1-06 飯、うま!

「さて、それはともかく。次は包丁が必要だね。調理セットに入っているかな?」

 わたしは所謂いわゆる趣味系スキルも結構取っていたので、調理スキルも持っている。

 その調理スキルを使うのに必要なのが、“調理セット”。

 ゲーム中では、セット内容に何が含まれるかは書かれていないのだが、これがないと調理スキルが使えないという仕様になっていた。

 逆にこれがあれば、串焼きからケーキ作りまで対応できる万能料理器具。

「えーっと、これか」

 調理セットを選ぶと同時に、ストレージからポコポコと出てくる調理器具。

 それを板の間に並べていく。

「鍋、鍋、フライパン、お玉、フライ返し、菜箸、天ぷら鍋?、圧力鍋、蒸籠せいろ、あ、まな板があった。出刃包丁、刺身包丁、菜切り包丁、三徳包丁、ヤカン、ザル、擂り鉢、摺り棒、ボール、泡立て器……え? 充実しすぎじゃない? まだ出てくるし……」

 何でも作れるだけに、必要と言えば必要なのかもしれないが、出てくる調理器具の種類は多種多様。その数もかなり多い。

 しかも、さっき作ったばかりのまな板まで含まれているという始末。

 先にこっちを確認しておくべきだった!

 ――まぁ、普通サイズのまな板だと、でっかいお肉が載り切らないから、これはこれで良いか。

 他にも、わたしだと年数回しか使わないような、いや、使ったことすら無い調理器具も入ってるし……ウチの台所にありそうな物はみんな揃ってるんじゃないかな?

 消耗品と調理家電を除けば。

 セルクルやミンサーなんか、ほとんどの家庭では使わないよね?

 シェーカーって調理器具なの?

 確かにゲームではカクテルを作ったりもできたけどさ。

「凄い! 凄い、、けど……熱源が無いね?」

 ゲームじゃ気にしてなかったけど、煮炊きするにはコンロ、ケーキを作るにはオーブンが必要なのに、ゲーム中ではそれに類するものは出てこなかった。

 調理セットと料理に応じた材料を用意して、スキルを使えばそれで料理が完成したのだが、ここではさすがにそこまでの不思議現象は起きそうに無い。

 これだけ調理器具が充実しているなら、カセットコンロぐらいあっても良いのにね?

「竈じゃ使えそうにない物も多いし……」

 この家にあるのは古式ゆかしい竈と囲炉裏。

 お米を炊くには羽釜が必要だし、囲炉裏を使うには自在鉤に吊せるお鍋が必要。

 この中で使えそうな物は……ヤカンぐらい?

 ゲーム中でも野営するんだから、ダッチオーブンとかあっても良さそうなのに。

 ていうか、この調理セットって、現代のキッチンで使うこと前提じゃない?

 あのゲームの世界観でも使い勝手悪そうなんだけど。

「……ま、無いよりマシだよね。包丁以外は片付けよ」

 使い慣れた三徳包丁以外をストレージに戻していくと、今度は『調理セット』にまとまらず、個別のアイテムとして表示される。

 使いやすいから別に良いんだけど、結構不思議な仕様だよね。

「さて、どんな料理にしようかな……?」

 包丁を手に台所を眺める。

 竈は現状では使いにくい。

 となると、やっぱり囲炉裏?

 炉端焼きとかが良いかな?

 あ、それなら魚のほうがマッチしたかも? 一応、鮮魚もストレージにあるし。

「でも、もうお肉のお腹になってるんだよね、うん」

 と言うわけで、お魚は明日に回し、当初の予定通りソードラビットの肉をまな板の上に出す。

 更に焼き串を数本取り出して、サイコロ状にカットしたお肉を刺していく。

「味付けは、シンプルに塩、胡椒で良いかな?」

 調理スキルのおかげで各種調味料も十分に在庫があるのだけど、その中でも塩・胡椒の量は特に多い。

 大抵の料理で使用するし、ゲーム上では一つの料理に一つ消費するため、数スタックは在庫している。

 塩・胡椒をぽんぽん、とストレージから選択すると、茶色い紙袋が二つ現れた。

 大きさは手のひらより一回りぐらい大きく、二つとも見た目はそっくりで、表面に大きく“塩”、“胡椒”と書いてある。

 ゲーム中でもグラフィックの使い回しがされていたので、まさにそのままである。

 袋の口を開けて中を覗いてみると、塩の方には見慣れた真っ白な塩が、胡椒の方には挽く前の丸い実の胡椒が詰まっている。

「おぉ……多い……」

 塩はともかく、こんなに大量の胡椒を見たの、初めてだよ。

 塩は袋の大きさ的に二~三キロかな?

 胡椒も……一キロぐらいはある。

 この袋が数スタックである。

 このゲームは一スタック九九九個なので、三〇〇年でも使い切れないよ、たぶん。

 困らないのはありがたいけどね。

 グラフィックの手抜きをしたゲームスタッフに感謝?

 てか、このタイプの手抜きがされている香辛料って多いんだけど。

 ゲーム中では香辛料を使うことで料理のランクが上がり、特殊効果が付いたりするので、持っている種類もけっこう多い。

 種類が多いだけに、個別グラフィックがある物はほとんど無くて、せいぜい袋の色が違う程度だったりするんだけど……。

 そういえば、サフランとかもこの袋だったよね?

 試しに出してみると……おぅふ、袋一杯に詰まってるよ……。

 これって買ったら、何十万? 下手したらもっとするよ!?

 サフランって、お店で買うと、ちょびっとしか入ってなくてもすごく高いんだもの。

「……でも、冷静に考えたら、いくら高くても、そんなに使い道無いよね?」

 色付け程度にしか使わないから、微妙と言えば微妙。

 わたしの知っている料理だと、サフランライスかブイヤベース程度しか使い道が無いし、別に好物ってワケでもないので、数ヶ月に一回作れば多いぐらい。

 ……うん、サフラン、絶対無くならないね。

 むしろ、日本人的には醤油や味噌の方が嬉しいんだけど……残念ながらゲームの世界観的に醤油や味噌の在庫は無いんだよねぇ。

 なので、残念ながら味噌田楽は食べられないのだ。

 山椒入りの味噌を付けて焼くの、好きなんだけどなぁ。

 炉端焼きなら更に雰囲気も出て美味しいだろうに……。

「まぁ、いいや。塩をパラパラ。胡椒をゴリゴリ」

 調理セットに入っていたペッパーミルに胡椒を詰めて、肉の上で挽いていく。

 挽き立ての胡椒特有の良い香りが鼻をくすぐる。

「おー、良い感じ。後は、これをどうやって焼くか、だけど……」

 ストレージの木材を薪にする?

 いや、それはさすがに勿体ない。

 なら薪拾い?

 しかし、外はもう暗くなっている。

「なにか、良い物、は……あっ!」

 一つのアイテムが、ストレージの表示をスクロールさせていたわたしの目に止まった。

「“携帯鍛冶セット”。これって使えるんじゃ……」

 工房が無くても、フィールド上で武器の修理や簡単な鍛冶が行えるアイテム。

 工房を使った場合に比べてマイナス補正がかかるんだけど、これってMP消費で燃料が不要なんだよね。

 逆に、普通の炉では可能な、高級な燃料を使う事も出来ないんだけど。

 燃料の品質でプラス補正が付くから、修理以外ではほぼ使わないアイテムだけど、料理するならそんなこと関係ない!

 ……はず? 高級燃料使えば、料理が美味しくなるとか無いよね。

「取りあえず、出してみよ」

 アイテムを選択すると、現れたのは一抱えほどの炉とハンマー、やっとこ、金床。

 炉以外は必要ないので、ストレージに戻し、炉を竈の隣にセットする。

「えーっと、魔力の注ぎ方は……こんな感じ?」

 何となく、感覚的にやってみると、一瞬にして炉の内部が赤熱し、熱気があふれ出てくる。

 スゴイ!

 あめいじんぐ!

 でも、料理するには熱すぎである。

 下手に鍋を置いたら、溶けちゃうね、これ。

 そういう物だから仕方ないけど。

 間違っても串を手に持って焼くとか出来ない。

 仕方ないので、串を並べた網をやっとこで掴み、遠火でじっくりと焼いていく。

 炉端焼きじゃなくなったけど、今日は仕方ないよね。

「使い勝手の良いコンロか何か、作らないとね」

 長期的に考えると、この調理方法は面倒くさい。

 文字通り、全然手が離せないし。

 本当の意味で強火の遠火だから、焼き鳥や鰻を焼くには良いかもしれないけど。

 いや、超強火か。下手に近づけるとすぐに焦げそうなので、気を使う。

 ただ、ジュウジュウと焼ける音と立ち上る煙。

 すっごく美味しそう。

 感覚的にちょうど良いと感じたところで火から下ろし、お皿に並べる。

「それでは、いただきます」

 手を合わせてから串焼きを一つ手に取り、パクリ。

「――っ!! はぐはぐはぐはぐ!」

 美味しすぎるんですけど!!

 表面はカリッとしていながらも、中はジューシーで柔らかく、噛むと甘みすら感じる脂があふれ出す。

 臭みなんて物は全くなく、胡椒の香りとシンプルな塩の味がマッチしていてなんとも言えない。

 口の中に広がった予想外の味に、一気に一本食べきってしまう。

「これは……ヤバいね!」

 単に塩胡椒で焼いただけの肉がこんなに美味しいとか、まともに料理したらどうなるの?

 料理スキルの性能ヤバすぎる。

 何がヤバいって、絶対食べ過ぎて太る!

 子豚ちゃんまっしぐらだよ!

 でも、美味しい!

「神様! ありがとう!」

 これから毎日、この美味しい料理が食べられるとか、勝手に連れてこられた事、許せちゃいそう。

 単純と言う無かれ。

 自分で作る必要はあるけど、これからずっと高級料亭並みの料理が食べられるんだよ?

 いや、高級料亭も高級レストランも行ったこと無いけどさ。

 残った串焼きも一気に食べきり、ストレージから出したオレンジジュースで一息。

「ごちそうさまです。あ~、満腹~~」

 はしたなくもゴロリと横になり、お腹をさする。

 女の子としてはかなりダメな感じだけど、誰も見てないから良いよね!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る