1-23 夏祭り・準備 (1)

「ま、第一部に関しては、良いとして、第二部。懸案の巫女舞だね」

「それも自由で良いですよ? 紫さんが好きな踊りを作ってもらえれば」

「好きな踊り……作る……創作ダンス……うっ! 頭がっ!」

 思い出しちゃいけないモノを思い出しそうになり、わたしは慌てて頭を切り替える。

「いやいや、ここは是非、宇迦に見本を見せてもらいたいところですね、はい。まさかわたし一人ではやらせないよね? いや、むしろ宇迦が踊れば良いんじゃないかな?」

「自分で自分を慰める舞を舞うってなんですか。私としては、やはり紫さんにやって欲しいんですけど?」

 まぁ、確かに、祐須罹那様の分け御魂である宇迦が、と考えると、ちょっと微妙な気はするけど――。

「えー、いきなり大勢の前で舞を披露しろとか、ハードル高すぎますよ?」

「そこはほら、スキルで何とかなるんじゃないですか? 紫さんなら」

「確かに、舞踊スキルはあるけど……このスキル、日本的な舞いとはちょっと違う気が……」

「大丈夫です。ここは日本じゃありません」

「そうだった!」

 そもそも日本の舞だって、色々あるよね。

 神宮で巫女が舞うのは倭舞やまとまいって言うんだっけ?

 あれと、お稽古事の日舞は別物だろうし、神楽だって多種多様。

 でも、どうせ踊るなら、洋舞じゃなくて、それっぽいのにしたいところ。

「良し解った。宇迦が舞を考えて、参加もするなら、わたしも頑張る! これ以上は譲歩できないよ?」

「そうですね……解りました。私もそれで妥協しましょう。ただ、問題は他にもありまして」

「……なに? あんまり無茶なのは嫌だよ?」

「無茶ってワケじゃないですよ。単に、音楽をどうしましょう、というだけです」

「あー、音楽。必要だよね、舞うなら。雅楽的な。楽器は……あったよね、確かあの部屋に」

「はい。楽器はあるんです。楽器は。昔はもっと多くの神職がいたんですけどね……」

 なんだか遠い目になってそんな事を呟く宇迦。

 そもそもどうしてこの神社がこんな事になったのか、気になるところではあるんだけど、そんな表情をされると訊きづらいじゃないですか。

 しかし、ふむ。演奏者がいない、と。

「えっと、宇迦は演奏できるんだよね?」

「え? えぇ。それなりに、ですが。たぶん、紫さんもできますよね?」

「演奏スキルはあるけど、馴染みのない楽器にも適用されるのかな? できそうな気はするけど」

 リュートやハープ、オカリナなど、ファンタジーのゲームっぽい楽器は出てきたけど、間違っても琴やら琵琶なんて出てこなかった。

「ただ、私たち二人ができてもどうしようもないんですよねー。演奏しながら舞うことはできませんし……」

「それは、音を記録できるアイテムがあるから、何とかならないでもないけど……」

 もちろん、ゲーム中のアイテム。

 これにも欠点があるから、解決とは言えない部分はあるが――。

「とりあえず楽器の確認に行こうか」

「ですね。手入れは必要ですし」

 そんなわけで、倉庫に戻ると宇迦がいくつもの木箱を取り出してきて、見せてくれる。

「これは鉦鼓しょうこ。これで叩いて音を鳴らします」

 最初に見せてくれたのは、金属製の円盤。宇迦がそれを叩くと、チンチンと音がする。

 今は手に持って鳴らしているが、普通は台にぶら下げて叩くのでもっと良い音がするらしい。

「錆びてもいませんし、これは多少磨けば良いですね。こっちは太鼓と羯鼓かっこですね」

 和太鼓よりも少し薄い太鼓とつづみのような物。

 張ってある革とかダメになりそうなのに、見た感じは問題無さそう。

「……万全とは言えませんが、まあ、使えそうです。こっちは……あぁ、ダメですね……」

 太鼓と羯鼓を軽く叩いて、少し不満そうながらも頷いた宇迦だったが、次の箱は開いた瞬間にため息をついた。

 そこから取り出されたのは、琵琶と琴……かな?

 わたしの知っている人の身長ほどもありそうな琴とは違い、幅は五〇センチぐらいしかないんだけど、形はよく似ている。

 ただし、その両方とも弦が無くなってしまっていて、演奏できそうもない。

「紫さん、絹糸って持ってません? 無ければ、他の物でも我慢しますけど」

「一応、あるよ。両方」

 素材としての絹糸は当然として、ストレージには“弦”も存在している。

 リュートとか、使っていると耐久度が減少していって、それを回復させるために“弦”が必要なんだよね。

 リュートでも、ハープでも、同じ“弦”で修復できるあたりどうなのかな、と思わなくもないけど。それらって同じ素材の弦を使ってるの? そもそも、この弦って素材何なの? と。

 絹糸の方は……。

「ちょっと細い?」

 出てきたのは縫い物に使う様な普通の糸。

 それが束になっているけど、琴とかに使われている弦は、もっと太かったような気がする。

「縒り合わせて使う物ですからね。何とかなります。あとは笛ですね。何種類かありますが……まぁ、笛は笛です」

「笛かぁ……。誰が使ったか判らない笛を使うのは何か嫌だから、自前のでも良いかな?」

「良いですよ。むしろ、管楽器、弦楽器、打楽器があれば良いので、全部紫さんの手持ちの楽器でも構いませんよ?」

「わお、とっても柔軟!」

 さすがは祭られる本人――いや、本神。

 形式には拘らないってか!

「でも、せっかくだから、雰囲気は大切にしたいね」

 神社でバイオリン。

 それはそれでありかもしれないけど、巫女舞の伴奏としてはどうだろう?

 実際に使うかどうかはともかく、琵琶と琴は補修はしておこう。

「そうですか? 別に良いんですけど。新しい物を取り入れる柔軟性、持ってますよ?」

「まぁ、あり物は使おう。管楽器、弦楽器、打楽器の三つは必要なんだよね?」

「はい。最低でもその三つは欲しいですね。演奏に深みを持たせるなら、もうちょっと増やしたいですが……」

「だよね。でも、ここにはわたしと宇迦の二人しかいないしねぇ……」

 録音できるアイテムの欠点。

 それは、パート毎に録音する、みたいな機能は付いていないこと。

 もちろん、録音した物をパソコンで合成する、なんて事も無理。

「あ、そうだ! そのアイテムっていくつか無いんですか? 録音した物を再生しながら、演奏を重ね、それを別のアイテムで録音すれば……」

「それね。できなくは無いんだけど、もう一つの欠点があるんだよねぇ」

 それは、再生音の音質があんまり良くない事。

 雰囲気を出そうと思ったのか、ゲーム中では微妙にノイズ混じりの『録音した音ですよ』という感じで流れるのだ。

 演出としてはありだけど、実用品としてはダメである。

 再生した物を録音、と繰り返す度に、ノイズが加算されていくのだから。

「だから、録音するなら一度でやりたいけど……足で演奏する?」

 笛も琴も両手が必要。

 この二つをわたしと宇迦で演奏するなら、残りの太鼓はそれこそ足で叩くしか方法がない。

 ドラムセットとかだと、やってるわけだし、ギミックを作れば不可能じゃない……?

 そう言ったわたしに、宇迦は少し困ったような表情を浮かべる。

「えーっと、私は無理ですよ? 私、一応演奏できるだけですから」

「そこはわたしが頑張ります。一応、演奏スキル、カンストしてるし?」

 電子オルガンと違って、リズムを刻むだけならそこまで難しくはないはず。

 きちんと足で演奏できるギミックさえ作れば。


 その後、わたしと宇迦は更に話し合いを進め、まずは宇迦が舞の内容を考え、それに合わせた音楽をわたしが作るという方向性に決まった。

 例の如く、宇迦は『好きな音楽で良いですよ』とは言ったのだが、やはり雰囲気は大事にしたい。

 雅楽はあまり聞いたこと無いけど、それっぽい物なら、たぶん何とかなる、よね?

 ガンバレ、わたしのスキル!


    ◇    ◇    ◇


 それからしばらくは、舞を考え始めた宇迦を鑑賞していたわたしだったが、宇迦に「恥ずかしいから出て行ってください!」と、拝殿から追い出されてしまった。

 軽く舞いながら内容を考えている宇迦を見ているのは、心がほっこりしたんだけど、ダメと言われては仕方ない。

 できあがりを楽しみにして、わたしはわたしの仕事をすることにしよう。

 まず作るべきは火壇。

 宇迦の描いたラフイラストから、それっぽい物をでっち上げる。

 と言っても、構造自体は単純な物で、今のわたしならそう難しい物では無い。

 境内の片隅に敷物を広げ、作業をしていると、興味深そうに寄ってくる子供たちも何人か。

「ゆかりさまー、なにつくってうの?」

「これはねー、火壇っていう物なの。お祭りの時に使うのよ」

「おまつり! はじめて! たのしみ!」

 寄ってきたのは男の子が三人に女の子が一人。

 最初に声を掛けてきた舌っ足らずの男の子が吉君。その他には、春ちゃんの弟の太一君、年長の範囲に入る虎君、そして唯一の女の子の千ちゃん。

 普段わたしの傍にいることが多い秋ちゃんたちは、赤ちゃんの面倒を見ているので、近くにはいない。

「紫さま、ボクたちも何か手伝えることって、ないですか?」

「え? 手伝ってくれるの? う~ん、そうだなぁ……」

 そういう虎君は年長の範囲とは言っても、七、八歳。

 大工仕事の手伝いはちょっと危ないし、それこそミリ単位の作業になるから、手を出されるのも逆に困る。

 そうなると、他の部分になるけど……。

「あ、そうだ。縄ってえる?」

 お祭りと言えば、紙垂しでのぶら下がった縄。

 紙垂とはあれね、白い紙で作った、だんだんになった飾り。

 あれの付いた縄を、石段とか神社の周囲の道とかに張ってあると、お祭りって気分になる。

 ……なるよね? わたしだけ?

「縄、ですか? そんなに上手くはできませんけど」

「できうの! おっとうにならった!」

「僕も。僕もできます!」

 吉君が三歳ぐらい、太一君が四歳ぐらい?

 その年齢で縄を綯えるとか……そういう物なの?

「なら、作ってもらえる? あ、でも藁が――」

「家から持ってきます!」

「いくの~」

 わたしが少し言い淀むと同時に即座に応えた虎君が走り出し、その後は吉君たちが追いかける。

 そして遊んでいた子供たちを瞬く間に集めると、全員が石段を駆け下りていった。

「落ちないように気を付けるのよ!」

「「「はーい!」」」

 本当に大丈夫かな……?

 少し心配になって見に行くと、きちんと大きい子が小さい子の手を握って降りていた。

 それでも一応、全員が下に降りるまで見守り、わたしは再び作業に戻る。

 しかし、まさか全員が行っちゃうとは……あ、東屋の所で赤ちゃんの面倒を見ている秋ちゃんや春ちゃん、それに楓ちゃんは残ってるけどね?

 もしかして、お祭りの準備に参加したかったのかな?

 あの世代の子供たちって、お祭りを経験したことって無いみたいだし。

 だとしたら、秋ちゃんたちも参加させてあげた方が良いかもしれないね。

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