臭いも気にならないはず。

 その代わり、ここのお掃除ぐらいは、子供たちにやってもらおう。

 水に関しては宇迦が言っていたとおり裏山に湧き水があったので、そこからパイプを伸ばしてきて、手を洗う場所を作った。

 さすがに、用を足す度に二〇〇段の石段を降りて、川で手を洗ってきて、というのは可哀想だし。

 ついでに、せっかく水を引いてきたので手水舎の方にも配水。

 柄杓ひしゃくを置いて、喉が渇いたら水を飲めるようにしておいた。

 遊んだら、喉が渇くからね。

 少々手間を掛けたこっちに対して、東屋は簡単に。

 日よけ、雨よけの簡単な屋根を作って、丸太を切って作ったベンチを置いただけ。

 すっごく手抜きです。

 一応、耐久性向上とか、汚れ防止とかのエンチャントを行っているので、その見た目に反して、地味に現代日本のモノよりも高機能だったりするんだけどね。

 うん、もちろん、わたしが楽をするためだよ?

 お掃除とか、補修とか、面倒だからね。

 これでとりあえず、子供が遊びに来ても問題ないかな?

 何か問題があれば、きっと宇迦が対応してくれるよね?


「と言うわけで! 宇迦、準備だけは整えたから、後はお願いね!」

「それは良いんですが……紫さん、どうこう言いながら、しっかり準備整えてますね?」

「そりゃ子供が来るんだもの。最低限の準備ぐらいはしておかないと」

 宇迦に少し呆れたような視線を向けられつつも、わたしは当然と頷く。

 危険からはすべて遠ざける、みたいな過保護はナンセンスだと思うけど、このくらいはね。

 やるべき事を教え、できる環境は整える。

 それ以降は自分で考えさせるのが教育じゃないかな?

「トイレなんか無くても、そのへんの茂みで用を足すんですけどね、このへんの子供なら」

「それはダメ。ちゃんと使わせて。境内が汚れるのは許容できない」

 わたしが手でバッテンを作ると、宇迦は苦笑しながら首を振る。

「いえ、さすがに子供でも境内でやったりはしないと思いますよ? 紫さんのいた世界と違って、ここには普通に神様がいますから」

 そういえば、村長さんもかなり恐縮? 怯え? 畏敬? そんな雰囲気はあったね。

 怖い神様がいることを考えると、仕方ないのかな?

「でもそれだと、子供たち、遊びに来るかな?」

「大丈夫でしょう。私が怖い神じゃない事はアピールしましたし」

 そんなに上手く行くのかなぁ?

 まぁ、子供たちが来なくてもわたしにはあまり関係ないし、別に良いんだけど。

 準備した物は大人の参拝客でも使える物だし。それよりも――。

「ねぇ、宇迦。拝殿にお賽銭箱が無いみたいなんだけど、作った方が良いのかな?」

 そう、お賽銭箱。

 日本の神社なら必ず拝殿前に置かれているアレ。

 それどころか、境内にある社とか、よく解らない建物とか、複数、いろんな場所に置かれているアレが、ここには一つもないんだよ。

 神様にはお賽銭は好きにして良いと言われているし、参拝客が来るようになるのならやっぱり置いておかないとね?

 ……と思ったんだけど、わたしの言葉に宇迦は少し困ったような表情になって、すぃっと視線を逸らした。

「えっと、宇迦?」

「紫さん、大変言いにくいのですが……」

「……なに?」

 なんだか嫌な予感がするよ?

「少なくともこの村に、お賽銭という習慣はありません!」

「――っ! なん、だと!?」

「基本的に貨幣が流通していませんから、皆さん、お賽銭を入れようにもお金を持っていないんです」

「祐須罹那様、お賽銭は好きにして良いって言ったじゃん! 詐欺だぁ!」

 所詮は神社。

 日本の神社も大半はごく僅かな収入しか無いと聞くし、お賽銭の収入なんて微々たる物だとは思ってたけど、ゼロってのはちょっと無くない?

 ストレージに貯め込んであった物資のおかげで、当分生活には困らないと思うけど、買い物ができないというのは……。

「いえ、再び言いにくいのですが……お賽銭は好きにして良い――でも、お賽銭が取れるとは言っていない、かと」

「ぐはっ! 嘘じゃないけど誤解はさせる! マスコミかっ!?」

 祐須罹那様、日本のマスコミを見習っちゃダメだよ!

 『誤解を招く表現』と言っておけば、何を言っても許されるわけじゃないんだよ!?

 いや、まぁ、嘘は言っていないだけ、マスコミよりはまだマシだけど。

「紫さん、諦めるのは早いです。村が発展して貨幣が流通するようになれば――」

「なるほど! それなら取れる! ――って、何時のことなの、それぇ!」

「私の知る限り、まともな地域通貨もありませんから……」

 えっと、日本でまともな共通通貨ができたのって何時だっけ?

 戦国時代には地域通貨があったみたいだけど、基本的には輸入した銅銭だったよね?

 それすらも流通していない状況って……。

「それって数百年単位で必要って事じゃないの!? すでにわたし、帰ってるよ!」

「いえ、早める手段はありますよ。ほら、紫さんが発行すれば」

「そっか、わたしの技術力があれば、貨幣の鋳造ぐらい簡単だよね! そして、それってもう、お賽銭とかどうでも良いレベルだよね!」

 確かに宇迦の言うとおり、わたしのスキルを以てすれば、貨幣はもちろん、偽造不可能な紙幣の発行すら可能だと思う。

 しかも、ストレージだけでは無く、ゲーム内の通貨すらこちらに持ち込めているのだから、金本位制すら可能だろう。

 なんと言っても、ゲーム内の通貨はゴールド。つまり、金。

 普通なら流通させる通貨に柔らかすぎる純金なんか使わないんだろうけど、そこはゲーム。

 細かい設定が無かったのか、“ゴールド”の名前の通り、多分純金なんだよね、これ。

 以前、メニューから一枚取りだしてみたんだけど、大きさは百円硬貨ぐらいで厚みは二倍、重さは二〇グラムぐらいはあるかな?

 そしてMMORPGにありがちなことに、サービス開始から時間が経つにつれてインフレが起こり、ゴールドの価値はドンドン下落、メニューに表示される所持金の桁数はとんでもないことになっている。

「札束のお風呂ならぬ、金貨のお風呂とかできそうなレベルだよね……」

 そんなのに入ったら、普通に潰されそうだけど。

 ついでに言うなら、金貨の他にもストレージには金塊、銀塊、銅塊も大量にストックされている。

 ゴーレムを斃すとたまにドロップする換金アイテムなのだが、NPCに売却する時は固定価格だったため、インフレが起きると一気に価値が無くなったのだ。

 武器に使えなくも無いんだけど、やっぱり終盤になると、ミスリルとかそういった不思議金属を使った武器ばかりになるから……。

 結果、ストレージ内に溜まること、溜まること。

 手持ちのゴールドと金塊を合わせれば、日本で流通している全通貨ですら、金本位制で賄えるかもしれない。

 結構あるよね、終盤になると換金アイテムがほぼ無意味になって、溜まっていくだけになるゲームって。

 そして、同じ理由で宝石類もゴロゴロと。

「ふふふふ、判ったようですね。紫さん。今のあなたなら、一人で経済を牛耳ることすら可能なのです!」

「意味なーい! 牛耳る経済が無いんでしょ!? 自分で作り上げる労力を考えたら、価値がないよ!」

 物々交換の世界に貨幣経済を導入させる手間って、どんだけよ。

 それでお金を手に入れても、何に使うか……酒池肉林?

 お酒に興味は無いし、肉と言っても、ストレージにある物より美味しい物が手に入るとは……。

「……おや? そう考えると、お賽銭、手に入ってもあんまり意味が無かった?」

「フフフ、そこにも気付いてしまいましたか、紫さん。そう、この世界に紫さんを満足させるような報酬なんてないのです!」

 開き直ったのか、ばぁーん、みたいな感じで両手を広げてそんなことを堂々と宣言する宇迦。

「ぐはっ。――そう考えると、わたしのいた世界って、物質的にはかなり満たされてるんだよねぇ」

「でも、紫さん。物より思い出、お金に換えられない価値がある、プライスレスですよ?」

 わたしの知ってるそのCM、“プライスレス”を手に入れるために、お金、使ってるんですけど?

 どっちかと言えば、『十分な価値があるから、お金を使っても無駄遣いじゃないよ』的な方向性だったような……。

「でもさ、宇迦。ここでしかできない経験って?」

「おや、お忘れですか、紫さん。妖魔のことを。妖魔との血湧き肉躍る戦い。そうそう経験できる物ではないですよ?」

「嬉しくなーい! 全然、嬉しくなーい!」

 こてんと首をかしげてそんな事を言う宇迦に、わたしは猛然と抗議。

 そりゃ、得難い経験だとは思うけど!

 “得難い”と“有難い”、字面は似てるけど、その間には高い壁がそびえ立ってるよ?

「これはもう、宇迦の尻尾を思う存分なでなでしないと、気持ちが収まらないよ!」

 わたしは宇迦の手を引っ張り、抱き寄せる。

 こっちはありがたい経験。

 狐耳、狐尻尾の幼女を愛でるなんて、元の世界ではできない体験だからね。

「ちょ、ちょっと、紫さん。くすぐったいです! こ、これで納めてくれるなら、耐えますけどっ」

 もぞもぞと身をよじる宇迦を抱き締め、尻尾と耳をわしゃわしゃと味わう。

 物的報酬が難しいなら、精神的報酬を頂かないと。

「できれば熊とか虎とか、そんなでっかい動物ともふれあいたいとこだけど……」

「確か紫さん、テイマーのスキルとか持ってませんでした? 見つけてくればできると思いますけど、多分、獣臭いですよ? 野生ですから」

「うっ、やっぱそうだよね」

 ぬいぐるみとは違うんだもんね。

 宇迦みたいに清潔なわけが無いか。

「じゃあ、宇迦に頑張ってもらうしかないね!」

 下手に動物を飼ったりすると、何度も死に別れることになるし。

 その点、宇迦なら大丈夫。わたし以上に長生きだし、いくら撫でても減らない。

「三〇〇年間ですか? 何か他の楽しみを見つけましょうよ。ほら、紫さんの年代ならNAISEIとか」

「なんて偏った知識! わたし、そんな趣味は無いよ!」

 それって、お兄ちゃんのラノベにあったアレだよね。

 現代知識を使って、色々好き勝手にするやつ。

 わたしとしては、独自に発展させるという段階をすっ飛ばすのは良くないと思うんだよね、うん。

 もちろん、わたしが快適に過ごすための範囲なら自重するつもりはないけど。

「えー、そこはあまり気にしなくて良いですよ? ほら、紫さんの世界だって、国という単位で見れば、相互に技術を導入したりしてるじゃないですか」

「そう言われると、そうなんだけど……」

 それって世界を越えても同列に語れる物なのかな?

 それとも、わたしが考えすぎなだけ?

「なら、教育とかどうですか? ちょうど子供たちも遊びに来ることですし」

「そっち方面にも、あんまり興味は持てないかなぁ……?」

 将来の夢とかはまだ明確にはなってなかったけど、教育学部とかそっち方面は正直、眼中には無かった。

 これまでの人生、特に尊敬できる教員なんていなかったし。

 それどころか、こちらの知識が乏しいのを良いことに、自分のイデオロギーを押しつけようとする教員も少なくなかったから。

 まぁ、教員の話を鵜呑みにせず、自分でも調べるようになった点では良かったのかもしれないけど、一緒に仕事したいと思えるような人たちとは……。

 もちろん、こちらの世界であれば、そんなしがらみは無いけど、だからといって教育に情熱を持てるかと言えば、疑問がある。

 そもそも、子供たち、遊びに来るのかねぇ?

 『神様怖い』的な問題が無かったとしても、正直この神社の境内、気軽に遊びに来るにはしんどいよ?

 あの石段、子供たちが上がってくるには大変でしょ、絶対。

 少なくともわたしの元の身体だったら、“トレーニング”というレベルである。

「ま、のんびりと考えるさー。のんびり過ごすがわたしのモットーだから」

 そんなことを言いながらわたしは再び宇迦を抱き締め、その言葉のまま、のんびりと畳の上に寝っ転がった。

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