2-11 原因調査 (2)
「それよりもお二人とも、これって、滅多に無い事、じゃないですかぁ?」
「……あ、そうだね。これはもしかすると数百年レベルで起きない出来事、かな?」
澪璃さんの言葉に、ハッとして宇迦の方に視線を向ければ、宇迦も同様に頷いている。
「数百年レベルとは言いませんが、確かにこれは、そう無い出来事ですね。――澪璃の湖の件に関係しているのかどうかは、別にして」
「ま、そこはまだ判らないよね。でもとりあえずは、ここが第一候補かな?」
これまでも、わたしからすれば異変と思える箇所はいくつかあったけど、それらは全て宇迦たちに却下されてしまった。
でもここは、宇迦たちも認める初めての場所。
要注意地点と心の中で赤丸を付け、わたしたちは他の場所も確認すべく、更に上流、支流と周囲を飛び回ってみたんだけど……。
「上空から確認できるのは、あそこぐらいじゃないかな?」
「みたいですね。もう少し詳細に調査すれば、おかしな所も見つかるかもしれませんが、まずはあそこからでしょうか」
と、いうことで、戻ってきました赤丸ポイント。
何か判りやすい変化でもあればありがたいんだけど、多少の時間じゃ……おや?
「あれ、なんだろう?」
崖にぽっかりと空いた洞窟の入り口。
その奥に、焦げ茶色のモサモサとした物が見えた。
それはだんだんこちらに近づいてきて……。
「モグラ、でしょうか?」
「え? モグラ?」
言われてみれば、そのモサモサの毛に覆われた物は、モグラのお尻にも見える。
その『モグラ』は、ゆっくりとバックしてくると、洞窟の入り口から少しだけお尻を突き出し、ザシュッ、ザシュッ、と後ろ足を動かす。
それに伴い、洞窟の中からはガラガラと岩や土がこぼれ落ち、川の中に落下していく。
ある程度落とすと満足したのか、その『モグラ』は再び洞窟の中へと戻っていった。
なるほど、これならダムのような物ができた理由も――って!
「サイズが違う! え? この世界のモグラって、あのサイズなの!?」
上空からだと正確なサイズは判らないけど、あの洞窟の入り口の高さは、たぶんわたしの背丈よりも大きい。
そしてさっきのお尻は、その穴にぴったり填まるほどの大きさがあった。
つまりは、胴回り何メートルかのモグラということになるわけで。
「いえ、普通は一〇センチあまりですよ、ここでも。あれは明らかに異常です」
「だよね。良かった。あれが普通に畑を荒らしに来るとか、どんな世紀末って感じだよね」
作物がダメになるとかじゃなくて、畑自体がダメになる。
「それで、あの異常生物が原因なのかな? 藻が大発生した」
まさに『異常発見!』だけど、畑が荒らされたとか、地面がボコボコにとかでは無く、今回は水の異常。
穴掘りによって水脈に問題が起きることはあるかもしれないけど……。
「判りません。判りませんが、あれはなんとかする必要があります。放っておいたら、御山が滅茶苦茶になります」
「それはそうだよね。あんな大きさの穴、ボコボコ掘られたら、大変」
畑でモグラが掘った穴に足を取られる、なんてことがあるらしいけど、あのサイズだと、足どころ身体ごと落下して、大怪我だ。
「はい。ということで、紫さん、お願いします」
「……え? わたしがやるの? なんだか動物虐待みたいで気が引けるんだけど」
「そうですか? あれを見ても?」
宇迦の指さす方を見れば、どこかでUターンしてきたのか、今度は穴から顔を出しているモグラの姿が。
両手でうんしょ、うんしょと土を押し出すその仕草はどこか愛嬌がある――が、その顔は、はっきり言って凶悪そのもの。
何がどうとも表現が難しいんだけど、不思議と印象として凶悪そうに見える。
あれなら斃しても心が痛まないけど……なんで?
「あれ、悪霊が憑いてますから。そのせいですね。じゃないと、あんな異常な物になりませんよ」
「悪霊! 自宅警備員、何してるの!?」
「何もしてません」
「だったよね! 知ってた!」
ただいるだけ、って明言してたもんね、宇迦が。
役に立ってないじゃん!
「浮遊霊ならともかく、悪霊なら避けるんじゃなかったっけ?」
「神霊なら、です。悪霊は微妙ですね。意識があれば、神域は居心地が悪いはずなんですが……」
「普通に、おうち作りに勤しんでいるみたいだけど?」
神域にいたモグラに悪霊が取り憑いたのか、悪霊が取り憑いたモグラが神域に侵入したのかは不明でも、現在進行形で穴掘りを頑張っているのはよく判る。
宇迦の言うとおりに居心地が悪いなら、出て行きそうな物だけど、そんな様子はさっぱり見えない。
「はい。少し不思議ですね。――やはり、近いうちに、結界は修復しないといけないですね」
「是非是非」
あんなのが御山の中にあふれかえったら、のんびりと散歩もできないし、下手したらわたしの家が足下から崩壊しかねない。
「……でも、あれの対処はわたしがしないといけないんだよね?」
「私は戦えませんから」
「だよね。だから喚んだんだもんね」
能力的にはたぶん問題ないはず。
ゲーム中ではドラゴンだって斃してたんだから。
ただし、実際にわたしがやっていたのはマウスをポチポチするだけ。
VRゲームでもなし、どんな強い敵でも、モニター内の小さなキャラクターでしかなかったのだ。
あの大きな敵の正面に立てるかというと……。
「うぅ……」
わたしの様子を見かねたのか、澪璃さんが遠慮がちに口を開いた。
「あのぅ、紫様? よろしければ、わっちがやりましょうかぁ?」
「うっ……い、いや、やる。わたしがやる。仕事だし」
嬉しい提案に思わず飛びつきかけたけど、今後三〇〇年ほど、これがわたしのお仕事。
半ば押しつけられたお仕事でも、やると決めたのだ。
わたしは決然と拳を握り、覚悟を決める。
「……でも、付いてきてもらっても、良いかな?」
「承りましたよぅ」
「紫さん……」
最初、最初だしねっ!
澪璃さんの優しげな視線と、宇迦の少し困ったような顔は気にしない。
ごく普通(異論は認める)の女の子に、凶悪っぽいモンスターに立ち向かえとか、難度が高いよ。
前回の熊は、見た目だけは普通の動物だったけど、あのモグラはどう見ても普通じゃないし。
「ちなみに宇迦、前回みたいに、『バニッシュ』一発で斃せたりするかな?」
「無理でしょうね。あれは憑依した直後でしたが、今回は明らかに違います。大きさとかも含め、どう考えても……」
「そうじゃないかと思った。ふぅ……よしっ、頑張りますか」
洞窟の近く、安全そうな場所に宇迦を下ろしたわたしは、『頑張ってください』と手を振る宇迦に見送られ、澪璃さんと共に洞窟の入り口へと向かう。
近くから見れば洞窟の直径は、わたしの背丈よりも高く、三メートルほど。
薄暗いそこに『ライト』の魔法を放り込んで確認するが、モグラは奥に行ってしまったのか、その姿は確認できない。
一応、【暗視】のスキルも持ってはいるんだけど、これで見える視界ってモノクロなんだよね。
単純な行動に支障は無いけど、やっぱり明るい方が色も判って見えやすいのだ。
「それじゃ、入ってみよっか?」
「では、わっちが先に行きますよぅ」
「ゴメン、ありがとう」
腰の引けているわたしへの配慮か、澪璃さんが先に洞窟の中へと降り立ち、その後にわたしも続く。
足を付けてみれば思ったよりも地面は固く乾いていて、形もやや
「紫様、たぶん、この辺りは最初から洞窟だったと思いますよぅ」
「そうなの?」
「はい。天井の形とか、そんな感じですよぅ」
神生経験豊富な澪璃さんが言うのならそうなんだろう。
壁面はそうでもないけど、地面は白っぽい石だし――ん?
「これって、本当に石灰岩? えっと……あ、そうだ。【鑑定】……“バットグアノ”?」
ふと思い出し、ゲームスキルの【鑑定】を使ってみれば、表示されたのはそんな名前だった。
その説明は……。
「『リン酸を主成分とする肥料。コウモリの糞を原料に、長い時間をかけて生成される』。へぇ、肥料になるんだ、この石……と言うか、糞なの? この地面!?」
そういえば、鳥の糞が溜まりに溜まって島を形成、リンの鉱山になった話があったね。
あれのコウモリ版か。
見た目は石で、嫌な臭いがしたりはしないんだけど、なんだか微妙な気分。
「肥料ですかぁ? この石が? 不思議ですよぅ」
「んー、でも、石灰岩だって肥料になるしね」
直接的な肥料というよりも、酸性の土壌を中和させる目的だけど。
「ただ、いくらバットグアノが肥料になるとは言っても、これが澪璃さんの神域に藻が発生した原因と考えるのは……無理があるよねぇ」
数日であの広い湖が藻で覆われてしまうとか、どんだけすんごい肥料なのかと。
もしそんなに効果があるなら、ウチの畑にまけば大豊作間違いなしである。
そう言って苦笑するわたしに、澪璃さんは真面目な顔で少し考え込んで、首を振った。
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