1-29 エピローグ
「もうすぐ終わりですねぇ」
「そうだね。お酒も無いのに、良くも長時間騒げるよね」
わたしが一眠りして目を覚ましても、お祭りの第三部は未だに続いていた。
村人たちが持ち寄り、形式的には神様から下げ渡された事になっている食べ物を使って、普段よりも豪華な食事を楽しむ。
それが第三部のメインイベント。
でも、所詮は寒村。
お酒なんかは無いし、祭壇に供えられた神饌にもお酒は含まれていない。
御神酒は神事には重要だと思うんだけど……いや、わたしは飲まないけどね?
それとも、わたしが作るべき?
巫女だし、口噛み酒?
――いやいや、それは無い、それは無い。
誰が飲むのって話だし。
祐須罹那様が実体化して飲むわけないし、わたしはもちろん、宇迦にだって飲ませたくない。わたしが作った口噛み酒なんて。
当然、村人たちは言うまでも無い。
「申し訳ないけど、料理もそんなに美味しくはないし……」
料理ができた後、村長が恭しく料理を差し入れてくれたんだけど……ごめんなさい。はっきり言ってしまうと不味いです。
態度から考えれば、一番良いところをくれたんだとは思うんだけど。
「紫さんが作る物と比べちゃダメですよ。気持ちですから」
「とか言って、宇迦だって美味しくないと思ってるよね?」
お皿の中、まだ残ってるし。
「……気持ちですから」
「気持ちじゃ美味しくはならないんだよ、残念ながら」
“愛情は最高のスパイス”なんて言葉は幻想。
愛情があっても、メシマズはメシマズなのだ。
愛情でカバーできるのは根性だけ。
つまり、不味くても我慢して食べきれるかどうかなのだ。
「わたしは無理だから、味付けを……」
ストレージの中の物を、適当にパラパラと。
幸いな事に、“味付けに失敗して美味しくない”ワケじゃなく、“味があんまり付いてなくて美味しくない”なので、手の施しようがある。
使える調味料、少ないんだろうね。
「……うん。これなら食べられるかな」
目分量でもそれなりに美味しくできるのが料理スキルの良いところ。
まあまあの味になった料理を食べていると、わたしの袖を引く人が。
宇迦である。
そちらに顔を向ければ、宇迦が無言でお皿を差し出していた。
「気持ちは良いの?」
「気持ちは受け取りました」
「なるほど」
別に意地悪をするつもりは無いので、宇迦のお皿にもパラパラと味付けをしてあげると、彼女は笑顔になって箸を進めた。
「あとは、最後にお札を渡せば終わりだよね?」
「はい。さすがにそろそろ第三部も終わると思いますけど……」
「ちなみにこのお札、どんな効果があるの?」
お札の効果も知らずに作っていたダメな巫女。わたしの事である。
「お守りですね。きちんとお
「ほうほう、きちんと御利益があるんだね。……わたしが作ったような物でも」
「問題ありません。そのへんの実務は、祐須罹那の仕事です」
きちんと形式に則って作り、祭壇に供えるまでがわたしの仕事。
それを効果のあるお札にするのは祐須罹那様の仕事。
それで良いらしい。
ゴメン。ちゃんと仕事してたんだね、祐須罹那様。
「さて、そろそろ終わりのようです。行きましょうか」
「うん。もうちょっと頑張るよ」
きちんと身だしなみを整え、祭壇に供えてあったお札を手に外に出る。
わたしたちが拝殿の前に立つと、村人たちはおしゃべりを止め、村長を先頭にわたしたちの前に列を作った。
そしてわたしたちに対して、深々と頭を下げた。
「この度は我々のために、お祭りを催して頂き、誠にありがとうございました」
「皆さんが神を奉ずるのであれば、これからも開催する事ができるでしょう」
「それはもう! 何卒、よろしくお願い致します」
宇迦のもっともらしい言葉に、すぐさま頷く村長。
そんな村長に、わたしはお札を差し出す。
「このお札を、家の良き場所にお祀りください」
「へへぇーっ!」
手渡したお札を押し頂き、腰を深く折る村長。
……いや、そこまで恐縮される必要は無いんだけど。
けれど、そこはポーカーフェイスでやり過ごし次の家族へ。
同じ様な言葉を掛けて、お札を渡していく。
もちろん、中には遊びに来ている子供たちもいて、『ゆかりさま、すっごく、すごかったの!』とか『凄く感動しました!』とか『きれーだったおー』とか言ってくれたりもした。
大人たちの方は相変わらず……いや、お祭りの前よりも畏敬の念が強くなったようにも感じたけど。
そして、順番にお札を渡すこと、二七枚。
最後の家族がわたしたちに頭を下げて、鳥居の向こうに姿を消したのを確認して、わたしは息をつく。
「はぁぁ~、終わったねぇ。片付けも……必要なさそうだし」
境内にゴミなどは一切落ちておらず、特別なお掃除などは必要なさそう。
出るようなゴミもない、という理由もあるんだろうけど、たくさんの人がいたとは思えないほど。
片付ける物と言えば、拝殿の中にある火壇ぐらいだけど、あれはストレージに入れれば終わり。
あとは、参道に張っている注連縄ぐらいかな?
明日にでも回収しておけば良いよね。
「はい。これで本当に終わりです。お疲れ様でした」
「うん、地味に疲れたよ、ホント。村の人は、妙に敬ってくるし」
「あれは、崇敬ですね。きっと、紫さんの舞の効果ですね」
「えぇ……?」
上手くできたって事だから、嬉しくないとは言わないけど、ちょっと微妙だなぁ……。
「でも、ま。これで当分はのんびり過ごせるね。ビバ、スローライフ!」
ちょっと頑張ったから、充電期間を取らないと。
「はい。次は秋祭りですね。秋祭りは一番大きいお祭りですから、少し大変ですよ」
「……はい? 大変なの? 秋祭り」
そして、やっぱりやるんだ?
「もちろんですよ。むしろ、一番重要です。春祭りと夏祭りが村人に与える物とするなら、秋祭りは神への感謝を捧げてもらう物ですから。ガッポガッポですよ」
あぁ、実った物を奉納してもらうもんね。
今回の場合は形だけで、ほぼ全部、村人たちが食べちゃったわけだから。
つまりは、御初穂って事なのかな? 秋祭りで捧げられるのは。
「……まぁ、もらってもそんなに嬉しい物じゃないですけど」
「台無しだよ!?」
まぁ、わたしだって、御初穂よりも初穂料の方が嬉しいけどさ!
「そんなわけで、紫さん。次回もよろしくお願いしますね?」
「うぐっ……」
お祭りと言っても、わたしは全く楽しめないわけで。
全く気は乗らない。
出店が出るわけでもないから、ショバ代も取れないし、当然、出店に行って楽しむ事もできない。
いや、出ていたとしても行けないと思うけどね。
現状の畏敬のされ方だと。
「村人……いえ、子供たちのためですよ。ガンバ!」
「うへーぃ」
両手をギュッと握って、ニコッと笑う宇迦の可愛さに、わたしは不承不承に、そんな返事を返す。
でも今は、数ヶ月先のお祭りの事なんて忘れてしまおう。
わたしは大きく息をつくと、暗くなり始めた空を見上げ、大きく伸びをする。
「さて! 今日はもうお風呂に入って寝ちゃおうね! 宇迦、一緒に入ろうね!」
「えぇ? 私は一人でも良いんですけど……」
「いやいや。お祭りが終わったら、存分に尻尾をもふもふさせてくれるって約束だったじゃん。忘れてないよね?」
「うっ、そうでした……」
「お風呂に入ったら、そのままお布団で楽しませてもらうから!」
わたしは渋る宇迦の背中を押して自宅へと向かう。
面倒くさいお役目、これぐらいの役得が無いと、やってられないよね?
――そんな感じに、わたしの夏祭りは幕を閉じたのだった。
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