1-24 夏祭り・準備 (2)

 子供たちが戻ってくるまでには少々時間が掛かったが、戻ってきた時、子供たちは藁束に加え、藁を叩く鎚と土台とする切り株もまた持っていた。

 そっか。藁で縄を作る時は叩いてからやるんだよね。

 さすが、リアルタイム世代(?)は違う。

「えっと、それじゃ、小指ぐらいの太さで長~い縄を作ってくれる?」

「「「わかりました!」」」

 わたしの言葉に、良い返事を返して早速作業を開始する子供たち。

 きちんと役割分担して、年長の子供が縄を綯い、年少の子供が代わりばんこに藁を叩いて柔らかくする。

 その手際は決して良いとは言えないし、縄の出来も微妙に不均一だけど、少なくともわたしが作るよりはしっかりと縄になっている。

 ――あ、もちろん日本にいた時のわたし、ね。

 今のわたしは普通にチートだから比較しちゃダメ。

 みんな小学生ぐらいなんだけど、昔の子供はそのぐらいの歳でもできたのかなぁ?

 ……っと、つい見守ってしまったけど、わたしも仕事をしないと。

 子供たちの頑張りに引っ張られるように、わたしも頑張って火壇作り。

 けど、形は単純なんだよね。

 それだけじゃあまりにも寂しいので、適当に彫り物を。

 適当にサラサラッと下書きを描いて彫っていると、子供たちから尊敬の視線がビシバシと飛んでくる。

 いや、視線だけではなく、賞賛の言葉も。

 うんうん、気持ちは解るよ。

 わたしも目の前でこんなにサクサクと彫刻を彫られたら、尊敬せざるを得ないもの。

 凄いよね、そういう事ができる芸術家って。

 そして、そういう事ができるようになったら、色々やりたくなってしまう。

 火壇の側板に雲龍やら、鳳凰やらの透かし彫りをしてみちゃったり。

 ……おぉ、凄くない?

 “日本の職人”とか言って、テレビに出られるレベルだよ。これって。

「これはまた……頑張りましたね、紫さん」

「あ、宇迦。ふっふっふ、ちょっと気合いを入れてみたよ!」

 様子を見に来た宇迦に、わたしは胸を張ってちょっぴり成果を自慢。

 自分で言うのも何だけど、かなり良い出来だよね?

「素直に凄いとは思いますけど、そこまで手間を掛けなくても良かったんですよ? 田舎のお祭りなんですから」

「せっかくだからね。今後三〇〇年間、使う事になるんだし?」

「いえ、さすがに作り直すことになると思いますが……」

 うん、さすがにそんなに長期間は保たないか。

 ――いや、錬金術とか駆使すれば何とかなるかも?

「あ、そうだ。うるしみたいな物は手に入らないかな? 白木のままじゃ汚れとか耐久性とか、気になるんだけど」

 ストレージに塗料が無いわけじゃないけど、どうせなら和風に行きたいところ。

「そうですね……漆ではありませんが、漆的に使える木はありますよ。案内しましょうか?」

「うん、お願い!」


 宇迦に案内されて向かった先にあったのは、柳ほどでは無いけれど、少し枝先が垂れ下がった一〇メートルほどの木。

「これは、“シシワラマ”という名前の木です。紫さん、桶をここで構えておいてください」

「ほいほい」

 宇迦に言われるまま、漆採取用に持ってきた桶を構えていると、宇迦は木の枝先をカットして、桶の中に突っ込んだ。

 すると、そこから少しとろみのある透明な樹液がコップ一杯ほど流れ出て、桶の中に溜まる。

「一本の枝から、これぐらいの量採取すると出なくなります。他の枝を切ればもっと採取できますが、このぐらいの木だと……二リットルぐらいでしょうか。それぐらい採取すると、しばらく休ませないとダメですね」

「ふむふむ。それで、これをどうやって使うの?」

「そのまま使えますよ? 透明ですから、黒漆とか朱漆にするなら、色を付けないといけませんが。かぶれたりもしませんから、使い勝手は良いですね」

「……え? これってこのまま使えるの? 滅茶苦茶便利じゃない?」

 漆掻きがかなり大変な作業である事は、わたしでも知っている。

 そして、それによって国産漆が少なくなりすぎて、文化財の修復が大変なことも。

 それがあのわずか数分で採取できるとか……いや、漆っぽいだけで、漆じゃないんだけどね。

 でも逆に、かなり透明度が高いから、ニスの代わりとしても使えそうだし、むしろ普通の漆の上位互換?

「ちなみに、黒くするには何を入れたら良い?」

「煤で良いんじゃないですか? 墨と同じ様な」

「なる。煤かぁ」

 墨って、菜種油の煤と膠で作るんだっけ?

 煙突でもあれば、そこから集めれば良さそうだけど、ウチのお風呂は魔法で沸かしているし、竈も同様。

 仕方ないので、神社に戻ったわたしは大量の油をチマチマと燃やしては煤集め。

 ごうごうと燃やすだけなら魔法で一瞬なんだけど、それじゃ煤が回収できない。

 故に昔の墨屋さんの如く、油皿と蓋を大量に用意して、ひたすら燃やしては付いた煤を掃き集め……。

 こればっかりは手抜きが難しく、黒漆っぽいものが出来るまでに丸二日。

 だが、手間を掛けただけのことはあり、その黒漆を施された火壇の重厚さと荘厳さはなかなかの物。とても自分で作ったとは思えない。

「うーん、でも、神社という事を考えると、ワンポイント的に朱漆とか使った方が良いかな? そもそも朱漆って、何入れるのかな? そのへん、どうですか、宇迦さん?」

 ちょうど私の様子を見に来ていた宇迦に、知恵を借りる。

 火壇の周囲に朱塗りの欄干とか付けるのも、神社っぽくて良いと思うんだけど――。

「朱漆は赤さびですけど……って、そうじゃありません。ここ数日、熱心にやっていたので遠慮していたんですが、そろそろ他のこと、してもらっても良いですか? 火壇はそれで完成で良いので」

「……えーっと、何だっけ?」

 何かあったかな?

 紫、思い出せない。

「舞ですよ、舞! きちんと完成させましたから! ――あ、いえ、それはもちろんあるのですが、今は別の重要なお仕事があるんでした。ある意味、こちらが本業です」

 思わずとばかりに声を荒らげた宇迦だったが、すぐにはたと気付いたように、居住まいを正した。

「本業? 適当に神社のお掃除をして食っちゃ寝する以外に?」

「それは本業じゃありません。妖魔ですよ、妖魔」

「あ~~~、そういえばそんな事言ってたねぇ……」

 そんな設定があった事を。

 良いんだよ? 無理に設定を生かさなくても。

 忘れた頃に、ちょろっと地の文で触れる程度で。

「数日前のことです! 紫さん、故意に忘れようとしてません?」

「忘れようとは思ってないよ? 忘れたいとは思ってるけど」

「ほとんど同じですよっ、それって!」

「まぁ、わかりました。お聞きしましょう」

 なんだかヒートアップして、ブンブンと振られている尻尾と、パタパタと動いている耳が可愛いので、それに免じて話を聞くことしたわたしは、とりあえずは完成とした火壇をストレージに放り込み、宇迦を連れて自室の縁側へ。

 そこに宇迦と並んで腰掛け、お茶を取り出しながら聞く態勢を作る。

「さ、どうぞ」

 お茶とお茶菓子、宇迦にも差し出しながら促すと、宇迦は「ありがとうございます」と受け取り、お茶で唇を湿らせてから話し始めた。

「そも“妖魔”と大きな括りで言っていますが、実際にはいろんな区分があります」

「ほうほう?」

「まずは“浮遊霊”。これは漂っているだけで、ほぼ無害です。たまーに、悪戯をするようなのもいますが、その程度ですね」

 見た目としては、バレーボールほどのモヤモヤとした煙の様な物で、見ることができるのも、多少霊感的な物を持っている人だけなんだとか。

 ちなみに、わたしは見えるらしい。

 うん、別に嬉しくないね。

「この浮遊霊が複数集まって意識――悪意を持つようになると、“悪霊”になります。こうなるとちょっと厄介です。そのままでも人に“さわり”を起こしたり、悪戯と言うにはちょっと被害の大きいことをしでかしたりしますが、野生動物などに取り憑いたりすると……」

 簡単に言えば、普通の動物に比べて大幅にレベルアップ。

 それが知恵と悪意を持って行動するため、下手をすれば人死にが出るほどの被害が発生するんだとか。

 なるほど。

 日本でも問題になってたよね。

 猿とかアライグマとか。……あぁ、そんな物じゃない?

「そして、悪霊が野生動物などに取り憑いたりせず、更に集まると今度は“妖魔”となります。こうなると、特に動物に取り憑かなくても肉体を持つようになります」

 クラスチェンジしたみたいに、一気に凶悪になる。

 その状態でも十二分に危険なのだが、更に悪いのは人に取り憑いた場合。

 取り憑かれた人の命に関わるのはもちろん、人の知恵を身に付け、人の間に紛れたりするため、対処も難しい。

 最悪、妖魔一体で、村の一つぐらいは消えて無くなることもあるんだとか。

「……えーっと、想像以上に凶悪ですよ?」

 わたし、そんなのに対処しないといけないの?

 もーちょっと気楽なバイトじゃなかったの?

「でも紫さん。紫さんなら村の一つぐらい、魔法一発で吹き飛ばせますよね?」

「そんな事はっ……できるかもしれないけど、なんか違わない?」

 封印確定の『メテオ・ストライク』みたいな魔法も、確かにあるけどさぁ。

 悪意を撒き散らす妖魔と一緒にされるのは、ちょっと心外。

「紫さんなら問題なく対処できますよって事です」

「できるの、かなぁ……?」

 正直不安なんだけど。

「ちなみに、浮遊霊ってのは、どうして発生するの?」

「不慮の事故で死んでしまった人や何らかの未練がある人。あとは、弔われなかった人でしょうか。動物が浮遊霊になる事は、ほぼ無いですね」

「というと、夏祭り、実は重要だったり?」

「はい。まぁ、祭りでの弔いが無くても、普通は浮遊霊になったりはしませんが、やっておいた方が、地域は霊的に安定しますね」

「むむむ……そんな目的があるなら、夏祭り重要だね。やらないわけにはいかないね」

 もちろん、やるつもりではあったけど。

「ご理解頂けて幸いです。――さて、それでは早速、浮遊霊の処理に行きましょうか」

「……はい? え、いきなり?」

 今回はカンファレンス的な、『そんなお仕事もあるんですよ~』な、お話じゃなかったの?

 いきなり実践ですか?

 それはつまり“On-the-Job Training”、所謂、OJTですか?

 知り合いが、『“On-the-Job”だけで、“Training”が無ぇ!』とか愚痴ってるの、聞いたことありますよ?

 わたしとしては、事前に訓練してからお仕事したいんですけど。

「祐須罹那の力が弱まって、だいぶ浮遊霊が集まってますからね。早いうちに対処しないと」

「えぇぇ? でも、わたしが来るまで、かなりの期間があったんだよね?」

 寂れ具合からしても、数年って事は無いはず。

 そしてわたしがこの神社に来てから一年も経っていない――。

「神社は綺麗にお掃除したし、最近は参拝客――って言って良いのか判らないけど、子供たちもたくさん来てるし……なんで?」

 普通なら、力を取り戻していく方向じゃ無いの?

 そんなわたしの疑問に対しての答えは、逸らされた宇迦の視線だった。

「いえ、それが……紫さんが来た時より、微妙に力が衰えていまして……」

「……はぃ? わたし、それなりに努力してるよ?」

 必死じゃないけど、これだけ綺麗にするの、それなりに苦労したんだけど?

「あのぅ、その……尻尾、減っちゃいましたから……」

「……あっ! 宇迦!」

 力が衰えている状況で、宇迦ほどの存在を生み出して、何の代償も無い事があろうか。

 実際、尻尾を使って生み出した、と言っていたし、そう考えれば回復した量よりも消費量の方が多いというのも頷ける。

 事実、宇迦がやって来て以降、祐須罹那様がわたしの夢に出てきたりはしていないし、声も聞いていない。

「つまり、宇迦を生み出したから、周囲の浮遊霊に対処するような余裕も無くなった?」

「……端的に言えば、そういう事です」

「お、おぅ……」

 わたしに大見得を切った以上、後にも引けず、後先考えずに宇迦を生み出しちゃった、と。

 そんな、バカにゃ……と言いたいところだけど、宇迦がいない方が良かったなんて事は全くないわけで。

「すみません、私の本体がご迷惑おかけします……」

「いやいや、良いんだよ、宇迦。宇迦は大事。色々助かってるし、わたしの癒やし要員だから!」

 わたしがギュッと抱き締めながらそう言うと、宇迦は「癒やし要員ですか」と呟きながら、少し複雑そうに笑う。

「それに加えて、大切なお友達。そう、親友、マブダチ。そんな感じ! 宇迦のためなら、浮遊霊ぐらい蹴散らしちゃうから!」


 そんなわけでわたしは、元の世界では経験できない思い出作りに飛び込むことに相成ったのだった。

 ……お金に換えられない価値があるかは、不明だけどね。

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