2-12 原因判明?
「……いえ、紫様。あり得ない話じゃないですよぅ」
「え、そうなの?」
「そもそも、あの繁殖具合、普通じゃないですよぅ」
「……そうだよね。『普通』じゃあり得ないよね」
肥料、日照、気温、酸素濃度、二酸化炭素濃度。
どんな好適環境を揃えたところで、あんな速度で繁茂するとか、普通じゃない。
藻からエタノールを作る研究とかされてたけど、あの繁殖速度を利用できるなら、革命が起きるレベルである。
「普通の肥料だとあり得ないことですが、ここは祐須罹那様の神域です。普通と考えるのは問題ですよぅ」
「そんななの? 神域って」
「はい、力のある神の神域は、色々と凄いんですよぅ!」
「そ、そうなんだ……?」
両手を握りしめ、かなり強く主張する澪璃さんに驚きつつ、わたしは頷く。
確かにこの御山、普通とはちょっと違うところがある。
わたしはあまり行かないけど、宇迦が森で集めてきてくれる山菜やキノコ、木の実などは美味しいし、量も豊富。
時季はずれじゃないかな? と思うような物もあるし、ここで暮らしているわたしとしてはとてもありがたい場所。
それらに関しては『異世界だし、時季とか考えても仕方ないよね』と思っていたんだけど、それも神域だからこそ、だったのかも?
「それじゃ、バットグアノ本来の効果が、祐須罹那様の神域にあることで、大幅にアップした、と?」
「そうじゃないかと思うんですよぅ。できるまで、時間がかかるんですよね?」
「そう、みたいだね。詳しくは判らないけど」
澪璃さんはふんふんと鼻息も荒く、自説を自信ありげに開示する。
この地面、少なくとも一〇年、二〇年という期間じゃないだろう。
鳥の糞の場合、万年単位だったと思うから、もしかしたらバットグアノもそんな感じなのかも?
そんな長期間、神域の中にあって祐須罹那様の神力に曝されたのなら、何かしら不思議な肥料に変化していてもおかしくないかもしれない。
「……うん、説得力があるね。さすが神様だね、澪璃さん」
「えへへ、照れますよぅ」
はにかむ澪璃さんに頷きつつ、わたしは周囲を見回す。
バットグアノのその生成過程から、天井や壁面には無いけれど、床面にはかなりの広範囲に広がっている。
これをモグラが削って、川に落としたのが原因だとするなら――。
「これ、回収しておいた方が、面倒が無いよね」
澪璃さんの湖で起こった惨事再び、というのは困るし、保存しておけば、万が一、村で飢饉とか起きた際に使えるかもしれない。
ついでに、わたしの畑で使えば、収穫も期待できるし?
「使ったら、何か悪い影響があったりは、しないよね?」
「そうですねぇ、そのあたりは宇迦様に後で尋ねるとして、今はモグラを追いませんかぁ?」
「おっと、そうだった」
藻の発生原因も大切だけど、ここに入ったのはモグラ退治が主目的だった。
わたしたちはバットグアノの回収を後回しにして、更に奥へと進む。
元々あったと思われる洞窟と、モグラが掘ったと思われる穴。
それらが混在しているため少々複雑にはなっているが、幸いなことにその形状からモグラの穴を見分けるのは難しくない。
その一部は、モグラの大きさとほぼ同じと思われる円形になっているところもあり――。
「あのモグラ、直径二メートルを超えそうだね」
「はい、少し大きいですよぅ」
少し、なのかな?
えっと、直径が二メートルだとすると、モグラの形から想像するに、体長八メートルぐらいはあるよね?
モグラの身体が単純な円筒形だと仮定すれば……。
手近な壁面に、簡単な式を書いて計算。
「紫様、どうしたんですかぁ?」
「いや、あのモグラ、どれぐらいの体重があるのかと思って。……二〇トン以上ありそうだね?」
当然、誤差はあるだろうけど、どう考えても一〇トンを切るとは思えない。
そんな物に突っ込まれたら、わたし、潰れちゃわないかな?
あ、でも、熊は簡単に止められたんだよね、かなり理不尽なことに。
単純に体重差で決まるわけじゃなさそうだけど、熊の何倍も重いモグラはどうだろう?
「澪璃さんは、大丈夫そう? あのサイズのモグラと戦うことになっても」
「単なる悪霊ですよねぇ? 問題ないですよぅ」
小首をかしげ、むしろ不思議そうに答える澪璃さん。
頼もしい。
――おっと、そうだった。
せめて武器を装備しておかないと。
戦いに慣れていないだけに、すっかり忘れていた。
通りすがりの村人に、『武器は装備しないと意味がないぞ』とか言われかねない。
薪割りに活躍してくれたデュランダルをストレージから取り出し、しっかりと握る。
その状態で更に三分ほど足を進めれば、通路に分岐が増え、やや大きめの通路も出始めた。
そしてついに、モグラがどちらに行ったのか選択に迷う箇所に遭遇。
右と左。
どちらとも下方向に続いているけど、右の方がやや急?
大きさは左の方が大きいけど、ここの通路はどちらもモグラが通るに十分な大きさがあり、自然に近い感じ。
わたしに判る範囲では、選択基準となる情報に乏しい。
「う~ん、これは……澪璃さん、どっちだと思う?」
「わっちもよく判らないですよぅ。でも、左からは、水の匂いがしますよぅ」
「水……地底湖とかかな?」
モグラって泳げそうにないから、そちらにはいないような気もするけど――。
「先に確認しておこっか」
「はいですよぅ」
一応とばかりに選んだその通路の先は、思ったよりも長かった。
だんだんと空気が冷たく、そしてやや湿り気を帯び始めた頃、『ライト』の魔法に照らされた通路の先に、その光を反射する澄んだ地底湖が姿を現した。
大きく広がった空間に、『ライト』の明かりが届かないほど遠くまで続く水面。
どれぐらい大きいのかは判然としないが、少なくとも学校の体育館とか、そんなレベルの大きさではない。
「水の透明度も高いし、綺麗……」
清冽な、と表現したくなるほどに澄み、軽く触れてみれば、指を刺すほどに冷たい。
澪璃さんもわたしの隣にしゃがみ込み、水に手を差し入れてかき混ぜると、一つ頷く。
「モグラ、ここにはいませんねぇ。この水、祐須罹那様の神力が含まれてますから、あの悪霊では近寄れませんよぅ」
この水は、謂わば神水。
悪霊には触れることすら難しいらしい。
でも、そんな効果があるのなら、悪霊なんて神域に侵入させないで欲しい。
「仕方ないですよぅ。祐須罹那様、最近は少しお力を落とされていますから……これは、長年かけてこうなったものですよぅ」
「そう言われちゃうと……そうなんだろうけど。ま、この広い空間を探さなくてもいいだけでも、助かるか」
なんだか凄そうな水でも今のわたしには必要ない物なので、引き返してもう一方の道へ進む。
こちらは先ほどよりも更に地の底に沈むように道が延び、道幅も少しずつ広がっていく。
そして、耳を澄ませばなんだがゴリゴリという音も聞こえ始めたのだが、洞窟内に音が反響して、どの方向から聞こえているのかが判然としない。
「ねぇ、澪璃さん、どこから聞こえるか判る?」
「わっちにもよく……でも、あっちの方に熱を感じますよぅ」
「熱……体温?」
澪璃さんが指さしたのは、右側の壁面。
見た感じはただの壁なんだけど、澪璃さんが言うのだから、何かあるんだろう。
思えば、澪璃さんの正体は蛟。
蛇にはピット器官という熱を感じる器官が備わっていると聞くし、澪璃さんにもそれっぽいものが搭載されてるのかも。
「それじゃ、少し注意して――」
行動しよう、そう言葉を続けかけたその瞬間。
「紫様!」
澪璃さんの叫び声と、すぐ右手の壁面が爆発したように崩落したのは、ほぼ同時だった。
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