1-21 穏やかな日々……?
子供たちが遊びに来るようになってしばらく。
わたしの生活は安定していた。
神社にやってくるのは基本的に子供だけ。
たまに大人が『お世話になっております』と、お野菜などを届けてくれるけど、その対応は宇迦に丸投げ。
子供たちも、基本的にはルールを守ってお行儀よく遊んでいるので、迷惑を掛けられることも無く、わたしは結構自由に生活していた。
正にのんびりと。
“のんびり”であって、“ダラダラ”じゃないのは、子供たちのおかげかな?
毎朝、規則正しく日が昇った頃に遊びに来るから。
そんな声が聞こえてくるのに、布団に潜ってゴロゴロというのは、さすがに、ね。
ちょっと予想外だったのは積み木。
『あんまり需要は無いかな?』と思っていたのに、秋ちゃんが遊んでいるのを見て、興味を引かれる子供たちが続出。
人気爆発。小さい子供だけじゃなく、それなりに大きい子供にも。
プレイルームなんか無くても、地面に座り込んで遊んでいた。
考えてみれば、LEG○とか、大人にも人気があったよねぇ……。
ちょっと取り合いっぽくなってたので、LEG○ほどじゃないけど、組み合うような溝を付けて積み木を量産。
LEG○に比べて、一つのブロックが大きいから、踏みつけて跳び上がることも無いし、間違えて飲み込んじゃうことも無い。
子供にも安心なオモチャです。
東屋に箱を設置して、放り込んでおいたら、みんなで協力してデカブツを作ったりして遊んでいた。
あ、一人、投げて遊んでいる子供がいたから、その子にはビシッと教育的指導をしておいた。
一罰百戒。
どんな“罰”を与えたかは語らないけど、その後、その子は服を着替えに戻ることになった。
子供たちから向けられる視線に、びみょーに畏怖の感情が増えた気がするけど……同じ事をする子供は二度と出なかったので、問題なしっ!
寂しくはないよ?
ちゃんと仲良くなった子もいるから。
遊びに来る子供たちの名前は一応、全員覚えたんだけど、中でも仲が良いのは秋ちゃん。
一番赤ん坊の面倒を見ているから、わたしと接する時間も多いんだよね。
それとの繋がりで、妹の春ちゃんと弟の太一君、そして赤ん坊の次郎君。この四人は全員姉弟。
残り二人の赤ん坊は小太朗君と花ちゃん。
ただし、小太朗君の兄、太朗君はほとんど赤ん坊の面倒を見ないので、わたしとはそこまで仲良く無い。
対して、花ちゃんの姉は初日におんぶしていた楓ちゃんで、この子ともそれなりに仲良し。
つまり、「だう!」とか、「あう!」とか、「びえぇぇぇ!」としか言わない赤ん坊を除けば、わたしと仲が良いのは三、四人?
……うん、良いの。
あんまり親しくなりすぎても、逆に困っちゃうからね!
さて、そんな風にのんびりと過ごしているわたしが今日、何をしているかと言えば――。
家の裏をガッツリと開拓しています。
森を少々切り開き、一アールほどの畑を三面ほど。
いや、一面は田んぼなので、畑二面に田んぼ一面だね。
家庭菜園と言うにはちょっと広いし、土も硬かったけど、スキルの力はすごかった。
『ズゴゴゴゴッ』って感じに耕せるんだもの。
家庭用耕運機なんて目じゃないね!
そして、そんなわたしを、驚きと少しの呆れが混じったような視線で見ているのは、縁側に腰掛けている秋ちゃん。
その横にいる春ちゃんの方は、純粋な驚きに目を丸くし、赤ちゃんをあやす手が止まっている。
「すごいですね。さすがは眷属様です」
「ふっふっふ。まぁね。わたしも、大工仕事が得意なだけのお姉さんじゃないんだよ?」
子供たちの前では、大工仕事しかしてなかったからね。
……いや、農作業が得意なお姉さんと思われるのも、少し微妙だけど。
「でも、わざわざ紫様が畑仕事なんてされなくても。お食事、足りないようでしたら、村長に伝えておきますよ?」
少し不思議そうに言う秋ちゃんから、わたしは少し視線を逸らせ、曖昧な答えを返す。
「あー、うん、そうなんだけどね……」
とてもありがたい申し出ではあるけど、そういう訳にはいかない理由があるんだよ、秋ちゃん。
そもそも、わたしがなぜこんな事をしているのかと言えば、話は数日前に遡る――。
◇ ◇ ◇
「紫さん。私、ちょっと思ったんですが……食事にお野菜、少なすぎません?」
「うっ!」
それは、とある昼食の時間。
いつものようにわたしが作った料理を食べながら、宇迦がそんな事を指摘した。
「紫さんの身体、不老ですけど、健康には良くないと思いますよ? 代謝しないわけじゃないですから」
解ってる。
解ってはいるのだ。自分で作ってるんだから。
けど、仕方ないんだよ。
ストレージにある食料、圧倒的に肉の量が多いんだから!
肉、穀物、果物、調味料の順で、かなり離れて魚。
そして、それよりも少ないのが野菜。
肉が大量にある理由は以前話したと思うけど、穀物や調味料が多いのは、料理スキルのレシピの関係。
ゲームシステム的に、料理に使う食材は『何グラム』とかではなく、一単位毎。
つまり、小さじ一杯の塩しか必要なさそうなレシピでも、グラフィック的には一キロ以上入っていそうな塩が一単位消費されるし、パンを一個焼くにも、一〇キロは入っていそうな小麦が一単位消費される。
逆に言えば、袋から取り出して使える現在、かなりの量があるって事なんだよ。
逆にお野菜のグラフィックは一束とか一個とか。
料理によっては複数単位使う。
当然減りも早いのだ。
グラフィックに関しては、果物も同じなんだけど、こっちは逆に、採取イベントが結構あるんだよね。
『どこそこの森から採ってきて』っての。
野菜はこれが無かったから……野菜の採取イベントなんか作ったら、農家の畑から野菜泥棒をするイベントになっちゃうし?
「なるほど。でも、村の人たちが時に差し入れしてくれるお野菜、渡してますよね?」
「あー、アレね。うん、きちんとストレージに死蔵しているよ?」
「いや、死蔵せずに使いましょうよ。せっかくもらったんですから」
小首をかしげる宇迦に、わたしは聞き返す。
「……食べるの?」
「食べないんですか?」
「そこまで言うなら調理するけど……」
そんなわけで、村人から差し入れされたお野菜を調理したんだけど……。
それを食べた宇迦の表情は、なんとも微妙な感じだった。
「ええっと……あまり、美味しくない、ですね?」
「でしょ? ――いや、調理前から予想は付いてたんだけどね?」
わたしだって何も考えずに死蔵していたわけじゃない。
調理しようと思って、どんな物かと味見もしてみたんだけど……はっきり言ってしまうと、宇迦の貰ってきた野菜は不味かったのだ。
わたしの調理スキルをもってしても美味しくないのだから、素材の味は推して知るべし、である。
人参的な野菜は
絶対、これって鈍器として使えるよ。
わたしじゃなかったら鉈が必要な堅さじゃないかなっ!?
食べられないことは無いけど、現代の野菜に慣れたわたしにとってはかなり厳しい。
「うぅ、紫さんのせいで、舌が肥えてしまいました! 責任取ってください」
「よしわかった! 宇迦はわたしが養う!」
宇迦なら養うことに否やはない。
耳と尻尾もあるし、動物と違って清潔。
とても理想的モフモフ。
むしろ、三〇〇年後の報酬は、“宇迦を向こうに連れて帰る許可”にしてもらっても良いかもしれない。
そんなわたしの言葉に、宇迦は少し困ったような表情で頬を染めると、少し視線を逸らせた。
「……いや、そんな答えが欲しかったわけじゃないんですが……ちなみに、種も貰ったんですが……どうします?」
「う~~ん」
野菜料理を増やすため、庭で家庭菜園を、というのが宇迦の考えみたいだけど、これ、苦労して育てる価値あるかな?
いや、まぁ、他にお野菜が無ければこれでも食べないといけないんだろうけどさ。
ストレージには野菜の種って、ほぼ無いよねぇ。
さすがに、野菜から培養するようなことは難しいし……。
「ひとまず、夕食まで待ってくれるかな? 何か考えてみる」
「解りました。……期待して良いですか?」
「ほんのりと……?」
うまくいかなかったら、少々きまり悪いし、ね?
◇ ◇ ◇
「――紫さん、何ですか、これ! すっごく美味しくなってるんですけど!?」
「ふっふっふ。魔法ですよ、魔法」
わたしが作った料理を一口食べるなり、目を丸くしてこちらを見つめてくる宇迦に、わたしはドヤ顔でサムズアップした。
正確には、使ったのは魔法ではなく、錬金術。
品質の低い素材を複数合成し、品質を高める『上位変換』のスキルを使ったのだ。
普通はインゴットなどの素材に使用し、一〇個の鉄インゴットを、一個の上質の鉄インゴットに変換したりできる。
でもこれ、植物系の素材にも使えるんだよね。
おかげで人参はスーパーで見慣れたような形になり、南瓜もほっくり甘く変化した。
「これで種を上位変換したらどうかな?」
「……美味しい野菜が食べられるようになる? 是非やってみてください!」
「任せて。ちなみにこれは、その南瓜から取り出した種を上位変換した物だよ」
上位変換で美味しくなった南瓜。
そこから取り出した種を更に上位変換した種。
上位変換で数が減るから、使える種はそんなに多くないけど、これから収穫できる南瓜はきっと美味しいに違いない!
「うまく行けば、毎年、お野菜が美味しくなったり?」
「ある程度はね。上位変換にも上限はあるから、ずっと向上し続けるって事は無いと思うけど」
鉄のインゴットなら、通常から上質、高品質、最高品質と変換できるが、最高品質以上にはできない。
それは野菜も同じだとは思うけど、最低限、スーパーで売られている程度の味になってくれれば、わたしの料理スキルで十分に美味しい料理が食べられる。
それだけでも問題ないのだ。
それに、まかり間違って、すごく美味しい野菜ができたりして、それとわたしの料理スキルが組み合わされたら……。
ふふふ、なんだか楽しみになってきたね!
◇ ◇ ◇
ま、そんな経緯があり、わたしは家庭菜園をすることになったわけである。
かといって、秋ちゃんに『村の人から頂く野菜は不味いから、自分で作る』なんて言えるはずもない。
なので――。
「趣味、みたいな物かな? わたしもずっと神社の仕事、してるわけじゃないから」
「そうなんですか。では、お手伝いは必要ありませんか?」
「あ、手伝ってくれるの? なら、種まき、手伝ってもらえるかな?」
家庭用耕運機には負けないわたしも、自動種まき機的な能力は持っていないのだ。
「は、春も手伝います!」
ちょうど三人の赤ちゃんたちが寝ていたので、そう言って手を挙げてくれた春ちゃんにも参加してもらい、三人で種まき。
「これぐらいの深さで間隔はこれぐらい――」
「この盛り上がった所に植えるんですね」
「うん。って、春ちゃんたちの畑だと、やってない?」
少し不思議そうに言う春ちゃんに頷きつつ、秋ちゃんにも視線を向けると、彼女もまた頷く。
「はい。耕して播いてるだけです。ね、お姉ちゃん」
「揃えて植えてますけど、それだけですね」
畝を作らない農法かぁ。
大抵の野菜なら、作った方が良く育つと思うんだけど……口を出すべきでもないかなぁ?
それぞれのやり方ってものがあるだろうし。
「そうなんだ。わたしはこのやり方なんだよね。なので、この上にお願いね」
「「わかりました」」
素直に頷く二人と共に、わたしは種を植え始める。
スキルのおかげで普通よりも速く作業は出来るのだが、それでも二アールの畑は案外広く、しゃがんで作業するのはそれなりにきつい。
本当は宇迦にも手伝ってもらいたいんだけど、境内で遊んでいる子供たち、あっちの面倒を見てるんだよね。
最初にわたしが『子供たちの相手は任せた!』と言った以上、呼んでくるのはちょっと避けたい。
でも、幸いなことに人手が三倍になった効果は少なくなく、思ったよりも短い時間で作業は終わったのだった。
「ふ~~。お疲れ様~。お手伝いありがとうね」
「いえ、紫様ほど手際よくはできませんでしたし……。それより、あそこはまだ植えてないのでは?」
秋ちゃんが指さしたのは、畑の六分の一ほどのエリア。
一〇メートルの畝三本分が種を植えないままに残っている。
「あ、あそこは良いの。後日、別の物を植える予定だから」
具体的にはサツマイモ。
ストレージに芋があったので、現在、蔓を生やしている最中です。
あとジャガイモ。
カットして、切り口に灰をつけて、ちょっと乾かしてから植えるのです。
農薬なんかないからね。
「種、余っちゃいましたね」
「そうだねー。……いる?」
残っているのは、南瓜の種。
ストレージに入れておけば劣化しないので、また来年播いても良いのだが、新しく収穫した物から採った種を、上位変換した方が美味しい物ができるはず。
それに、種を持っている春ちゃんの目が、ちょっと物欲しそうなんだよね。
「……良いんですか?」
「良いよ、良いよ。手伝ってくれたお礼。庭の空いているところに播いておけば、収穫できるかも?」
ちょっと上目遣いで聞き返す春ちゃんに、わたしは鷹揚に頷く。
多分だけど、上位変換のおかげで、ホームセンターで売っている家庭菜園向けのF1品種ぐらいには作りやすくなっているんじゃないかな?
「ありがとうございます!」
「ありがとうございます、紫様。大切に育てます」
嬉しそうに笑う春ちゃんと、ぺこりと頭を下げる秋ちゃん。
でも、あんまり『神様の眷属から頂いた大切な種!』みたいに、大げさに受け取られると、ちょっと心苦しい。余り物だし。
「気楽にで良いよ、気楽にで。上手く行ったら儲けものぐらいの気楽さで、ね?」
小学生が夏休みに育てる朝顔ぐらいの感覚でやって欲しいところ。
万が一にも『大事な種を枯らすなんて!』的な事になると困るので、二人相手には、『普通の種とは違うから、上手く育たないかもしれないからね』と強調しつつ、最後に魔法で水を撒いて、今日の農作業は終了。
田んぼの方はまだカラッポだけど、こちらに植えるべき苗は、現在、育苗中。
この辺りは種籾を直接田んぼに植えるみたいだけど、わたしは現代と同じように、苗にしてから植える予定なのだ。
ちなみに、田んぼの水はこれまた森の奥の泉から引いてきた。
せっかくなので、裏庭に岩から作ったわたしお手製の手水鉢を置き、そこから湧き出るように配管、そこからあふれ出た水が田んぼに流れ込むように細工してみた。
流れる水の量が多いので、ちょっとした人工の滝みたいになってしまったけど……コレはコレでアリ。問題ない。
うん、なんだかとても、田舎のスローライフ風になってきたんじゃないかな?
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