1-04 出戻り
戻ってきました。
そこ、早すぎとか言わない!
いやさ、まずは情報収集と思って、村人(?)の会話を盗み聞きしてみたんだよ。
するとまぁ、重大なことが発覚。
何語かさっぱり解らない!
でも、会話の内容が分かる!
それでわたしは
いや、まぁ、目を逸らしていただけで、目が覚めて比較的すぐに怪しんではいたんだけどさ。
まず、ジャージが長すぎる。
お兄ちゃんのお下がりだから、元からぶかぶかではあったんだけど、裾を踏んでしまうほど長くは無かった。
いくらわたしの背が高い方じゃないとはいえ、日本家屋の鴨居程度なら簡単に手が届いていたのに、ここだと少し頑張らないと届かない。
つまり、明らかに背が縮んでいる。
この家が一般的な日本家屋と同じ尺度で作られているとするなら、だけどね。
次に髪。
何年か前にバッサリと切ってショートボブにしていたのに、今の髪は背中の半ばまである。
僅かな時間でここまで髪が伸びる育毛剤があるなら、オジサンたち大歓喜である。
最後に階段落ち。
わたしが足を踏み外して転げ落ちた石段。
木の枝をかき分けつつ、苦労して登ってきたんだけど、あれ、数えてみたら二〇〇段を越えていたんだよね。
しかも、途中に踊り場すら無し。
そこから転げ落ちたら、良くて大怪我、下手したら死ぬ。
でも、結果としてわたしはほぼ無傷。
いくら頭を
「あー、夢という可能性もあるか……」
夢なら全部解決だけど、明晰夢だとしてもちょっと現実感がありすぎるし、そう考えるのはさすがに楽観的すぎるよねぇ。
「でも、最悪、ではないのかな?」
現時点で生きているし、何かに襲われる状況でも無い。
どういう状況かも解らないけどね。
「どーした、ものかなぁ……?」
誰か、チュートリアル、ぷりーず!
◇ ◇ ◇
『おーい、起きろー』
「…………」
『起きろ~~』
「むぅん……」
『
「にょわわ!! な、なにごと!?」
突然なんかよく解らない、ぞわぞわしたものを感じて、わたしは飛び起きた。
慌てて周りを見回すと、目に入るのは、もやもやとした霧に包まれたような風景。
「あれ!? 今度はなに!?」
さっきまでもワケ判らない状況だったけど、再び訳の分からない状況。
ここ最近、わたしの人生ジェットコースターじゃない?
各駅停車の鈍行列車が希望なんだけど。
『落ち着いて。ここはあなたの夢の中だから』
「夢!? え、じゃあ、今までのことは全部――」
『いや、そっちは現実』
「デスヨネー」
ベタと言われようとも、わたしは夢オチで良かったんだけど、そうはいかなかったらしい。
『お待ちかねのチュートリアルだよ』
おう、サービス良いね。
打てば響く感じ、悪くないよ?
でも、出来れば一番最初に欲しかった!
というか、この声はどこから聞こえるの?
周りを見回してみても、もやが見えるだけで誰もいない。
『あー、今は声だけを聞かせてるから、探しても無駄だよー』
「えーっと、あなたは?」
『私? 神ですよ? あなたをここまで引っ張ってきた』
「――っ!!」
一瞬、汚い言葉を吐きそうになったけど、必死で抑えて深呼吸する。
よく解らない現状。
その状況を起こせる以上、普通ではない相手。
無駄に強者に逆らわない。
それがわたしの生きる道!
ごーいんぐ・まい・うぇい!
わたしの道は柔軟に曲がるのだ。
「えっと……なぜ、なんでしょう?」
『この神社、私の
想像以上にショボい理由だった!
そんなんなら、ふつーにハロワに求人を出してよ!
この世界にあるのかどうか知らないけどさ!
「それなら、普通にこの世界の人に頼めば良かったのでは? お掃除ぐらい、誰でもできますよね?」
『いやいや、それがそう簡単じゃないんだよ。神域の管理だから多少の才能と生き残れるだけの能力がね』
おや? なんか不穏な言葉がなかったですか?
生き残れる?
「あの、危険なんですか?」
『多少はね。神職なんだから、妖魔とかに対処しないといけないのは当たり前でしょ?』
「当たり前じゃないです! わたしの世界の神職はそんな事しません。……たぶん」
そんなのはフィクションの中だけのはずだ。
神事とかはあっても、そんな危険なお仕事なんて無いよね?
『だいじょーぶ、対処する能力がある人を選んで呼んでるから!』
「無いです! そんな能力、無いです!」
わたしはごくふつーの女子高生。
怪しげな能力はもちろん、格闘技だってやったことはない。
誇れるようなことは、学校の成績がちょっと良いぐらい?
運動の方はクラブにも所属してないし、程々です。
『ええぇ? そんなはずは……生き残る能力があって、比較的真面目、消滅寸前の魂という条件設定したもん』
したもんって……。
いや、その前に消滅寸前?
「あのー、消滅寸前ってなんですか?」
『え? ああ。生きている人を引っ張ってきて仕事させるのは悪いでしょ? だから消えそうな魂を選んで引き寄せるようにしておいたの。だから、元の世界のことは気にしないで良いよ!』
――――はい?
え? 消えそうな魂って、わたし、死にそうだったの?
ここで目が覚める前って、普通にゲームしてただけだよね?
持病はないし……いや、まぁ、健康なつもりでも突然死って無いわけじゃないだろうけどさ。
「……わたし、死にかけだったんですか?」
『そのはずだよ? 死因は、えーっと…………ムラサキさん?』
「いえ、
『そっか、そっか。
――何だろう、このわき上がる殺意。
今目の前にこの声の主がいたら、ポリシーに反してぶん殴っていたかも知れない。
怒鳴らなかったわたしを誰か褒めて!
「どーゆー事でしょう?」
『いやいやいやいや、ちょっとしたミスなんだよ。ムラサキって言う魂をターゲットに引き寄せる時に、側にいたあなたも巻き込んで混ざっちゃっただけだから!』
ちょっとした?
巻き込んだ?
混ざった?
え、どこから突っ込めば良いの?
ツッコミどころ、一つにしてもらっても良いですか?
『ちょっと待ってね。えーっと……ああ、なるほどー、次元が違ったのかぁ。魂がアレだから……それで繋がりのある子が……ふむふむ』
何かブツブツと言っているが、イマイチ理解できない。
「あの、説明してもらっても良いですか?」
『ああ、うん。紫さん、ムラサキって名前、心当たりあるよね?』
「……考えたくないですが、ゲームキャラでしょうか?」
そう、その名前は、わたしの黒歴史第一位認定候補、姫プレイで使っていたキャラクターの名前。
この状況でムラサキと言われたら、それしか思い浮かばない。
『そう、それ! どうも引き寄せの術に引っかかったのが、それだったみたいなんだよね。ただ、それってゲームのキャラでしょ? 魂と言えるかが微妙だったみたいで、強い繋がりがあった紫さんまで引きずり込まれたみたい。ごめーんね?』
怒るな、怒るな、わたし。冷静になれー。
クールダウン、クールダウン。
すう……はぁ……、すう……はぁ……。
突然話は変わるけど、人は六秒ほど他のことに意識を向けると、結構怒りが収まるらしいよ?
数字をカウントダウンするとか、ゆっくり深呼吸するとか、全然別のことを考えるとか。
ちょっとした豆知識だね!
「ふぅ。……それで、わたし帰れるんでしょうか?」
『え、ああ、うん、もちろん。大丈夫、大丈夫。それは安心して?』
あ、良かった帰れるらしい。
この身体も元に戻してもらえるのかな?
ムラサキの外見なら数年前のわたしとほぼ同じだろうけど、さすがに『ちょっと若返りました』では、まともな生活に戻れるとは思えない。
まぁ、外見年齢だけだから、いざとなれば少し遠い場所に引っ越して数年過ごせば、なんとかなる範囲ではあるけど。
数年後に知り合いに会っても『紫は年取らないねぇ』で済む範囲だと――。
『――三〇〇年もすれば』
「……え?」
今、なんか変なことが聞こえたような?
「あの、もう一度言ってもらっても良いですか?」
『だから、三〇〇年。だって仕方ないじゃん! あなたを呼ぶのに大量の力を使ったし、生活できるように家を整えるのだって大変だったんだよ!! 私の力はもうスッカラカンだよ! エンプティだよ! 三〇〇年ぐらい休まないと回復しないね! 休んじゃうもんね!』
あんまりな言い様に、(極一部に)温厚で知られるさすがのわたしも切れた。
ため込んだ不満を一気にぶちまけてしまう。
「逆ギレしないでよ! 何でわたしがこんなとこ来ないといけないのよ! 神とか訳分からないし! 三〇〇年とか、わたし死んでるわよ! どうしてくれるのよ!」
『あ、それは大丈夫。歳とらないから。長く働いて欲しいし』
急に冷静な声で、しれっと言われる衝撃情報。
え? それなんてブラック企業?
定年退職もないの?
拉致ってきて働かせるとか、理不尽すぎる!
『ま、ま、落ち着いて。神なんて基本、身勝手なもんなんだから。あきらめが肝心だよ?』
「自分で言うことじゃないよね!? それ!」
『いや、まぁ、そうなんだけど。いや、私も悪神じゃないし、できるなら帰してあげたいけど、実際問題、無い袖は振れないからねぇ。三〇〇年後でも元の時間に帰れるから、その点は安心して良いよ?』
「むむむむーーー」
ひとしきり唸った後、再び深呼吸を繰り返し、何とか気持ちを落ち着かせて訊いてみたところ、力さえ蓄えれば、多少の時間の差や世界の違い程度はあまり関係ないらしい。
年齢や姿を変えるのだってお手の物とか。
『だからさ、ちょっと観光旅行に来たつもりでしばらく待ってくれない? この世界も悪くないよ?』
「わたしにとってしばらくって長さじゃないんですけど……何のメリットもないし」
『そうだよねぇ。本当なら命を助けてあげたから働いて? とお願いするつもりだったんだけど……。ここはワルモノっぽく、「ふはははは、無事に帰りたければ言うとおり働くのだぁ」とか?』
「や、『とか?』って言われても……」
こういう状況、お兄ちゃんが買っていたラノベで見たことがある。
居間に置いてあったので一巻だけ読んでみたけど、『俺Tueeee』とか『ハーレムだぜぇ』とかやっていて、正直、わたしには合わなかった。
命の危険が無くなる『俺Tueeee』はともかく、ハーレムなんてどーでも良い。
わたし、女なので。
面倒くさそうな逆ハーとかも興味なし。
ついでに、百合とかそういう気も無い。
あえて言うなら、ケモミミ?
獣人とかそういうのじゃなくても、動物は飼ってみたいかも。
ペット禁止のマンションだったし、可能なら現実では不可能な熊とか、虎とかそんなの。でっかいモフモフって憧れるよね?
実際に飼うと、獣臭そうだけど、夢を見るぐらい良いよね?
「あの、何か特典とか無いんでしょうか? それならなんとか頑張ってみますけど」
わたし的には、安全が確保できる強さと、テイマーとかそんなのが欲しいかも?
『あー、それね。……うん、無理』
「え? まったく?」
『そう。まったく。さっき言ったとおり、私のパワーはエンプティだから。余裕があったら喚ばないよ~』
訊いてみると、関係ない人を勝手に喚ぶのはさすがに罪悪感があったらしく、ギリギリまで控えていたんだって。
で、そんなギリギリで喚ばれたのがわたし。
いやいや、そんな状態で喚ばれるよりも、もう少し余裕を持って喚んで、何かしらの特典をくれた方がマシだと思うんだけど。
小説だと、チートをもらった主人公が、ホイホイ神様の言う事を聞いていたよ?
なーんも考えずに。
「えーっと、それだとわたし、なにもできませんよ? ちょっぴりゲーム好きな、ふつーの女子高生ですから。妖魔云々なんて絶対に無理です」
できるのはお掃除ぐらい。
今にも崩れそうな神社をどうにかするなんて無理。
現実でやったDIYなんて、IKE○の組み立て家具が精々である。
『ああ、それは大丈夫。さっき言ったようにムラサキの身体に紫さんの魂が入ったような感じだから、ムラサキの能力は使えるはずだよ』
「え、本当に?」
ゲーム内での話ではあるが、ムラサキの能力はかなり高かった。
総合的には上位陣に入っていたし、外見とは裏腹に、多少の攻撃では傷つかない強靱な肉体を持っていた。
生産系のスキルもかなりの数、カンストさせていたので、その能力が発揮できるなら初心者DIYレベルから、一気に宮大工並みにレベルアップである。
……そういえば、階段から落ちても無事だったのはそのおかげ?
ドラゴンの体当たりすら耐えきるムラサキの身体なら、石段落ちぐらい、耐えられてもおかしくない。
わーい、図らずも『俺Tueeee』状態だー。命の危険は遠ざかったぞー。
――そんなに嬉しくは無いけど、そこにでもポジティブなポイントを見いださないとやってられない。
良いこと探しである。
髪は赤毛じゃないけどね。
……はぁ~~。
「――わかりました。言ってもどうしようもない以上、飲み込みます。それで、わたしは何をしたら良いんですか?」
『取りあえずは、神社のお掃除かな? 人が来るようになれば、私の力も回復しやすいしね。還すときには何かお礼ができるように頑張るから!』
「はい……ほんのり期待しておきます」
それからわたしは、やるせない気持ちを抱えながら、自称神様とお仕事の打ち合わせをするのだった。
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