1-14 コンタクト
いや、正確に言うなら、初日に発見はしていた。
なので、第二種接近遭遇みたいな? みたいな?
「おんやぁ! 巫女さんがいるべぇ!!」
年齢は……三〇歳前後?
日に焼けて健康そうではあるが、今まであまり交流の無かったタイプの人なので、イマイチ年齢が判らない。
こ、ここは無難に挨拶、だよね?
「えっと、こんにちは」
「こ、こんにちはだべ」
男性はちょっと戸惑いながらも、そう挨拶を返してくれる。
でも、むしろわたしが戸惑いたい。
心の準備は不完全。
ちょっと待って、じゃすと・あ・もーめんと、なもんである。
「あんのぉ、巫女さんは、おらたちの村の神社に来てくれたんだか?」
「ええ、ここの管理を任されました。しばらく前からここのお掃除をしております」
「おお、やっぱりそうだか! とうとうおらたちの村にも! あ、掃除するの、人手を出した方がいいだか?」
嬉しそうに顔を輝かせた後、ちょっと困ったような顔をしながらそう訊ねてきた男性に、わたしは首を振った。
「いいえ、大丈夫ですよ。もうしばらく時間はかかるでしょうが、わたし一人でできますから。お忙しいでしょう?」
春と言えば農作業が一番忙しいとき、だよね?
その時期に人を無理に出してもらうのは、今後の良好な近所付き合いを考えてもあまり良くないはず。村八分とか、あんまり嬉しくないし。
「そのうちお参りにでもいらしてください」
「わかっただ!
にかっと笑ってそう言うと、男性は嬉しそうに応えて頭を下げるときびすを返した。
「いんやー、これでとうとうおらが村でも祭りができるだな!」
最後にそんな言葉を残し、男性は軽い足取りで走り去っていった。
よし、現地人との良好な接触完了――って。
「……え、祭り?」
そんなことしないといけないの?
いや、まぁ、神社と言えばお祭りなのは解るけど、わたしにそんなノウハウなんて無いよ?
そもそもあっちのお祭りと同じかも判らない。
わたしは神社のお掃除だけして、後はお賽銭を数えるお仕事ぐらいしかするつもりは無かったのだ。
いきなりお祭りを開催して、と言われても困ってしまう。
と、言うことで、宇迦に向かってダッシュ!
「宇迦、宇迦! 村人と話しちゃったよ! どうしよう!」
「えぇ、聞こえていましたよ。と言うか、普通に話してたじゃないですか。いきなりなんですか?」
「わたし、自慢じゃ無いけど、外面は良いんだよ! 何となく、それっぽい対応はできるけど、別に得意じゃないの!」
本気で自慢にならないけど、わたしのコミュニケーション能力は決して高くないのだ。
それは自分で理解しているので、ご近所のおばさんたちに会うと、頑張って挨拶だけはするようにしていたから、わたしの評価は『良く挨拶をする女の子』ぐらいには維持できているはず。
ウィットに富んだ世間話をすることはできないけど、笑顔で挨拶しておけば、そうそう悪い印象は与えないものなのだ。
その人の中身が実際はどうあれ、ね。
コレ、人付き合いの豆知識。
なので、わたしが行方不明になってテレビ取材が来ても、無責任に不名誉な噂話を垂れ流す人はいない、と思いたい。
『いつも部屋に籠もりっきりのよく解らない女の子』みたいなコメントをテレビで流されたら……あ、元の時間に戻れるんだっけ?
なら、その部分の心配は要らないか。
良かった、良かった。
なぜかワイドショーには、訳知り顔でコメントする人が出てくるからねぇ。
突然マイクを突きつけられて、ペラペラ喋るなんて、わたしには考えられないけど――って、そんな事、今はどうでも良いね。
「村長とか言ってたけど、来ちゃうのかな!? わたし、対応できないよ!」
「あれだけ話せれば十分だと思いますけど……」
「無理! 宇迦が対応してよ!」
「村長とかいっても、基本的にこちらの方が立場が上ですから、気にすること無いと思いますけどねぇ。まぁ、解りました、一緒にいるだけで良いですから」
「良かったぁ」
宇迦にはちょっと呆れたように言われてしまったが、わたしは安堵に大きく息を吐いて、胸をなで下ろした。
ごく普通の高校生だったんだよ、わたしは。
大人同士の交渉とかやりたくないんだよ。
今後とも積極的に、宇迦に丸投げしていこう。
「あと、なんだかお祭りとか言っていたんだけど、それってわたしが何かしないといけないの?」
「今の時期だと……次は夏祭りですか。可能ならやってもらいたいですけど……」
そう言って言葉を濁し、わたしの方を見上げる宇迦。
人はたくさん来るだろうし、神様的には是非に、って所なのかな?
でも、そんなノウハウなんて無いし、文化祭の委員すらやったことないんだよね、わたしって。
基本、リーダーとかそう言うのは全力で回避してきたから。
でも、懇願するような表情で、わたしを見上げる宇迦は可愛いし……。
「……宇迦が主体なら、やってもいいよ?」
「ホントですか!? ありがとうございます!」
嬉しそうに、ぱっと顔を輝かせる宇迦。
むむむ……面倒くさいけど、宇迦が喜ぶなら、少しは頑張ろうかな?
「それに、まだ時間はありますから、コツコツと準備しておけばそんなに大変じゃないかと」
夏祭りだもんね。
いつ頃やるのかな? 日本だとあまり縁は無かったけど、八月頃だったかな?
同じぐらいの気候の時にやるなら、もっと暑くなってからだよね。
「ねぇ、宇迦。神社のお祭りって、いつ頃、何回やるの?」
「一般的には、春、夏、秋の三回ですね。春祭りは『春の訪れを祝い、五穀豊穣を願う』お祭りで、ここだと新年のお祝いと同時に行われます。紫さんの感覚だと、初詣とお祭りが一緒になった感じでしょうか。時期的にはもっと温かいですけどね」
宇迦によると、この世界でも一年は十二ヶ月ながら、気候としては三ヶ月ぐらいの差があるんだって。
つまり、私の感覚だと四月頃の気候で新年を迎え、その時に春祭りとして新年を祝う事になる。
……うん、神社の書き入れ時、かつ死ぬほど大変と噂の初詣をやらなくて済むのは、ありがたいかな?
いや、お祭りと一緒になると逆に大変だったり……?
ま、きっと宇迦が良い感じに処理してくれるに違いない。
「夏祭りは『死者の弔いと無病息災を願う』お祭りですね。お盆みたいな感じでしょうか。ここにはお寺がありませんので、弔いも神社の担当です」
おや、なんか気になる単語が聞こえたぞ?
「死者の弔い?」
「はい。そうです」
「無理無理! お葬式とか無理!」
聞き間違えじゃ無かった!
近親者の遺体でも抵抗があるのに、他人の遺体を前にお葬式をするなんて無理だよっ!
宗教家でも何でも無い、普通の高校生にはハードル高すぎ!
「あぁ、いえ、弔いと言っても紫さんが何かする必要はありませんので、心配しないでください」
「……本当に?」
「はい。葬式……というか、埋葬などは隣近所でやってしまうので、私たちがやる事なんて、夏祭りを開催することぐらいです。盆踊りレベルの物と気軽に考えて良いですよ?」
「そっか……」
宇迦にそう言われ、わたしは安堵の息を吐いた。
そういえば盆踊りも元々は精霊を慰めるための舞踊に端を発するんだよね。
良かった、その程度なら問題ない。
日本の一部の地域では、遺骨を抱えて踊ったりするみたいだけど……埋葬してしまうなら、それも無いよね。
「最後に秋祭りは『収穫を神に感謝する』お祭りですね。所謂、収穫祭です。ある意味、これが一番盛大でしょうか。余裕がありますからね」
これが終わると冬支度をして、春まではあまり家の外に出ずに、手仕事などをして春を待つのがこの辺りの一般的な生活パターンなんだとか。
豪雪地帯ではないけれど、時には十センチ以上の雪が積もることもある、そんな地域という事なので、それまでにはわたしも準備しておかないと、冬が辛いかも。
ま、それもまだ先の話。
直近のイベント、夏祭りまでだってまだしばらくはあるのだ。
取りあえず今は――
「橋のあたり、綺麗にしよっか。ここが手を洗う場所になるんだよね?」
「はい。今は草が茂ってますけど、川辺に下りる階段があるはずです」
橋の上にも葉っぱが積もっているし、川辺も見事に草ボウボウ。
適当に魔法で草を刈ってみると……あ、石段の形跡が。
なるほど、こんな感じなので。
「それじゃ、わたしが刈っていくから、宇迦はこの熊手を使って集めてくれる?」
「解りました」
しばらく前に、ちょちょいと作った熊手。
それを宇迦に渡して、わたしは魔法を使って草刈り。
ザックリと刈り終わったら、わたしも手伝って山盛りの草を森の中へ投棄。
石段も軽く掃除して、河原に降りられるようにする。
ふむふむ。ここで手を洗ってから神社に来るわけか。
袴の裾を濡らさないように注意してしゃがみ込み、川に手を差し伸べると、かなりひんやりとした澄んだ水が手に触れる。
「おー、さすがに川は綺麗だね。お魚とかいる?」
「そうですね、もしかすると、ウナギとか獲れるかもしれませんよ?」
なぬっ!?
天然ウナギとか、超高級魚ですよ?
「そ、それはちょっと魅力的! 獲って良いの?」
「ご自由にどうぞ。神域で取れる物は、山菜でも、木の実でも、動物・魚でもお好きなように」
「お~~、なんか、ステキな田舎の自給自足生活っぽい!」
ニッコリと笑って許可をくれる宇迦に、わたしは思わず声を上げる。
田舎生活、ちょっと憧れるところ、あるよね。
実際はそんな甘くないんだろうけど。
でも今のわたしには、それを甘い生活にするだけの能力がある!
うん、結構、いいかも……?
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