1-05 ブラックバイト

「おはようございます。世界を翔る少女にジョブチェンジしたゆかりです」

 いや、こっちにやって来ただけで『翔る』ワケじゃないから、ちょっと違うか。

 ついでに、ジョブチェンジしたのは管理人。

 ちょっとショボい。

 外を見るとすでに夕方。

 傾いた陽が部屋の中を薄茜色に染めている。

 神社に戻ってきたときには、まだ日は中天にさしかかった程度だったから、いつの間にか数時間程度は寝ちゃってたみたい。

「……はぁ」

 しかし、ほぼ確定だったけど、やっぱり異世界だったかぁ。

 ちょーっと長いアルバイトを押しつけられたけど、まー、営利や猥褻目的の誘拐とか、某国の拉致よりはマシと考えるしか無いかなぁ。

「“波瀾万丈な人生”なんて、眺めるだけで十分なんだけどねぇ」

 中二な人ではないので、自分の人生は“平穏無事”が欲しかった。

 お金があればなお良し、な、俗な人間なので。

「三〇〇年、かぁ……。長い、よね?」

 十分の一の三〇年すらまだ生きていないのだから、正直、三〇〇年なんて想像できない。

 帰れることが決まっているだけ、マシ、なのかなぁ。

 でも、いきなり別世界でタダ働きとか、かなーりハードな人生だよね?

「帰るときには何か報酬を考えてくれるとは言っていたけど……随分と遅配される給料だよねぇ」

 日本だと、数ヶ月遅配されるだけで、労働基準監督署から指導が入るぞ?

 ニュースになってた。


 ――実際、神様の言う術が上手く機能していれば、問題なかったのだと思う。

 もし死にそうな所を助けてもらったなら、わたしだって感謝して神社の管理ぐらい引き受けただろう。

 むしろ“命を救う”事自体が、給料の先払いみたいなものだしね。

 けど、わたしの場合、完全なとばっちり。

 神様が言うには、キャラクターとわたしの繋がりが強すぎたんじゃないか、と言うことだったけど……容姿設定を頑張りすぎたから?

 それとも、ゲームキャラだけに、魂が無かったのが原因?

 ちなみに神様としては、もし魂のない身体だけが来たとしても、それはそれで別に良かったらしい。適当に動かして使うから、とか。

 判りやすく言うなら、自動ロボット掃除機が手動ロボット掃除機になっても使える、と言うことらしいんだけど……例えが酷すぎる。

「でも、ま、悪い神様、ではないんだよね」

 わたしみたいな人を他所よそから呼ぶ前に、色々試行錯誤はしたみたいなのだ――神社を見ての通り、上手くいかなかったみたいだけど。

 喚ぶ対象も制限して、迷惑をかけないようにしていたし――わたしには意味が無かったけど。

 喚んだ後も生活できるよう、本殿を放置して生活場所を整備してくれたみたいだし――力が足りなくて、建物以外はほぼ何もできなかったみたいだけど。

 でも一番は、誤魔化したりしない正直なところかな?

 別に間違えたと言わずに、わたしが死にかけていたんだよ、と言っても良かったんだし。

 確かめるすべなんて無いんだからさ。


    ◇    ◇    ◇


「さて、取りあえずは、家の確認、かなぁ」

 気を取り直したわたしは、立ち上がって部屋を眺める。

 わたしの今いるこの家が、神様がわたしのために用意してくれた生活場所らしい。

 謂わば社宅。職場から極近の。

 神様の神託(?)のおかげで、ここは安全なことが解ったので、部屋を出て家の中を見て歩く。

「……ふむ。一人で住むには十分だけど、そんなに大きくは、無いね」

 最初の部屋と同じような部屋が後四つ。

 二階は存在せず、他にはトイレとお風呂、台所があるのみ。

 台所は土間と板の間、囲炉裏があるから、今風に言うなら、5DK?

 和室一つをリビングと見なせば4LDK?

 あら? そう言うと、なんだか良い感じの一軒家?

 ――あ、ちなみにトイレはボットンで、お風呂は薪炊き、台所はかまどでした。

 水道やら電気は存在していません。

 備品と言えば、お布団がワンセットのみ、薪の一本すら存在せず。

 ただし、家の裏手には井戸があるので、水に困ることはなさそうではある。

 現代人のわたしからすればかなーり不便だけど、多分、神様的には精一杯、頑張ってくれたんじゃないかな?

 本殿や境内の荒れ具合に比べ、この家はややひなびた印象ながらも小綺麗だから。

 そう! 最近、流行りの古民家!

 しかもリフォーム済み!

 ただし、現代設備はナシ!

 昔ながらの、ロハスな生活をあなたに!

「……雰囲気は良くても、こういった古民家で生活した事なんて無いんだよねー」

 ガスボンベすら無いので、お湯一つ沸かすのにも薪割りから始めないといけない。

「軟弱なわたしだと、即座に挫折するところだけど、わたしにはムラサキの能力がある。きっとなんとかなるよね……? 『メニュー』!」

 ゲーム中だとキーボードショートカットやマウス操作だったが、ここだと思考で操作できるようになっているらしい。

 神様が『慣れないうちは口に出すと良いよ』と言っていたとおりにやってみると、視界に見慣れたステータスが表示された。

「おぉ……近未来的。AR表示っての?」

 実際の視界に重なるように表示されるその様は、なんとも不思議。

 表示内容は……基本的には同じかな?

 ログアウトとかメッセージなどは無くなってるけど。

 あ、名前欄だけはゆかりになってる。

 元はカタカナのムラサキだったから、ここは変わってるね。

「スキルや魔法も使えるらしいけど……上手くいくかなぁ?」

 ゲームならショートカットボタンを押すだけだったんだけど、自分が実際にやるとなると……。

 でも、錬金術とか、素材が無いと使えないよね?

 ゲームと同じ素材が手に入るとも思えないし。

 ……おっと、ストレージも使えるし、中に入っていたアイテム類もそのまま残ってるよ?

 これなら素材の在庫があるうちは錬金術も使える。

 しかし、MMOのキャラと同じスペックと、このアイテム類、再現しているだけでも十分にすごいと思うのだが、神様曰く、海外から勝手に商品(わたしのこと)を借りてきたようなもので、神様が負担したのは送料と関税程度。正規の商品代金に比べれば微々たるものらしい。

 もちろん借りパクしたら怒られるらしいけど、少しの間(数百年!)なら、還すときにちょっとしたお詫びでも持っていけば問題ないんだって。

 神様の世界の事はよく解らないが、おおらかすぎである。

 神様にとっては、机の上のペンをちょっと貸すのと大差ないのかもしれない。

 貸し出されたわたしにとっては大問題だけどね!

「でも、自分の身体じゃないだけマシだよね……」

 育て方はちょっとアレだったが、幸いなことにこの“ムラサキ”のスペックは、トップレベルである。

 おかげで多くのスキルはカンスト、もしくはカンスト間近。

 日常生活を送るには明らかにオーバースペックだけど、この世界が安全かどうか判らないからねぇ。

 神様が言うには、『そんなに殺伐とした世界じゃないし、最低限、神社の掃除さえしてくれれば後は自由にして良いから、気楽に生活できるよ~』とのこと。

 ある程度持ち直せば、長期の観光旅行もオッケーなので、ブラック改め、結構自由な職場かもしれない。……給料は微妙だけど。

 一応、お賽銭は自由にして良いというお許しはもらっている。

 物品販売も自由なので、『独立採算でがんばって!』と言われてしまった。

 そう、“独立採算”。

 それは無支援・丸投げを外聞良く変換した言葉。

 そして往々にして、独立した時点では採算が取れていないのだ。

 早急になんとかしなければ、待っているのは破産である。

「でも、まずは自分の生活環境かなぁ。不老だけど不死じゃないと言っていたし、何か食べないと……」

 朝から何も食べてないので、そろそろお腹から抗議の声が聞こえてきそうだよ。

 けど、今この家には、食べる物が何も無い。

 神様も生活環境を整える努力はしてくれたみたいだけど、家と布団の準備までが本当に限界だったらしく、わたしと話し終わった時点で『しばらく休息するね』と言って消えてしまったのだ。

 神様の『しばらく』がどのくらいの期間か判らないだけに、次に何時話せるのかちょっと心配。

 それまでは本当に自分でなんとかしないといけないんだから。

「長期的にはなにか考えないといけないけど、幸い、ストレージが使えるからね。なにか食べ物は……」

 ストレージを表示させて、わたしは大量にあるアイテム類を眺めていく。

 わたしのやっていたゲームでは、戦闘中には使えない代わりに、ストレージのアイテム数には制限がなかった。

 戦闘中に使用できるのはアイテムボックスで、こちらは制限があり、その制限数増加が課金アイテムだったりする。

 初期のままでボス戦を戦うのは厳しいので、多くの人は一段階程度は増加させているんだけど……ここでは関係ないか。

 まぁ、そんなわけで、わたしのストレージには大量のアイテムが眠っている。

 大半は貢がれた物なんだけどね……。

 いくら姫プレイとはいえ、さすがに貰った物を捨てたり売ったりはしづらかったので、それらはすべてストレージの肥やしとなっていた。

 おかげでどれだけのものがあるのか、把握ができてなかったりするんだけど……。

「えーっと、普通の食べ物は……あんまり無いね」

 いや、他のアイテムに比べれば、というだけで量的には十分?

 一番多いのは、モンスターを倒すと良くドロップするお肉類。

 お魚もあるが、『釣り』スキルのレベルアップのために釣った物なので、お肉に比べると少ない。

 『釣り』で得る以外にも、お魚タイプのモンスターを倒すとたまに切り身が手に入るのだが、お魚タイプのモンスター自体が少ないため、量もそれなりでしかない。

「お腹ぺこぺこだし、がっつりお肉でも……えっと“ビッグボアーの肉”……は本当にデカいのでやめとこ」

 ゲームグラフィックでは自分よりも大きいサイズの生肉がドカン、と表示されていたので、同じ物がここに出てきたら嫌すぎる。

「となると……“ソードラビットの肉”かな。美味しいらしいし」

 ソードラビットとは、小柄な身体に良く切れる刃の角が生えていて、高速で跳びはねる兎である。

 角以外は可愛い兎なのだが、AGIが足りないと攻撃が当たらず、角で膾切なますぎりにされてしまうという、かなり厄介な敵だ。

 初心者が最初にぶち当たる壁で、数匹も同時に出てきたらソロでの対処はかなり難しい。

 その代わりに肉は美味しいらしく、倒せれば案外良いお値段で売れるんだけど……初心者の場合はポーション代の方が高く付くという微妙な獲物なんだよね。

 そして、初心者を卒業した頃のプレイヤーに、今までの鬱憤晴らしに虐殺されるのが常である。

 わたし?

 わたしはやってないよ?

 在庫が三桁を超えているのは、単にスキルアップに便利だったからだよ?

 ホント、ホント。

「さてさて~~、美味しいと噂のソードラビットは、どんな味なのかな~~?」

 ストレージを操作して、“ソードラビットの肉”を選択する。

 次の瞬間、わたしの右手にドン、と生肉が乗っていた。

「をう……生肉……。そりゃそうだよね、パッケージなんてないよね」

 何とも生々しいそのお肉のサイズは、思ったよりも大きい。

 一リットルの牛乳パック二つ分ぐらい?

 こんなお肉、お肉屋さんのケースに置かれている時ぐらいしか見ることがない。

 そして、扱ったことも無い。

 わたしが普段買うのは、スライスされ、パックに入ったお肉ぐらいだ。

 さすがに和室で生肉の塊を片手に持っているのはシュールすぎるので、いったんストレージに戻し、台所へ移動する。

 台所は板の間に囲炉裏が切られ、土間とかまど、流しがある。

 ただし、調理器具はおろか、水瓶や薪すらないな構成である。

「確か木の板があったよね……」

 ストレージを探すと、何種類か木の板がある。

 大工スキルも持っているので、それ関係の道具や素材もしっかりと在庫しているのだ。

「まな板には何が良いだろ? 桐とか使ってるんだっけ?」

 現実にはない不思議木材もあるけど……あ、でも、高級なまな板は柿の木を使ってると聞いたことがある。

「柿の木……あるね。よいっしょ、と」

 ドドン、とストレージから出てきたのは、畳サイズの木の板。

 厚みは三センチぐらい?

 ずしりと重いのだが、小柄な今のわたしが難なく持てているのが、自分でも不思議。

 しかし、このサイズの柿の無垢板って、現実だとめちゃめちゃ高いよね?

 このサイズの一枚板を取ろうと思ったら、かなりの巨木が必要になるわけだから。

 以前、ギルメンギルドのメンバーに「何でこのサイズなのかな?」と聞いたら、「ベニヤ板のJIS規格に合わせたんじゃない?」とか答えが返ってきたので、このへんはゲームならではということなんだろう。

 こんな高級板、まな板に使って良いのかなぁ、とも思うけど、在庫はまだまだあるので使ってしまおう。

 肉が大きかったので、普通のまな板よりもかなり大きめサイズに印を付け、のこぎりを取り出してカット。

 軽く挽くだけで、気味が悪いぐらいにさくさくと切れる。

 現実で大工仕事なんかしたこと無いけど、まるで発泡スチロールを切るかのように軽い手応えで、数分ほどで一枚のまな板ができてしまった。

 しかも切り口がかんな掛けしたかのように綺麗。

 いくらわたしでも、鋸で切った切り口が、こんなにツルツルなのが異常ってのは解るよ?

「……これがスキルの力かぁ。なら――『ライト』」

 手を差し出し、そう唱えた瞬間、薄暗かった台所が煌々とした明かりに照らし出された。

 手のひらサイズの光の弾がわたしの頭上に浮かび、明るくもまぶしくはない光を放っている。

 しかも、わたしが歩くと一緒に付いて来るので、むしろ普通の電灯よりも便利なくらい。

 電気の消し忘れの心配すら無い。

「これが魔法ね……。不思議」

 何が不思議って、特に考えることもなく当たり前のように身体が動き、魔法が使えること。

 できて当たり前という感覚しかないのが、むしろ違和感を感じるような何とも言えない感じ。

「でも、ま、おかげで多少快適に過ごせそうだね」

 電気の存在しない日本家屋って、想像以上に薄暗い。

 光源は窓しか無いのだが、ガラスが無いため、そのサイズは必然的に小さい。

 喩えるなら、部屋の窓に遮光カーテンを付けて九割閉めているような薄暗さ?

 何で判るかって?

 それは、それがわたしのゲーミングスタイルだからだよ。

 明るいとモニタに光が反射してやりにくいんだよね。

「あとは……板が残っているね」

 まな板としては大きめにカットしたが、元の板のサイズと比べればそのサイズは格段に小さい。

 だから板が残るのはある意味では当然なのだが、ゲームでは消費の最小単位が一枚だったため、どんなサイズの物を作ったとしても中途半端な板が残ることは無かった。

 このあたりの仕様は明確にゲームとは異なるみたい。

 ひとまず残った板をストレージに戻すと、元の板とは別扱いとなり“柿の板(使いかけ)”と表示される。

 よしっ、ゲームに存在しなかったアイテムも大丈夫。

 もしこのストレージが現実にあれば、少しだけ散らかっていたわたしの部屋も片付いたのに。

 えぇ、少し、少しだけね。

 決して、地震が起こる度に、ビクビクしていたりはしないよ?

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