1-27 近づくお祭り
「それでは紫さん。私が紫さんのパートを舞いますので、しっかり覚えてくださいね?」
「了解です! 先生!」
「先生なんて言われると、くすぐったいですね。普通で良いですよ、普通で」
「はーい」
付喪神騒動の翌日、わたしは宇迦から舞の指導を受けていた。
まずは宇迦がわたしに舞を見せ、それと同じ動きをわたしがする。
その舞に合格が出れば、わたしとは違う動きをする宇迦と一緒に舞って、二人で動きを合わせる。
そういう流れ。
わたし自身は初めて体験する“舞”という物に戸惑いは大きかったんだけど、実際にトライしてみると……。
「紫さん……なんで一回でできるんですか? 本気で先生とか言えないじゃないですか」
「うーん、やっぱスキルのおかげだよね」
『舞踊』スキル、種類を問わないとか、さすがゲーム。
クラシックバレエと日本舞踊が全然違う様に、普通に考えたら無理だと思うんだけどね。
「……まぁ、問題なくできるのであれば、文句を言うようなことじゃないですけど」
そう言いながらも、宇迦は少し釈然としない様に、腕を組んで尻尾をゆらゆらと振っている。
ま、気持ちは解るけどね。
宇迦の舞う舞はまるで流れる様な動きで、見た時は思わずため息が漏れたほど。
普段はほんわか可愛い宇迦なのに、その時は神々しさを感じさせられた。
単なる巫女装束でこれなんだから、きちんと千早を着て装飾品や神楽鈴など持って舞えば、思わず拝んでしまうかもしれない。
そんな舞を、一度見ただけでわたしがコピーしたのだから……。
自分自身、もしわたしみたいなのがいたら、『ちょっと待てぃ!』とツッコみたくなるし。
「う、宇迦、二人で合わせてみようよ。二人の動きが合ってないと、綺麗に見えないし。ね?」
「……そうですね。頑張って練習しましょう」
宇迦の肩に手を置き、背中を押すようにして次の段階へ。
そして二人で練習を始めたわけなんだけど……。
「やっぱり、すぐに終わっちゃいましたし」
宇迦が『はぁ……』とため息をつき、首を振る。
確かに数回通して舞うだけで、バッチリ揃っちゃったわけだけど。
「いやいやいや、宇迦が合わせるのが上手いだけだよ、うん! やったね! わたしたち、相性バッチリ!」
慌ててフォローするわたしに、宇迦は両手をぶんぶん振って抗議する。
「そりゃ、私が考えたとおり、きっちりと同じタイミングで舞ってくれれば合いますよ! 相性なんて関係なく!」
「うっ!」
宇迦の尻尾も、彼女の不本意さを主張するかの如く、ピンと天を差している。
でも仕方ないじゃん!
できちゃうんだもん!
「……もっとも、できなくて苦労するよりはよっぽど良いんですけど」
「だよね?」
「ですが、こんなに簡単にできるなら、もっと複雑にしても良かったかもしれません。初心者向け、なんて考えず」
「えぇっ!? わたし、これからこの舞に合う音楽、考えないといけないんだよ? それに、初心者向け?」
わたしはスキルのおかげでできたけど、十分に難しい舞だと思うんだけど……。
「冗談です。さすがに今からやるのは余裕が無いですからね。次のお祭りにしましょう」
「えっと、初心者向けというのは?」
「そっちは本当です」
「げふっ」
上級者向けとか、どんなになるのか怖いんだけど。
でも、それでも練習すれば何とかなりそうなのが、なんとも……。
「それも次回以降ですね。今は曲作り、頑張ってください」
「りょーかいだよ」
◇ ◇ ◇
それからわたしは、宇迦が舞うのを見ながらイメージを膨らませ、何となく雅楽っぽい曲を作り上げた。
それを元に、笛、鼓、琴で演奏できるようにアレンジを加える。
最初は三つだけじゃ貧相かな、と思ったんだけど、さすがは付喪神と言うべきか、意外と何とかなった。
どうやっているのかは不明だけど、一本の笛にもかかわらず、なぜか和音を奏でることができたのだ。
とっても不思議だけど、できるのなら利用するのみ。
琴も二本の腕では不可能な演奏を披露してくれたし、演奏の厚みとしては、七、八人ぐらいの楽団がいるような感じ?
それに対抗するかの如く、鼓も中心を叩いたポンという音と、周囲を叩いたカンという音を同時に響かせてくれたんだけど……うん、それは使えない。ゴメンね。
舞の方に目処が付いたら、残っている祭りの準備を仕上げていく。
子供たちを指導して、まずは一緒に紙垂を作り、子供たちが頑張って綯った縄に取り付ける。
わたしが用意した紙に、ちょいちょいと切れ目を入れて折り曲げるだけなので、子供でもできる簡単な作業。
「ゆかりさまー、これでいーい?」
「はい。良くできてますね。大丈夫ですよ」
「わーい! 付けるね!」
一人がわたしに見せに来ると、それに釣られるようにワラワラと寄ってくる子供たち。
「あちしもできたの~」
「ぼくの、ぼくのはどぉう?」
「健君のも良くできてますよ」
「やったぁ」
差し出されるちょっと不格好な紙垂を受け取り、頭をなでなで。
気持ちだから、上手く出来てなくても問題ないのだ。
祐須罹那様が文句を言うようなら、わたしが言い返しちゃる。
年少組はそんな感じなんだけど、年長組は――それでも最年長が八歳だけど――なかなかにしっかりしている。
「紫様。取り付ける間隔はこれぐらいで良いですか?」
「うん、それぐらいで良いよ。できたらわたしが張るから」
子供たち全員で作ったからか、太さにバラツキがある縄だけど、それもまた味がある。
わたしは年長組に手伝ってもらって、石段上の鳥居から、石段の一番下、
これがあると一気にお祭りの雰囲気……わたし的には。
初めて見るらしい子供たちは、不思議そうな表情をしている子が多いけど、非日常を感じてか、ワクワクしたような様子を見せる子供もまた多い。
注連縄を張り終えたら、拝殿の準備。
本殿の前に祭壇を設置し、その手前に火壇を置く。
本番ではこの火壇にわたしと宇迦が座り、村長さんたちはその下に座ることになる。
下と言っても、わたしたちがいる場所が正中になるので、村長さんたちは
なので、村長さんたちとも打ち合わせ。
例によって話すのは宇迦で、わたしは座ってるだけだけどね。
「では、今年の弔いに参加されるのは四家族と?」
「はい。計一八人になります。それに私を含めた村の顔役五人を参加させて頂ければ、と」
「解りました。では顔役は左側に、家族には左側と右側に分かれて座ってもらいましょう」
「いえいえ! 私どもなど、
右面とは右側の後ろ側にあたり、位置関係としては一番下位にあたる。
もちろん、左側の後ろ側が
ちなみに、この右左は神様から見てなので、拝殿に入って左側が右面になる。
とは言え、後ろの隅っこに固まって座られていても逆に困るわけで。
しばらく宇迦と村長が話し合った結果、左側と右側、そして当然のように正中は避けて、左面と右面に村長たち村人が分かれて座ることになった。
簡単に言えば、中心を避けて拝殿の後ろ半分に座るってだけだけどね。
まぁ、マナーでも上座と下座、重要みたいだし、そんなものなんだろう。
更には小物の準備。
ゲームの巫女装束のセットに千早は入っていたんだけど、神楽鈴や髪飾りのような物は含まれてなかったんだよね。
さすがにそこまで本格的じゃなかったみたいで。
なので、わたしと宇迦の分、手作り。
はっきりとは覚えてないけど、木製の持ち手にたくさんの鈴が付いていて、カラフルで細長い布が付いているんだよね、確か。
それをイメージして作ってみたんだけど……。
「これはまた……立派な物を作りましたね」
「ダメかな?」
「べつに構いませんけど、以前使っていた物は、もっと地味でしたよ?」
「そういえば、あんまりカラフルな布とか、無いよね、この村って」
「しっかり染める為には、コストが掛かりますからね」
「あー、だよね」
自然の染料で染める場合、染めては乾かして、と何度も繰り返さないとダメというのは聞いたことある。
もちろん手間さえ掛ければ、自然素材だけでかなりカラフルに、いろんな色に染められるみたいだけど、余裕が無いと無理だよね、そんな事。
「……ま、神事だから良いよね」
「はい。と言うか、紫さんが何をしていようと、文句を付ける村人なんているとは思えませんけど」
「あぁ、神使もどき、だもんね、わたし。……ま、いいや。髪飾り、作ろ」
布を使った、髪をまとめるための髪飾りと、頭に載せる冠。
金貨を潰して、適当にトンテンカン。
宇迦とわたし、お揃いでそれっぽい物を作る。
派手になりすぎないように注意はしたけど、価値だけはメッチャ高いアクセサリ。
とりあえず宇迦に、髪飾りと冠を付けてもらってバランスを見る。
――うん、オッケー、オッケー、問題なし。
良い感じに神秘的な感じにできてる。
これで巫女舞を舞えば、村人にあがめ奉られること、間違いなしだね。
むしろ私が崇めちゃうね。
さらに、髪飾りを付けて、冠を載せて、千早を着させると……。
「尊い……」
「いえ、紫さん。私に手を合わせられても困るんですが」
おっと。
◇ ◇ ◇
「これで一通り、準備は終わり、かな?」
「概ねは。後は村人がやるでしょう。神饌も村人が準備しますから、私たちがすべきなのは、当日、その神饌を祭壇に並べることだけですね」
「じゃ、後はのんびりと当日を待てば良いだけ?」
「いえ。最後にもう一つ、大事な仕事が残っています」
おや?
「なんかあったっけ?」
「ありますよ。第三部の終わり、村人たちが帰る時に、お札を授ける役目があります。そして、そのお札を作る役目も」
「……あれ? そんな話、あったっけ? 第三部はのんびりできるって印象だったんだけど」
宇迦、そんな事、言ってなかったよね、お祭りの説明の時。
村人たちが適当に美味しい物を食べて解散、じゃなかったっけ?
「特筆すべき事でもないですからね。当日は、もらいに来た村人に手渡すだけですから」
「なるほど?」
そう言われると、確かにお祭りの大まかな流れの中で、わざわざ説明するほどでも無いのかな?
「もっとも、そのお札を作るのが少し面倒なんですけどね」
「うん、それ重要。何すれば良いの? そして、どれぐらい作れば良いの?」
「一家族に一枚ですから、三〇枚もあれば十分です。お札作りの方もそんなに難しくないですよ。まずは、鎮守の杜から木を切ってきて、それで木札を作ります。これは、私が切って乾燥させた物がありますから、紫さんは薄くスライスしてくれれば」
「うん、それは簡単だね」
わたしには石でもスパスパ切れる剣があるからね。
「後は、
「あぁ、あれかな? 木札に白い紙が巻いてあって、水引が結ばれているあれ」
ウチには無かったけど、見たことはある。
あれって、神社でもらってくるんだよね、確か。
「紙や水引は使いませんが、そんな物ですね」
「ちなみに、斎戒沐浴って?」
「慎み深い行動や飲食、それに身を清めることですが……紫さんは墨書する前に、お風呂に入ればそれで良いですよ」
「そんな適当で良いの?」
ちょっと滝行をしてこい、とか言われても嫌だけど。
「良いんです。私が許可します。祐須罹那はそんな事で文句を言いません。――私も美味しくない食事なんて食べたくないですし」
「……そっちが本音?」
「ちょっぴり?」
少し照れたように笑う宇迦に、わたしも頬を緩める。
ま、楽なら文句を言う必要も無いよね。
そんなわけでわたしは、宇迦が用意してくれた丸太をシュパパッと板に加工、お風呂に入ってから宇迦に言われるまま、墨書。
半日ほどですべてのお札を完成させたのだった。
そうしてついに、夏祭りの当日を迎えた。
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