1-15 庭造り (1)

「さて、後は参拝客が来てくれるのを待つだけだね」

「そうですね。勧誘に行くようなものじゃないですし」

 この世界の神社は“神社本庁”みたいな物があるわけではなく、明確に宗教として纏まっていたりはしない。

 イメージ的には、産土神うぶすながみのような感じで、関係性も近くに神社があるから祈る、みたいな“ふわっ”とした物。

 厳密な氏子、氏神の関係と言うほどでは無い。

 ただし、宇迦曰く『神はその土地の霊的守護を司っている』ため、実際には地味に重要そうだけど、そのへんのこと、普通の人はあんまり意識していない様だ。

 もっとも、信仰してお祭りをすれば目に見える形で利益があるので、神社があるのにお祭りをしないという事はほぼ無いそうだけどね。

「でも大丈夫なの? 神様、力が無いんでしょ?」

「それは大丈夫です。お祭りをしてもらえば、その分を返すぐらいはできますよ。具体的には、収穫量のアップですね」

「へぇ、それは農家には助かるね」

 そんな解りやすい利益があるなら、そりゃ、やりたいよね、お祭り。

 “家内安全”とかは神様のおかげかどうか解りづらいし。

「それなら、お祭りもきちんとしないとね」

「はい、お願いします」

 と言っても、実際に動くのは当分先のこと。

 当面は、参拝客対策に力を入れよう。

 ……こう言うと、なんだか迷惑なモノみたいだけど、わたし的にはそれなりに切実である。

 人目にさらされながら生活するのは御免被る!

「て、ワケで。わたしは今から路地を作るつもりだけど、宇迦はどうする?」

「もちろん、お手伝いしますよ。私も住む家ですし」

「そう? ありがと」

 まずは材料の準備。

 竹垣なので、竹。

「――あ、そうだった! 竹藪の対処!」

 心のToDoリストにメモったのに、忘れてた。

「竹藪……あ、いえ、竹林。昔は綺麗だったんですけどね……」

「荒れちゃってるよね。なんとか、境内への侵入は阻止されているみたいだけど」

「えぇ、そこは頑張ってます! 本殿の裏手ですから!」

 なるほど。

 あそこから地下茎を延ばされると、一番最初に本殿が串刺しにされちゃうよね。

 ブッスリと。床下から。

 本殿と言えば祭神の住処。

 そりゃ頑張るわ。

「けど、結構大変なので、紫さんが管理してくれるなら助かります」

 だよね。

 けど、良い感じの竹林は、わたしも望むところ。

 早速、元竹林、現竹藪に移動してみたんだけど……。

「やっぱり荒れてるなぁ……」

「ですね……」

 竹垣作りなどに使うため、多少は伐採したのだが、その程度、竹藪全体から見たら誤差。

 未だ、通路部分の竹がちょっと減っただけ。

 竹藪本体部分は一切手つかず。

「――うん、見てても仕方ないし、まずは伐採していこうか? 材料として必要だし」

「はい。これは……何で切ったんですか? 随分と綺麗に切れてますが」

「あぁ、それ? これを使ったのです」

 そう言ってわたしがストレージから取り出したのは、デスサイズ。

 長柄の先にでっかい鎌が付いている武器。

 これの何が良いって、切れ味鋭いことは当然として、竹を根元から切り取るのに、屈む必要が無いこと。

 竹に添えて、軽く引くだけで、こう『スコン』と。

「ね?」

 ゆっくりと倒れ始めた竹に手を添え、ストレージに収納すると、宇迦が少し呆れたような表情を浮かべつつ、納得したように頷く。

「……随分と、とんでもない切れ味ですね。ですが、これならある意味では安全です」

「あぁ、片側から切ると危ないんだっけ?」

 昔、曾お婆ちゃんに聞いたことがある。

 竹は縦に裂ける上に、柔軟性があるので、半分ぐらい切ったところで倒れてしまうと、びよんっと跳ね上がった部分が顔を攻撃してくるとか。

 怖いね。

 その点、デスサイズは一瞬でカットできるので問題なし。

「宇迦もやってみる? デスサイズ、何本かあるから?」

「そう、ですね。お借りします」

 ゲーム中だと筋力値などのステータスで装備制限があったんだけど、そこはさすがに神様の分け御魂という事なのか、宇迦はデスサイズを軽々と扱って竹の間引きを始める。

 竹が綺麗に見える様に考えているのか、適度な間隔でサクサクと。

 わたしと違ってストレージに入れることはできないけど、倒れる方向もきちんと考えているのか、竹の間を通して綺麗に倒している――って、見てないでわたしも作業しないと。

 わたしはそんな事を考える必要も無い道の部分を。

 ザックリと切り倒して、シュパパッとストレージに放り込みつつ進んでいくと、道の先に朽ち果てた廃屋が見えてきた。

 かろうじて残っている瓦礫からは、茶室か書院という雰囲気の建物だが、何本もの竹に貫かれたその様子からは往年の姿は想像できない。

 とりあえずは放置で、竹の伐採を続行――しようとしたところで、宇迦からわたしに声が掛かった。

「あ、紫さん。タケノコ、タケノコがありましたよ」

「え、どこどこ?」

「ほら、これです」

 そう言いながら、宇迦がデスサイズの柄で地面を掘り起こすと、そこからひょっこりとタケノコの先端が顔を見せた。

「おー、タケノコだ……ってか、宇迦、良く気付いたね? 見えてなかったよね?」

「ふっふっふ、私ぐらいになると、タケノコの位置なんて足の裏の感覚で判るのですよ」

 宇迦はドヤ顔するけど、それって歩いてみないと判らないよね?

 いや、すごくないとは言わないけど、見つけるのは効率が悪くない?

「ま、地面のひび割れとかでも判りますけどね。紫さん、これ、ストレージに入れておいてください」

 更に地面を掘り進め、タケノコを根元からむしり取った宇迦が、それをわたしにポンと投げてくる。

「ほーい、了解。そのままにしてると、えぐみが出るんだよね?」

「はい。すぐにアク抜きするのが一番ですが、紫さんのストレージがありますからね」

 便利だよね、ストレージ。

 時間経過が無いんだもん。

 いつまでも新鮮採り立て。

「わたしにも判るかな? ちょっと掘ってみたいかも」

「えーっと……、あそこにありますよ」

 宇迦が指さした方しっかりと凝視してみると……あ、確かにちょっとだけ地面が盛り上がってる、かも?

 ストレージから取り出した鍬で軽く掘ってみると、そこからタケノコ出現。

 本当に出てきた。

 う~ん、先っぽが地面から出ているのなら判るけど、これは見つけられないなぁ。

「宇迦、ゴメンけど、収穫、お願いできる?」

「解りました。けど、そんなに数はいりませんよね? 来年もまた収穫できますし、私たち、二人ですから」

「……まぁ、確かに、そんなにたくさん食べる物じゃ、ないよね、タケノコって」

 タケノコの土佐煮とか、木の芽和えとか、旬の時期には食卓に上るけど、その程度。

 それ以外だと、一ヶ月に一度、食べるか食べないか……いや、食べないな。うん。

 少なくとも、ウチの家庭料理では。

 肉まんとか買って食べたら入ってるけど、それぐらい。

 初めての経験にちょっと嬉しくなったけど、別にはしゃぐほどの物でもなかった。

「それじゃ、程々にお願い」

「了解です」

 わたしは……道を綺麗にしておこうか。

 できるだけ根元から切ったが、やっぱり切り株が残ってるため、かなり見栄えが悪い。

「『ラーヴァ・プール』なら綺麗になるけど……マズいかな?」

 草はまるごと焼いてしまえば良かったけど、竹って、地下茎の一部が焼けてちゃっても大丈夫かな?

 それとも、『マッド・プール』を使って、丁寧に引っ張り出すべきか……。

 ……うん、ま、いっか。

 きっと大丈夫。そう信じよう。

 決して、服が泥で汚れるのが嫌なわけじゃない。

「って事で、ちょっと深めに『ラーヴァ・プール』!」

 草庵へと続く道の幅、やや深めの場所までまるごと溶岩の池に変えてしまう。

 竹の根っこは結構深いところまで入ると聞くけど、さすがにこれなら大丈夫、だよね?

 上の部分は全部切り取って、残っているのは切り株だけだったので、境内の草を処理した時よりもあっさりと焼却処理は終わり、あっという間に綺麗な道が復活。

 これで両脇に柵を作れば良い雰囲気の竹林になると思うけど、それはまた今度で良いか。

「見事な魔法ですね。本来、竹の処理ってかなり大変ですよ? 人力だと」

 タケノコ掘りを中断して、わたしの作業を見ていた宇迦が感心したような声を上げた。

「わたしの時代だと、ショベルカーを使ってやってたね。さすが魔法、便利だよね」

「あとは、周りに広がらないようにできれば良いんですが……」

「そうだね、地中に壁を作っておこうかな?」

 ちょっとやそっとの壁じゃ、その下をくぐってやってくるのが竹。

 なので、竹林の境目に沿って、高さ一〇センチ、深さ二メートルのストーン・ウォールを立てる……埋める?

 あとは、宇迦の切り倒した竹や、掘り出したタケノコをストレージに片付ければ、とりあえずの整備は完了。

 これで竹の侵略に怯える必要はあるまい!


    ◇    ◇    ◇


 さて、忘れていたToDoリストの消化に時間を取られてしまったけど、本題は参拝者対策である。

 わたしは宇迦の手を借りて、まずは玄関の正面に当たる竹垣を解体、玄関を出てすぐの場所から道を作る様に、両脇に竹垣を作り直す。

 元の竹垣の場所まで行ったら、そこから拝殿のある方向へ九〇度曲げ、竹垣に沿って伸ばし、そこに簡単な門を作った。

 これで人の視線を気にする必要も、訪ねてきた人が困ることも無いだろう。

「紫さん、さすがですねぇ。プロ顔負けの出来ですよ、これ」

「そ、そうかな?」

 とか言いつつも、褒められてちょっといい気分になり、ドヤ顔になるわたし。

「まぁ、スキル的には普通のプロ以上だしね。宇迦もお手伝いありがと」

 宇迦に頼んだのは単純作業だけだったけど、彼女の身体能力も大人以上なので、一人でやった時に比べると随分と楽。

 やっぱり人手があるというのは、バカにできない。

「後は飛び石を埋めて、両脇に植物でも植えたいけど……どうしよう?」

 現状のままじゃ、洒落た路地とは到底言えない。

 高級旅館のような、とは言わないけど、少し歴史のある日本家屋ぐらいの風格は出したい。

 お客さんとか来ても、これじゃちょっと、ね。

 飛び石には、庭石に使うような少し綺麗な石を、植栽は苔とか低木とか、ちょっと和風な物を。

 千両とか万両、紅葉、躑躅ツツジ

 あと、縁側から見える庭も殺風景だし、ここもなんとかしたいよね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る