2-14 後始末 (1)

「宇迦~、疲れたよ~」

「おかえり――だ、抱きつかないでください!」

 洞窟を出てすぐ、待っていた宇迦に抱きついたわたしを宇迦が困ったように押し返す。

 だがしかし! わたしは負けない!

「いいじゃん、抱きつくぐらい。宇迦には、わたしに精神的疲労を癒やす義務がある! 祐須罹那様の分け御魂として!」

「うっ……そう言われると、弱いですが」

 抵抗が弱まった隙に、宇迦の耳をもふもふ。

「はぁ。それで、問題なく斃せたんですよね?」

「うん。一応ね」

「あっさりでしたよぅ」

「そうなんですか? 紫さんのスペック的には心配していませんでしたが……。なら、もう良いですよね? 離れてください」

 ジタバタし始めた宇迦をぎゅっと抱きしめる。

「スペック的には問題なくても、精神的には問題ありです。乙女を舐めるな!」

「別に舐めてませんけど……判りました。もう少しだけですよ?」

再びおとなしくなった宇迦をしばらく撫で回し――。

「ふぅ、堪能した。――あ、そうそう、藻の発生原因、多分だけど、判明したよ?」

「重要情報じゃないですか! それを先に言ってください!」

 わたしから離れた宇迦が頬を膨らませるけど、それについてはわたしにも言いたいことがある。

「でも、この原因も祐須罹那様みたいなんだけど? 間接的に、だけど」

「……と、言うと?」

 窺うようにわたしを見てくる宇迦に、洞窟の中でわたしと澪璃さんが話した内容を伝える。

 バットグアノを川に流したのは巨大モグラだけど、それを作ったのは祐須罹那様。

 意識的にじゃなくて、自然にそうなったとしても、ちょっと管理不行き届きだよね? 悪霊が入り込んだのも含めて。

「むむむ……確かに、祐須罹那が責任の一端を担っていることは、否定できないかもしれません」

「だよね? ――だからどう、って話でもないんだけど」

 可能なら、『洞窟の中のバットグアノを全部回収して』とか、『湖の藻をなんとかして』とか言いたいところだけど、できないんだから仕方ない。

 それらに対処するためのわたしなんだから。

 ふぅ。宇迦のおかげで大分回復したし……。

「それじゃ、回収に行こうかな、バットグアノ」

「すみません。何かお手伝いすることはありますか?」

「んー、とりあえずは無いかな。魔法を使う予定だし」

 攻撃魔法はさっぱり使ってこなかったわたしだけど、土木工事的なことは多少やってきたので、そっち方面は慣れている。

 宇迦と澪璃さんをその場に残し、わたしは一人、洞窟の中へと戻ると、魔法を使ってゴリゴリと地面を掘り起こして、まとめてストレージに放り込む。

 あれだけ大量の藻が入ってしまうストレージなのだ。

 バットグアノを細かく選り分けて取り込む、なんて面倒なことを考える必要も無い。

 そして幸いなことに、バットグアノが積もっているのは入り口に近い場所だけで、面積としてはさほど多くない。

 大量の土と一緒にストレージに。

 やや大雑把に作業したこともあり、一時間ほど回収を終えたわたしが洞窟から出てみると、そこの光景は大きく様変わりしていた。

 先ほどまでそこにあった土砂でできた自然ダムが無くなり、堰き止められていた川も正常に戻っている。

 その代わりとばかりに、ダムを形成していた土砂は、川岸に山なって積み上げられている。

 その山の麓に立っているのは宇迦と澪璃さん。

 わたしが洞窟から飛び出したところでこちらに気付き、手を振ってきたので、わたしもその隣へと降り立つ。

「おかえりなさいですよぅ」

「お疲れ様です、紫さん」

「うん。見える範囲では回収してきた――けど、どちらかと言えば、宇迦たちの方が、お疲れ様?」

 これをやったのは二人だよね?

 自然になったとか、そんなわけもないし。

「頑張ったのは澪璃ですけどね。わたしは少し手伝っただけで」

「そうなんだ? お疲れ様、澪璃さん」

「わっちの湖の事ですよぅ。全然、問題ないですよぅ。……土だから、ちょっと疲れただけですよぅ」

 その言葉通り、澪璃さんの顔には少し疲れが見える。

 水の操作であればあまり疲れない澪璃さんも、川に沈んでいた土をこちらに移すのは、それなりに骨の折れる作業であったらしい。

 ただ単に土を動かすのは大変なため、水と混ぜて泥状にすることで操ったというけど……ここに積み上がった土、乾いてるよね?

「ここに積んだ後、水を抜いたんですよ。でないと積み上げられませんし、この辺り、ドロドロになりますから」

「おぉ、さすが澪璃さん。凄いね!」

「このぐらい、序の口ですよぅ。えへへ」

 謙遜しつつも褒められて少し嬉しそうな澪璃さん。

 実際、ここに積まれた土は川の中にあったとは思えないほど、しっかりと乾いている。

 これだけ上手く水の操作ができるのであれば、乾燥機いらずなんじゃ?

 ――あ、そう言えば、最初に会った時、雨でずぶ濡れになっていたのに、一瞬で綺麗に乾いたよね。

 うん、梅雨時期には一家に一台欲しい便利機能。

 いや、わたしにも一応、『ドライ』の魔法があるけどね?

「紫さん、申し訳ないのですが、この土も収納してもらえますか? 雨が降ると、この土に混じるバットグアノがまた川に流れ込んでしまいますので」

「あ、うん、そうだよね。オッケー、オッケー」

 山となっている土をウィザード・ハンドで掴み上げて、ざらざらとストレージに放り込む。

 またまたストレージの中に使い道のないものが溜まるけど、これは仕方ない。

 でもそのうち、何らかの処分方法は考えないとねぇ……。

「……よし、完了! これでとりあえず、原因は解消できた、のかな?」

「紫さんたちの予想が正しければ、ですね。再び澪璃の湖を掃除して、様子を見るしかないでしょう」

「そっか、そうだよね。うん……」

 また藻でストレージが……。

「お手数、おかけしますよぅ」

「ううん、気にしないで、大丈夫だから」

 気にするのはやめよう。

 それはまた今度考えれば良いのだ。

 明日は明日の風が吹く。

 ストレージの整理は、未来のわたしに丸投げだ!


    ◇    ◇    ◇


「当たり前だけど、状況は変わってないね」

 宇迦を抱えて戻ってきた澪璃さんの神域。

 そこは変化も無く藻に覆われたままだった。

「このまま前回のように掃除しても良いんだけど、水に肥料分が溶けたままだと、もう一、二回、掃除にくることになりそうだなぁ」

 新しい肥料の供給が無くなってもこれだけ巨大な湖。

 簡単には肥料分が薄まらないだろうし、発生する藻がそれを使い切ってしまうのにも時間がかかりそうである。

「たぶん、肥料分が含まれるのは表層の水だけですよぅ」

「そうなの? ……そう言えば、水の臭いがどうとか言ってたっけ?」

「はい。表層の水の臭いが変わっていたんですよぅ。たぶん、あれのせいですよぅ」

 湖の深い所と浅い所、水はそう簡単に混ざったりせず、層のようになって分かれているらしい。

 対流とか起きないのかな、とも思うんだけど、ここまで深い湖だとまた違うのだろう。

「そっか。じゃあ、表面の水を一度流してしまえば、大丈夫なのかな? 澪璃さん、この湖の水が流れ出る川は?」

「こっちですよぅ」

 澪璃さんに案内された先にあったのは、幅が数十メートルはある川。

 流れ出ている水量はそれなりに多いようだけど、河口部分に溜まった藻によって、だいぶ流れが堰き止められている。

 試しにその藻を取り除いてみれば、ある程度まで流量は回復したが、水を全部抜くための水門が存在するわけでなし、これだけで水を入れ替えるというのは難しそうだ。

「澪璃さん、澪璃さんの力で、水をドバッと流すこととか、できたりする?」

「それは、できますよぅ。でも、よろしいのですかぁ?」

「えっと……?」

 不思議そうに小首をかしげる澪璃さんに、わたしも同じように首をかしげる。

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