2-13 土竜退治

 巻き上がる土砂と失われる視界。

 そしてその土煙を裂くように、わたしに向かって延びてくる鋭い爪。

 それが目に入った瞬間、身体が自然に動く。


 キィンッ!


 まるでそうするのが当然とでもいうように、わたしの右手は流れるように剣を走らせ、その爪をあっさりと弾き返す。

 いや、正確に言うなら一本を切り飛ばし、もう一本を半ばまで切断したところで、向こうが手を引いたと言うべきか。

 断たれた一メートルほどの爪は宙を飛んで地面へと突き立ち、わたしも相手が手を引くのと同時に後ろへと大きく跳んだ。

「あ、危なっ! びっくりしたぁ!?」

 目を白黒させるわたしに、同様に後ろに下がった澪璃さんが感心したような声を漏らす。

「でも、あっさり斬り返していますよぅ」

「いやいや、かなりギリギリでしたよ? ……たぶん」

 自分の身体じゃないみたいに自然に動いたから、よく判らないけど。

「出てきましたねぇ」

「だね。壁の中からというのは、予想外だったけど」

 タイミングの良い攻撃は、狙っていたのか、たまたまだったのか。

 それは判らないけど、壁を突き破って出てきたモグラは、わたしの反撃に一時的に穴の中に後退したものの、わたしと澪璃さんが後ろに下がるのにあわせて再び這い出し、やや広い通路へと降り立っていた。

 そしてわたしたちの方へと向きを変え、警戒するように鼻をひくつかせ、長い爪をカチャカチャと動かした。

「こうやって正面に立つと、迫力あるね……」

 体高は見上げるほどで、重量感のあるその身体は大型トラックに近い。

 長い鼻が特徴的だが、目は退化しているのか、毛皮に埋もれてよく見えない。

 両手の鋭い爪は長い物で一メートル、短い物でも五〇センチほどはあり、この辺りのそれなりに固そうな岩盤を掘り進むだけあって、丈夫で凶悪そうである。

 どう考えても、わたしだと力負けしそうだけど……なんか、普通に跳ね返せたんだよね、さっきの攻撃。不思議なことに。

「紫様、どうしますぅ? お手伝い、必要ですぅ?」

「う~ん、とりあえず、頑張ってみる。危なかったら、助けて」

「了解しましたよぅ」

 澪璃さんは頷いて一歩下がり、わたしは逆に一歩踏み出す。

 あっさりと斃せた熊を除けば、これがこの世界に来て、初めての戦闘……いや、生まれて初めての戦闘だね。わたし、修羅の国に生きていなかったから。

 普通、戦闘のチュートリアルと言えば、もっと弱い敵じゃないのかなぁ?

 スライムとか、ゴブリンとか、そんなの。

 それがいきなりこんな巨大な、ボスっぽい敵が相手とか、なんか間違ってると言いたい。

 持っている武器やステータスは、最終段階ではあるんだけど、プレイヤースキルの方が……。

 けど、そんなわたしの戸惑いは、幸いなことにモグラには伝わらなかったようで、爪を切り飛ばしたわたしのことを警戒するように、モグラはゆっくりと後退を始めた。

 これは……デュランダルの威光?

 わたしが更に一歩踏み出すと、モグラの速度が一気に上がった。

 後退なのに、その速度は想像以上。

 ごく普通の高校生だったわたしなら、全力疾走しても追いつけないほどだろう。

「あっ! 待て!」

 好んで戦いたいわけじゃないけど、斃さないわけにもいかない。

 わたしは慌てて追いかけるが、なかなか攻撃するタイミングが掴めない。

 魔法を使う方法もあるんだけど、今後も否応なく戦う機会はありそうだし、この機会に武器での戦闘にも慣れておきたい。

「……こんなことなら、練習、しておくべきだったかも」

 これまでのことを思えば、武器の扱いに関しても多少練習しておけば、自然と『身体が思い出した』はずである。

 のんびりスローライフ、畑作りや庭造りに勤しむ前に、ちょっとでも戦闘訓練的なものをしておけば……と今更ながらに思っても、後の祭り。

 そんな追いかけっこを一分ほども続けた頃だろうか。

 通路が次第に広くなり、わたしたちは大きな広間へと到達していた。

 覚悟を決めたのか、それとも有利な場所へと引きずり込んだと思ったのか。

 モグラはやっと後退を止め、少しの距離を置いてわたしと対峙した。

「………」

 ゴクリと唾を飲む。

 体重差を考えても、正面からぶつかり合うのは無しだろう。

 突進を避けて斬りつける。

 たぶん、そうすべき。

 右に避けるべきか、左に避けるべきか。

 そんな事を考えながら、少し重心を動かして剣を揺らした時、モグラが鋭い爪を正面に構え、飛び込んできた。

 左に回り込む。

 それを選んだのは、先ほどの攻撃でモグラの右手の爪が一本、失われていたから。

 更に爪を数本、可能ならば腕を落とす。

 そのつもりで動いたわたしに、予想外の攻撃が飛来した。

 モグラの身体に隠れるように、上から降ってきたのは鞭のような物。

 それに対して半ば反射的に剣を振れば、それは大した抵抗もなく切り飛ばされ、あらぬ方向へと飛んでいった。

 だが、それによってタイミングをずらされてしまったわたしに対し、モグラの爪が迫る。

 即座に引き戻した剣により、それも弾き返す事に成功したが、モグラの攻撃はそれで終わりでは無かった。

 頭上から叩きつけるように、モグラの大きな鼻先が振り下ろされる。

 目の前に迫った茶色く濡れた物に嫌悪感を催す。

「嫌っ!」

 思わず足が出た。

 

 ズゴンッ!


「……はぇ?」

 わたしの口から、思わず漏れる間抜けな声。

 下から蹴り上げた足裏は確かにモグラを捕らえ、その巨体を宙へと跳ね上げた。

 大型トラックほどの巨体が、わたしに蹴られて宙を飛ぶ。

 その現実離れした、どこかコミカルな状況に唖然としたのも一瞬。

 半回転して、地響きを立てながら地面へと落下したがモグラは、煩悶するように地面を転がる。

 いや、確かに【格闘】スキルとかも持ってるけど……どんだけなの? わたしの身体。

 もしかして、スペック的には、あの鋭い爪で刺されても無傷だったりするのだろうか?

 試したいとは思わないけど。

「あれは……尻尾だったのか」

 最初の予想外の攻撃、あれがなんだったのかと周囲を見回せば、まだピクピクと動いている細長い物が地面に転がっていた。

 二メートルには届かないぐらいの、わたしの腕よりも太い物はたぶんモグラの尻尾だったのだろう。

「……おっと、のんびり見ていることもないよね」

 敵が無防備に転がっているのだ。復活するまでのんびりと待つ意味も無い。

 わたしは剣を構えて、未だのたうち回っているモグラへ向かって駆け出した。


 それからはほとんど作業だった。

 わたしが近づいたことで、体勢を立て直そうとしたモグラだったが、その前にわたしが前足を切り離してしまえば、それでもう、ほとんど動くこともできなくなってしまった。

 後は止めとばかりに首の辺りを大きく切り裂けば、さほど待つことも無く、巨大モグラは動きを止めたのだった。

「……ふぅ」

 初めての戦闘と生き物の殺害――熊は勝手に死んだような物だし――に精神的疲れを感じて大きく息を吐いていると、後ろから近づいてきた澪璃さんが、わたしの注意を引くようにモグラの頭を指さした。

「紫様、悪霊が」

「えっ?」

 言われてよく見れば、澪璃さんが指さした場所からモヤモヤと黒い煙のような物が湧き出して、一つの塊になりつつあった。

「……あっ! 『バニッシュ』!」

 慌てて浄化魔法を唱えれば、そのモヤモヤは一瞬にして消え去り、それと同時に巨大だったモグラの死体がみるみるうちに小さくなっていく。

 やがてその場に残ったのは、手のひらよりも小さな干からびたモグラの死体だった。

 なるほど、これが悪霊の効果(?)、か。

 ……ん? あれ? いや、待って?

 このモグラが、あの巨大モグラになったんだよね?

 先日わたしが『バニッシュ』で浄化した熊。

 憑依直後だったから簡単に浄化できたけど、あれを放置していたら、どうなってたの?

 同じ割合で巨大化するとは限らないけど……か、考えたくない。

 想像以上にこの身体のスペックが高い事は理解できたけど、そんな巨大熊と戦うとか……。

 これは、浮遊霊や悪霊、対処が面倒とか言ったりせず、見つけ次第浄化しないと、余計面倒なことになるね、ホントに。

「ありがとう、澪璃さん。見逃すところだったよ」

 まさか、斃すだけじゃダメで、浄化も必要だったとは。

「いえいえ~。でも紫様、やっぱりあっさりと勝っちゃいましたよぅ」

「う~ん、あっさりと言って良いのかは迷うけど……無事には斃せたね」

 苦戦こそしなかったけど、ちょっと疲れた。

「……戻ろっか?」

「はいですよぅ」

 暗い場所にいたら、気分まで暗くなりそう。

 早く戻って、宇迦のもふもふに癒やされたい。

 わたしはその場に穴を掘るとモグラの死体を埋め、澪璃さんと共に、洞窟の外へと足早に歩き出した。

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