1-28 夏祭り

 シャン!


 拝殿の中に、神楽鈴の音が響く。

 それと同時、わたしはコッソリと『サンクチュアリ《聖域》』の魔法を使う。

 ゲーム中ではイマイチ使い道に乏しかった魔法だが、効果が発動した途端、周囲の空気が明らかに変わり、背後で息をのむのが感じられた。

 お祭りの第一部。

 死者の弔い。

 それなりの雰囲気が必要かと思ってやってみたんだけど、効果は抜群だ!

 わたしはもう一度、『シャン!』と鈴を鳴らし、祝詞のりとを奏上する。

「このところ~、少し~暑くなって~きましたが~祐須罹那様に~おかれ~ましては~、いかが~お過ごし~ですか~」

 え? 何を言っているのかって?

 うん、祝詞。

 ……いや、以前、神職の知り合いに聞いたんだよ。

 簡単に言っちゃえば、祝詞は神様に対する挨拶文みたいな物だって。

 それを良い感じに、宣命体で書き記せば祝詞になるって。

 けどわたし、宣命体なんて解らないし、どうせ翻訳機能をオフにしてしまえば、村人たちには理解できない。

 なら普通ので良いんじゃね? ということで、普通の挨拶文をそれっぽく読むことにしたのだ。

 宇迦曰く『祐須罹那の方はどうでも良いです。村人が敬虔な気持ちになればそれで』らしいから、悩むだけ無駄だしね。

「これから~さらに~暑くなっていくと~思うと~、ちょっとウンザリ~て気もしますけど~、自然豊かな~この場所で~なら~、日本~よりは~過ごし~やすい~かも~しれませんね~」

 どうでも良い事だって?

 うん。わたしもそう思う。

 でも、短すぎたら有り難みが無いよね?

 お経とか、無駄に長いし。

 あ、無駄に、とか言っちゃダメか。わたしには意味が解らないだけだから。

「宇迦を~遣わして~くれたのは~ありがたい~ですけど~、祐須罹那様も~もう少し~働いても~良いと思いますが~、そのへんどう思いますか~。耳と~尻尾~成分~、増やして~くれても~良いですよ~。良いですよ~。良いですよ~~」

 適当に『シャンシャン』と鈴を鳴らしつつ、祝詞を続ける。

 宇迦もわたしの隣で、『シャラシャラ』と鈴を鳴らすけど、祝詞は唱えない。

 合わせられないからね。わたしが適当に話しているだけだから。

「さて~、色々~苦労も~ありましたけど~、今日~この~良き日に~、夏祭りを開催し~、村人~一同~祐須罹那様を~奉りますので~、死者の魂を~平穏へと~導きたまえ~」

 一応、これが本題。

 事前に村人から提出されていた、無くなった人の名前が書かれている木札を、火壇の炉の中へ。

 四枚しか無いので、すぐに終わる。

 それがすべて燃え尽き、火が落ち着くのを待って、もう一度鈴を『シャン!』と鳴らし、動きを止める。

 そして、その音が静かに消えるのを待ち、ゆっくりと手を下ろす。

 それに合わせて、宇迦が背後を振り返り、口を開いた。

「これにて、弔いの儀式は終了となります。皆さんは退出してください」

「「「ははぁぁ、ありがとうございます」」」

 まるで計ったかのように、同じ台詞で頭を下げる村人一同。

 そしてズリズリとそのまま後ろに下がると、後ろに座っている人から一人ずつ拝殿から出て行く。

 全員の気配が無くなり、拝殿の扉が閉められたところでわたしはゆっくりを神楽鈴を床の上に置き、大きく息を吐き、ゴロリと横になる。

「ふあぁぁぁ~~、何とか終わったぁ」

「紫さん……さっきまでは神秘的で良い感じでしたのに……」

「そう? 上手くできてた?」

 少し呆れたような視線を向けてくる宇迦の顔を見上げつつ、わたしが聞き返すと、宇迦は不承不承ながらも頷く。

「十分に問題ないレベルで。祝詞は正直どうかと思いましたけど。私、笑いをこらえるのにちょっと苦労しましたよ?」

「えー、だって、適当で良いと言われても、何言ったら良いか逆に困るもん。さすがに、適当に唸っているだけってのはダメだろうし?」

「まぁ、彼らには不思議な言葉に聞こえているから問題ないんですけどね」

「だよね?」

 意味を解られたら、さすがにわたしも恥ずかしい。

「少し休むのは構いませんが、もう一仕事残ってますからね?」

「だよね~。大半の村人はそっちの方がメインだしねぇ」

 ここの村は二〇〇人にも全く足りない程度の人口しか無いけれど、それでも先ほどの儀式に参加した人数に比べれば、圧倒的に多い。

 何をしているのか見えない拝殿の儀式よりも、神楽殿で舞う巫女舞の方が判りやすいお祭りのイベントだろう。

 でも、せっかくなら参加型イベント――盆踊りなんかにしたら良い気もするんだけど……まぁ、伝統があるなら仕方ないか。

 わたしはよいせっ、と起き上がると、炉の火を消して立ち上がる。

「それじゃ、準備しよっか? あんまり待たせるのも悪いからね」

「はい。と言っても、寝っ転がったせいで乱れた、紫さんの髪を整えるぐらいですけどね」

「おっと、乱れてる?」

「はい、ちょっとだけ」

 第一部の儀式の間も髪飾りや冠は付けていたので、それが乱れてしまったみたい。

 わたしの後ろに回った宇迦が、ちょっと背伸びして整えてくれる。

「ありがと。あとは、楽器を持って神楽殿に移動すれば良いのかな?」

「ですね。――私たちが自分で持っていくのは少し不格好な気もしますけど」

「う~ん、でも、運んでくれる人もいないし、かといって、魔法で持ち上げて運ぶのもちょっと……でしょ?」

 わたしたちの後をぷかぷかと浮いて付いてくる、笛や鼓。

 絵面としてはちょっと微妙な気がする。

 神聖さが足りないというか。

「ある意味、畏敬はしてくれるかもしれませんけど」

「そこまで畏敬してもらう必要は無いから、手持ちで良いかな」

 頻繁に顔を合わせているだけあって、子供たちは結構親しく声を掛けてくれるようになったんだけど、大人の村人たちは、先ほどの儀式の時のように、かなり遠慮して接してくる。

 程々の距離感でのお付き合い、という方針からすれば、それで別に問題ないんだけどね。

「それじゃ、宇迦、笛と鼓、持ってくれる? わたしが琴を持っていくから」

「解りました」

 小柄なわたしでも、一応、宇迦よりは身体が大きい。

 和琴よりは小さくても、それなりのサイズがある琴を持つなら、わたしの方が適任である。

 ヨイショと琴を持ち上げて扉に向かうと、宇迦の方も笛を帯に差し、右手に鼓を持ってわたしの後に付いてくる。

「良し……行こっか!」

 一つ気合いを入れ、拝殿の扉を押し開ける。

 村人から一斉に向けられる視線。

 その無言の圧力に一瞬怯みそうになりつつも、足を踏み出すと、ざわついていた村人たちの声が、潮が引くように収まっていく。

 間違っても転けたりしないよう、ゆっくりと拝殿を降り、神楽殿の上に。

 その隅に琴を置き、宇迦を待つと、彼女も楽器を置いてわたしの隣に並んだ。

 そして再び発動する『サンクチュアリ』。

 わたし、自分の神秘性に自信なんて無いからね。ドーピングだよ、ドーピング。

 魔法の発動を確認して、宇迦と視線を交わし――。


 シャン!


 二人同時に鈴を鳴らす。

 それに呼応して、『カン!』と鼓の音が響き、周囲から音が消える。

 宇迦と共に足を踏み出し、舞う。

 それに笛と琴のが乗り、時折響く鼓の音。

 聞こえるのは、その曲とわたしたちが鳴らす神楽鈴の音だけ。

 村人たちは静まりかえり、しわぶき一つ聞こえない。

 緩やかに、そして滑らかに。

 激しい動きの無いその動きは、正に“舞う”と言うにふさわしい。

 さすがは宇迦。

 わたしの黒歴史的“創作ダンス”なんて物とはワケが違う。


 ――思えばこの世界に来た時には、なかなかに混乱した。

 目覚めたら、全然知らない場所にいるんだもん。

 逃げ出しちゃうのも当然だよね?

 最初から神様が出てきてくれてれば、問題なかったのに。

 妙なところで抜けてるんだよねぇ、祐須罹那様って。

 宇迦を遣わしてくれたのは嬉しかったけど、かなーり無理してる感じだし?

 このお祭りで、少しはエネルギーが貯まったりするんだろーか?

 たまには夢枕に立っても良いですからね~。

 無茶振りさえしなければ。


 などと考えながら舞っていると、巫女舞もいつの間にやら終盤。

 宇迦と同時にパッと床に伏せると、最後に鼓の音が大きく『ポンッ!!』と響く。

 その余韻が消えたところでゆっくりと身を起こし、楽器類を回収して神楽殿を降りる。

 そして、私たちが拝殿へと引き揚げ、扉を閉めた瞬間、扉の外から歓声とは少し違う、ため息のようなどよめきが聞こえてきた。

「ふぃぃぃ~~。第二部も成功、かな?」

「はい。成功で良いと思いますよ。さすがですね。見ていた人たち、惹き込まれていましたよ」

「えー、そうかなぁ? 宇迦のは凄いと思うけど……」

 正直な事言うと、村人の反応なんて見ている余裕は無かったのだ。

 確かに、スキルのおかげでプロみたいに舞う事はできるようになった。

 でもね? 中身はごく普通の高校生の、わたしのままなの。

 舞台度胸なんて物は存在しない!

 舞台に立った経験なんて、小学校の学芸会の端役のみ!

 だから周囲に意識を向けず、別の事を考えながらに舞っていたんだよね。うん。

 見ていたのは宇迦の舞のみ、聞いていたのは付喪神たちが奏でる曲のみ。

 それで何とか乗り切ったのだ。

 周りを観察していたら、絶対とちってたね。

「あなたたちも、ありがとね。曲が無かったら、かなり寂しい物になってたと思うから、助かったよ」

 横に置いた付喪神たちに声を掛けると、『ポン、ピー、ポロン』と返事がある。

 うん、せっかくだから、この付喪神は拝殿の中に置いておこうかな?

 また箱にしまって倉庫に片づけちゃうのは、ちょっと可哀想な気がするし。

「お疲れ様でした。あとは、第三部が終わるまでのんびりしていてください」

「うん~、言われなくてものんびりするよ~」

 冠や神楽鈴などをストレージに片付けると、そのまま床の上にゴロンと。

 ちょっと床は硬いけど、今は気疲れの方が大きい。

 きちんと拝殿の扉は閉めているので、覗かれる心配は無い。

 少々はしたない格好で、寝っ転がったまま大きく息を吐く。

 大勢の前で舞わないといけないというプレッシャーのせいで、微妙に寝不足な感じなんだよねぇ。

「紫さん、こんな所で寝ると、風邪……はひかないかもしれませんが、良くないですよ?」

「う~、でも、寝る場所無いし?」

 拝殿から自宅まで行こうと思うと、扉から出て、村人の注目を浴びながら移動しなければいけない。

 こんな事なら、自宅へと続く廊下、もしくは地下通路でも作っておくべきだったかもしれない。

「さすがに、出て行きづらいですか。仕方ないですね。本殿で寝て良いですよ」

「えぇ? それはさすがにマズくない?」

 神様の御座所である本殿に何があるかと言えば、この神社の場合、御帳台みちょうだいが置いてある。

 厚い畳が置かれ、その周囲に四本の柱。

 そこからは薄絹が垂れていて、畳の上にはしとね――簡単に言うなら、布団みたいな物が置いてあるのだ。

 つまりは、まぁ、寝るのにはちょうど良い。

「私が許可します。さぁ、さぁ」

「えぇ……?」

 良いのかな? と思いつつも、宇迦に背中を押されるまま本殿の中に。

 そのまま茵の上に寝かされてしまう。

「しばらくそのまま休んで良いですよ。用事があれば起こしますから」

「う、うん」

 どこからか持ってきた厚衣をわたしの上に掛け、頭を撫でてくる宇迦に少し戸惑いつつ、わたしは頷く。

 実際、疲れがあるのは否定しがたいところ。

 頭を撫でる手の温かさと、左手でポンポンと叩かれる胸のリズムに眠気を誘われ、わたしは静かに眠りに落ちる。

 その寝入り端、「ありがとうございます。あなたのおかげで――」という、普段の宇迦よりも少し大人っぽい、小さな声が聞こえた気がした。

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