1-20 子供たち対策 (2)

 わたしの懸念を他所に、翌日、わたしの目覚ましは子供たちの声だった。

 なんか結構な数、聞こえるんだけど……そんなに大勢来たの?

 わたしが布団からのそのそと顔を出すと、既に起き出していた宇迦がやって来た。

「おはようございます、紫さん。子供たち、来ていますよ」

「みたいだね。朝も早くから……まだ七時じゃない」

 メニューで確認した時間は七時ちょっと過ぎ。

 最近は八時頃まで寝ているわたしからすれば早い時間帯だけど、それ以上にこんな時間から遊びに来るって、この世界の子供って、なんてアクティブ。元気すぎじゃないかな?

 夏休みの子供でも、ラジオ体操が終わって朝食を食べている時間ですよ?

「大人はすでに仕事を始めていますから。この時期は」

 農業が主体だけに、太陽に合わせて活動するってことらしい。

 確かに外はもう明るいけど……。

「しかし、何で今日から? 昨日は来なかったのに」

「一昨日、村長さんが帰って、その日と翌日、村に連絡を回して周知。今日から来たって事でしょう。こういう村だと子供たちはまとめて面倒を見ますから、多分今日来ている子供たちが、村の子供すべてだと思いますよ」

 そっか、一人、二人で遊びに来るって事はできないのか。

 常に集団行動って面倒そうだけど、農村だと仕方ないのかな?

 安全性とか考えると。

「せっかくですから、紫さん、挨拶しましょう」

「えー、必要かな? それって。わたし、子供の面倒は見ないよ?」

「面倒は見なくて構いませんから、挨拶ぐらいはしましょうよ。子供たちが怪しむじゃないですか」

「それでもいいのー。ここは、ミステリアスなお姉さん路線で!」

「えっと、お姉さんと言うには外見年齢が……」

「うぐっ!」

 確かに、あまり背の高くない中学生ぐらいだからね、わたしの外見。

 遺憾ながら、宇迦の言葉に同意せざるを得ない。

 頑張っても、お姉ちゃん。

 もっとも、村長さんもそんなに背が高くなかったから、ここだとあまり背の低い方じゃないかも?

 昔の日本とか、今よりもずっと平均身長、低かったみたいだし。

「……それなら、ミステリアスな少女で」

「もう! とぼけたこと言っていないで、早く行きますよ! ほらほら、身支度をして!」

「あうぅぅ~~」

 すでにしっかりと着替えている宇迦に布団から転がり出され、パジャマを剥ぎ取られる。

 そうなってしまっては仕方ない。

 わたしも巫女装束に着替えて、身支度を調え、宇迦の後に続いて外に出た。

「みんな~~、ちょっと集まって!」

「「はーい」」

 まぁ、素直なことで。

 宇迦が声を上げると、すぐに返事が返ってきて、子供たちが集まってくる。

 全員で二〇人ぐらい、なんだけど……想像以上に年齢層が低いね?

 下はどう見ても乳飲み子から、上はせいぜい七、八歳程度。

 そんな子供が赤ちゃんを背負って子守をしている。

 赤ちゃんの数は三人で、子供が……二一人。全部で二四人か。

 と言うか、この子たち、良くあの石段を登ってこられたね?

 幼稚園ぐらいの子供が登るにはキツいでしょ、絶対。

 これが田舎の子供故の健康さ?

「こちら、紫さん。私と一緒に、この神社を護っています。約束を守れないと、こわーい、お仕置きをされちゃいますよ?」

 宇迦が微笑みながらそんなことを言うので、わたしも空中にシュバッとチョップを繰り出しながら自己紹介。

「紫です。ビシッといくから」

「「はい!!」」

 うん、良い返事。

 素直な子供は扱いやすくて、可愛いね。

 ――ちょっぴり顔色が悪いのは気のせいだよね?

「約束は覚えているよね? じゃあ、君、言ってみて」

 宇迦が六歳ぐらいの男の子を指さすと、その子はビシッと気をつけをして答えた。

「建物に入らない、森に入らない、石段のそばでは遊ばない、オシッコはあそこの建物でする!」

「うん、そうそう。あそこの屋根の下で休むのと、手水舎で水を飲むのは問題ないからね」

 宇迦は男の子の答えに満足げに頷き、東屋と手水舎を指さしてそう付け加える。

 きちんと注意してくれていたみたいで安心。

 石段も危ないしね。

 わたしは落ちても無傷だったけど、普通の子供なら、たぶん死んじゃうし?

「大きい子は、小さい子が約束を守れているかきちんと注意してね?」

「「はい!」」

「それじゃ、解散!」

「「は~~い」」

 宇迦のその言葉に、再びワラワラと散っていく子供たち。

 うーん、微笑ましいけど……。

「ねえ、宇迦。もっと大きい子はいないの?」

「その年代の子供は、家の仕事を手伝いますから」

「これじゃ、確かにまとめておかないと不安だね。……せめて大人の一人でも付いておくべきだと思うけど」

 特に、小さい身体で赤ん坊を背負っている女の子が可哀想。

 男の子に背負え、と言いたいところだけど、背負ってドタバタ走り回られるのも心臓に悪い。間違って転けたりでもしたら……。

「うん、揺り籠でも作ろう」

「おや、紫さん。また工作ですか?」

「だって、あの子とか、辛そうなんだもの」

 わたしが指さしたのは、赤ん坊を背負っている女の子の中では、一番小柄な子。

 赤ん坊の中では一番小さな子を背負っているのに、それでも赤ん坊の足先が膝近くまで来ていて、正直、ちょっと怖い。

 ちょっぴりヨロヨロしてるし、何かに躓いたら絶対転ける。

 それで前に転けるならまだマシだけど、後ろにひっくり返ったら、赤ちゃんの命が危ない。

 使っている抱っこ紐も、単なるたすきみたいな物で、クッション付きの抱っこ紐なんて上等な物じゃないし。

「確かにあの子は……見ていて危なっかしいですね」

「でしょ? だからまぁ、適当に、ね」

 揺り籠自体はゲームにもレシピがあったので作るのは簡単。

 少し成長しても使えるように、やや大きめの揺り籠をちゃちゃっと三つ作り上げ、日陰になっている東屋の下に設置する。

 そんなわたしの作業を、興味深そうに見学している、子守をしている子供たち。

 他の子供たちのように走り回れないから、暇だったんだろう。

 もちろん、例の一番小さい子もいたので、まずはその子に声を掛けた。

「えっと、あなた」

「は、はい! 春です!」

「春ちゃん? その赤ちゃん、ここに寝かせて」

「えっと……良いんでしょうか?」

「うん、そのために作ったんだから。それからそっちの二人も……って言っても、届かないか」

 揺り籠には、間違っても赤ん坊が落ちないよう、柵が備え付けられている。

 大人ならともかく、小さい子供が中に赤ん坊を入れるのは難しい。

 わたしは春ちゃんから赤ん坊を預かり、揺り籠の中に寝かせ、残り二人――秋とふうと言う名前らしい。ちなみに、秋ちゃんは春ちゃんのお姉さんだった――の赤ん坊も揺り籠に寝かせる。

 楓ちゃんの背負っていた赤ん坊は寝ていて、揺り籠に移しても起きる様子を見せなかったが、残り2人は起きていたので、変化した視界に少しむずがる様な様子を見せる。

 しかしそれも、軽く揺り籠を揺らしてやるだけで嬉しそうにキャッキャッと笑った。

 さすが、レシピの説明文に『赤ん坊に安心・安全・安眠を提供。子育て世代垂涎の逸品!』と書いてあるだけのこともある。

 初めて会ったわたしが、ぷにぷにのほっぺを突いても、わたしの指をギュッと握って、手足をパタパタ。

 機嫌良さそうである。

 むむっ、可愛いじゃないか。

「三人は遊んできても良いよ? 赤ん坊は宇迦が見てるから」

「私ですか? そこは紫さんじゃなくて?」

 わたしの方を振り返った宇迦が、『おや?』みたいな表情を向けてくるが、当然の如くわたしは頷く。

「わたし、赤ん坊の面倒なんて見たことないもの」

 お兄ちゃんはいたけど、妹や弟はいなかったし、親戚にもその年代の子供はいなかったので、赤ん坊に接する機会なんて皆無。

 はっきり言って、対処方法なんて判らない。

 失敗したら、『ゴメン』じゃ済まないからね、こういう事は。

「まぁ良いですけど。それじゃ、三人は行って良いですよ」

 少しだけ微妙そうな表情で宇迦がそう請け負ったものの、三人は不安そうに顔を見合わせると、一番年上の秋ちゃんが一歩前に出て、遠慮がちに口を開いた。

「あの、私は付いていても良いでしょうか?」

「ん? もちろん良いけど……うん、そっちの方が良いかな? 宇迦だけじゃ不安だし」

「むむっ、失礼ですね、紫さん。私だって、赤ん坊が泣き出したら眠らせることぐらいできますよ?」

「うん、その言葉がもう不安だね」

 わたしだって、眠らせるだけなら魔法をチョイとかければ簡単である。

 でも、赤ん坊が泣くって事は何か不満があるのだ。

 それを解消せずに眠らせるだけじゃダメでしょ。

 おしめとか、お乳とか。

 ……いや、さすがに乳離れは済んでいるのかな? このくらいの赤ん坊だと。

 でないと、いくらなんでも子供だけに子守はさせないよね?

 粉ミルクも無いわけだし。

 そのへんはきっと秋ちゃんがなんとかしてくれるでしょう。きっと。

「それじゃ、秋ちゃん? よろしくね」

「はい! 任せてください、紫様!」

 両手に握りこぶしを作り、気合いを入れる秋ちゃん。

 『様』って呼ばれるのはなんだかくすぐったいけど、先日宇迦に言われたこともあるし、ここは受け入れておこう。

「でもこの揺り籠、ですか? すごく良いですね! この子も気持ちよさそうです」

「そうかな? なら良かった」

 なんだか面白そうに、秋ちゃんは揺り籠を揺らす。

 喜んでくれるなら、作った甲斐もあるよね。

 春ちゃんと楓ちゃんは遊びに行けたみたいだし、問題なし。

 物作りな気分になっていることだし、もう少し何か作ってみますか。

「他にも何か作るんですか、紫さん?」

「うん。子供向けのオモチャとか、レシピがいくつかあったのを思い出したから」

 なぜかゲーム中のレシピには“汚れないオムツ”とか、凄く便利そうな物もあったんだけど、こんなのを作ると影響も大きそうなので却下。

 ガラガラと積み木でも作ろうかな?

 ちょちょいと作って赤ちゃんに渡してみると……おお、楽しげにガラガラ振っている。

 ちゃんと効果あるんだ、これって。

 ただ音が鳴るだけなのに。

「あの、紫様。これって……?」

「ん? 見ての通り、赤ちゃん用のオモチャ。むずがる様なら振ってあげると喜ぶかも?」

 赤ちゃんがガラガラを振るのを不思議そうに見ていた秋ちゃんにそう答えると、彼女は私にぺこりと頭を下げた。

「ありがとうございます」

「いえいえ~。……さて、こっちはどうしようかな?」

 積み木はきちんと赤ん坊が口に入れられないサイズで作ったが、この子たちはまだ積み木で遊ぶような歳じゃない。

 もうちょっと大きい子たち向けと言うことになるが、そのへんの子たちはよちよちと歩きながら境内で遊んでいる。

 ついでに言えば、屋外で使うような物でも無い。

「宇迦、どうしよっか?」

 プレイルーム的な建物でも作るべき?

 そんなわたしの提案に、宇迦は苦笑して首を振る。

「そのへんに置いておけば、適当に遊ぶんじゃ無いですか?」

「……放任だね、宇迦」

「そんな物でしょう、子育てなんて」

 おぅ、わたしの常識とは違う……。

 一人の子供に手をかけて育てるという認識だったけど、このへんだと、沢山産んでおいて、成長過程での脱落も想定内、と?

 う~~ん、いや、まあ、そういう文化もあるか。

 背景を理解せずに安易に非難するべきではないよね。

 異文化交流は、互いの文化を尊重することから始めないと。

「でも、積み木は作っちゃったので、秋ちゃんにプレゼント、ふぉーゆー。好きに使って」

「は、はぁ。ありがとうございます……?」

 わたしから渡されると、嫌とも言えないのか、少し困惑したような表情で受け取る秋ちゃん。

 ゴメンね? 小学生ぐらいになると、やっぱ積み木はイマイチだよね。

 でも、暇つぶしぐらいにはなると思うから、少し広めのベンチの上ででも遊んでください。

「……紫さんって、のんびりしたい、って言ってるわりに、地味にマメですよね」

「そこは、まぁ、ね。気になってることがあると、のんびりできないたちだから」

 しんどそうに赤ん坊をおんぶしている子供がいることが判っているのに、わたしは日当たりの良い縁側でゴロゴロ、ってのはさすがに落ち着かないのだよ。

 でも、これで本当に一段落。

 夏祭りまではのんびりできる……よね?

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