1-08 もう寝よう
十数分後。
わたしの目の前には素敵な下着(わたしの欲目)が鎮座ましましていた。
ミシンも無いのに、わずかな時間でこの結果。
「趣味スキル、便利すぎ……」
ゲーム中では、ほとんどの趣味スキルに実用性は無かった。
料理でのバフ効果にしても、錬金術で薬を作る方が安くて効果が高いのだから、ほぼ無意味。
もちろんメリットもゼロでは無く、スキルの種類を問わず、マスターレベルまで上げることで得られるボーナスはあるのだが……これもやっぱり微妙。
労力的にはキャラレベルを上げる方が割が良いため、ボーナスのためにやるのはキャラレベルがカンストした人で、戦闘系スキルをコンプした人ぐらいしかいなかった。
ちなみにわたしの趣味スキルがマスターレベルなのは、姫プレイのおかげ。
レベル上げに効率の良い素材が勝手に集まってくるんだから、やらない手は無い。
「あの時は正直心苦しかったけど……おかげで今は非常に助かってます。ありがとう、貢いでくれたみんな!」
両手を合わせ、どこかにいるみんなに対して感謝の祈りを……。
……うん、ノーパンでやることじゃないね。
そそくさと出来上がったパンツを履く。
おぉ、わたしの体型に完璧フィット。
マスターレベルは伊達じゃない。
こういうタイプの下着は初めてだけど、今まで履いていた下着よりも着心地が良いんだから。
素材は普通の木綿で、そこまで良い生地って感じでも無いから、絶対、裁縫スキルのおかげだよ。
これなら下着に困ることは無さそう。
「ふふ、ふふ~ん♪」
思った以上のできあがりに、わたしは鼻歌を歌いながら、更に数枚下着を作製。
それらをまとめてストレージに放り込む。
「上は……スリップで良いかな?」
ブラも作れそうではあるけど、必要かと言われると、正直微妙。
数年前のわたしは少しひかえめだったから。
少しだけ、ね?
「今度は絹を使ってみよ」
丈はお尻が隠れるぐらいにして……ぬいぬい。
ショーツほどでは無いが、単純な構造なのでこちらも大して時間もかからず完成。
着てみると……ほほぅ。
これがシルク! 素晴らしい。
……いや、着心地の良さは多分にスキルのおかげだと思うけど。木綿のショーツの着心地を考えると。
でも素晴らしいのは確かなので、こちらも数着作製。
あとは寝間着だけど……今着ている浴衣でも良いかなぁ?
『取りあえず』で着たのは、“温泉セット”に含まれるものだけあって、温泉宿に置いてあるような薄っぺらく安っぽい浴衣。
“ゆ”の文字と温泉マークが
寝間着だから楽なものを――。
「えーっと、一応、パジャマで検索……」
ダメ元でストレージの検索機能を使ってみると……あ、ヒットした。
「……これかぁ~~」
そういえば、こういうイベントあったねぇ。
子供の時は欲しかったけど、今の歳だと……他人に見られるわけじゃないし、仕方ないか。
それを取り出し、床に並べていく。
全部で一二種類。イベント限定アイテムの“動物パジャマ”シリーズである。
入手するには結構な手間がかかるアイテムにもかかわらず、実用性はほぼ皆無。
装備すると、一応は魅了耐性と魅了スキルが手に入るのだが、戦闘で使用するには装甲が紙すぎる上に、魅了スキルなんてほとんど効果が無いのだから、ほぼ完全なお遊びアイテムである。
ただ、着たときのキャラグラは可愛いので、一部の人たちには大人気だった。
わたしの場合、『着て見せてくれ』っていっぱい渡されたので、全種コンプリートした上に何枚も予備もあるんだよね。
プレゼントされる度に、数分間は着て見せてあげてたからなんだろうけど。
ちなみに、価値も実用性も無いので、その後は完全なストレージの肥やしになって忘れ去っていたという、ちょっと悲しいアイテム。
まさか、こんな所で活躍する機会が来ようとは。
「どれが良いかなぁ…………パンダでいっか」
一二種類、見比べて選んだのはパンダ。
所詮パジャマだし、デザイン以外の素材は同じみたいなので、どれでも大した違いは無い。
その中でパンダを選んだのは、耳と尻尾が小さかったから。
大きな尻尾はちょっと邪魔そうだったし。
画面上で見るには、狐とかシマリスとか、でっかい尻尾がある方が可愛かったんだけど、実用面ではむしろマイナス。
大分夜も
「うん。想像以上に着心地が良い」
何か不思議な機能があるのか、だぼっとしているわりに邪魔にならないし、温度も快適。
これなら当分は寝間着の心配は無いね。
「よし、寝よう。さすがに疲れたからね……」
残りの動物パジャマを片付け、押し入れから出したお布団に潜り込む。
さすが神様の用意したお布団。こちらも快適。
図らずも昼寝をしたとはいえ、怒濤の一日はかなり精神的な疲労をもたらしたらしく、急速にわたしの意識を眠りへと
「――それでは、お休みなさい」
誰に言うでもなくそう呟き目を瞑ると、わたしはあっという間に眠りについたのだった。
◇ ◇ ◇
翌朝の目覚めは爽快だった。
障子を開けると、早朝の涼やかな風と朝日が差し込んでくる。
なんだかんだで夜遅くまで裁縫してたんだけど……この神様のお布団のおかげ?
それともこの身体のスペック?
お布団のおかげなら、報酬に持って帰りたいかも。
――いや、さすがに神様のお布団でも三〇〇年は保たないか。
「しかし、こんなすっきりとした目覚めって、いつ以来だろ?」
小学校の頃は問題なかった気がする。
でも、最近は寝起きでも妙に眠気が取れなかったり、肩こりが辛かったりしてたんだけど……これが大人になるという事かぁ。
な、訳ないよね。夜遅くまでゲームやってるからだよね。スマホとかも使って。
けど、もう大丈夫!
デジタル断ちしたから! ――強制的にね。
わたしは縁側に出て、パジャマのまま簡単に朝食を済ます。
今日のメニューはストレージにあった、リンゴのフレッシュジュースとパン。
どちらも自作だけど、評価Aなので、素朴ながらもかつて無い美味しさ。
しかも、どちらも大量に残っているから、当分は困らない。
素晴らしい。
スキル上げのためには大量に料理を作らないといけないわりに、用途が無かったからねぇ。
一応、ギルメンに『手作り料理だよっ!』って配ってたけど、さすがにシンプルなパンやフレッシュジュースは、お礼としても配りづらかったから余ってるんだよ。
いちおー、ロールプレイ的に、最低でもクッキー程度の女子力がないと、キャラ崩れちゃうし。
「まぁ、そのおかげで、今助かってるわけだけどね」
シンプルなパンなのに、ホテルで食べるちょっと良いパンよりも美味しいそれをお腹に収めると、わたしは立ち上がった。
神様には神社の再建を頼まれたわけだけど……今日の所は準備が先、かな?
ここには
囲炉裏があるんだから薪も欲しいし、そこで使える鍋や鉄瓶も欲しい。
今は春っぽいが、今後のことも考えたら、火鉢的な暖房器具も欲しい。
……錬金術で、エアコン、作れないかな?
夏もきっと暑いよね?
「でもまずは、薪拾いから……っと、その前に着替えないと」
着心地は良くても、さすがにパジャマで薪拾いはあり得ない。
昨日干したジャージは……ほぼ乾いてる。
けど、わたしの気分的には室内着なんだよね、あれ。
ちょっとぶかぶかだし。
それに、一番の問題点は、世界観的にジャージは合わないこと、かな。
今のところは誰も来てないけど、わたしの目的は神社をしっかりと整備して、この世界の人に参拝してもらうことなのだ。
掃除しているときに偶然会うかもしれないし、その時に怪しまれるような格好は避けないとね。
違和感の無い服装――鎧関係はもちろん却下。
ゲーム中では当たり前に着ていた装備でも、平時にそんな格好をしていたらただの危ない人である。
コスプレはイベント会場内のみで、である。
鎧を除外して、布製の防具となると、魔術師向けのローブ類がたくさんあるけど……これも却下かな。
昨日見かけた人たちの格好から考えると、絶対に浮く。
安物は処分して、残っているのはほとんどレア装備なので、見た目も豪華だし。
神様からも日本に近い文化と訊いているから――。
「やっぱり和服かな?」
ゲーム中で和服関連は基本、イロモノである。
昨日着ていた“ゆ”マークの浴衣のように。
世界観的にNPCの店売りは無く、イベント限定アイテムでしか出てこないのだ。
多少はプレイヤーメイドの実用品もあるんだけど、数はそんなに多くない。
キャラの外見が黒髪ロングだったので、ある程度の数はプレゼントされたけどね。
「振り袖、浴衣……このへんは普段の外出着にはできないね」
温泉セット(ちなみにこれもイベント限定アイテム)の浴衣と違い、こっちはきちんとした綺麗な柄の浴衣。
いずれもイベント限定アイテムで、所持数は無駄に多い。
動物パジャマと同じ理由で。
装備すると、どちらにも速度低下のデバフ効果があるので、完全なネタアイテムである。
キャラグラが可愛いのはわたしも認めるけど、街中でしか着られない装備だよね、ホント。
「他は、弓道着、巫女装束ぐらいかな?」
こちらはバリエーションが無いので浴衣などに比べると数も少ない。防具としての効果は低めながらデバフ効果も無いので、少しは実用的。
ちなみに柔道着なんて物も持ってはいるけど、一度も着たことはない。
渡してきたプレイヤーにはにっこりと笑って黙って受け取り、そのままストレージに直行である。
着て欲しそうな視線は、さっくりと無視した。
正直、可愛くないと思うんだけど、所謂フェチってやつなの?
理解不能。
「うん。神社だし、スタンダードに巫女装束で良いかな」
あまり悩むことも無く巫女装束を選択すると、
「おおぅ、思った以上に本格的……。だけど、今はありがたいね」
下着や履き物を別途用意しなくて良いのが、すごく便利。
確かにゲーム中でもそんなグラフィックになってたから、一緒に出てくるのはおかしくない。
ただ、千早だけは不要なので片付け、残った物を身につけていく。
振り袖は一人では着られないけど、これくらいなら何とかなる。
「よしっ! お仕事開始!」
帯をきゅっと締めて気合いを入れたわたしは、草履を履いて家を出た。
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