1-26 ある意味での初仕事 (2)
そこから先も順調に浮遊霊を処理し続け、山裾をぐるりと半周あまり。
神社のちょうど西に当たる場所にそれはいた。
「これはまた……巨大な綿菓子だね」
『イ○スタ映え』とか言って、巨大でカラフルな綿菓子が流行ったりしてたけど、これはそれよりも更に大きい。
ただし、色は真っ白。
ふわふわ、もこもことしていて、もし触れるのなら、とても手触りが良さそうに見えるけど……浮遊霊だから普通に突き抜けるよね。
「――と言うか、これって浮遊なの? 妙に大きいけど」
「浮遊霊は浮遊霊ですよ。集まって大きくなってますけど。普通はこのサイズになる前に悪意なんかが混じって黒くなるんですが……」
黒いのはダメ。
白いのはオッケー。
判りやすい。
「言うなれば、“浮遊霊 2.0”でしょうか?」
「古いのか、新しいのか、コメントしづらいよ!?」
微妙にわたしの世界の知識にも詳しい宇迦。
さすが神様である。
「ふむ。新古典主義ですね」
「いや、それは違う。美術の時間に習ったから」
「ま、どちらにしても、放置してしまうと悪霊になってしまいますから、対処してください」
「そう……?」
同じ対処方法で良いのかな、と疑問に思いつつも、他に何か考えがあるわけでも無く。
わたしが毎度の如く、魔法を使おうとしたその途端――。
「あっ! 逃げた!」
これまでの浮遊霊が全く反応しなかったのに対し、今回の浮遊霊はまるでわたしの敵意(?)を感じたかのように、急速にわたしたちから離れ始めた。
「さすが、2.0。速さが違いますね」
「まだ言うかっ! 追いかけるよ!」
どこか感心したかのような宇迦の言葉にツッコミを入れつつ、わたしは浮遊霊の後を追う。
速度的には先ほど対処した悪霊並み。
そして、木々などの障害物を関係なくすり抜けるのも同じ。
でも、全体として大きい分、なんだか速く感じられる。
「ねぇ、宇迦。この方向って神社の方だよね?」
「ですね。方角としては真っ直ぐ向かっている感じでしょうか」
「普通、神聖な場所からは離れるもんじゃないの?」
「そこはまぁ……まだ悪意を持ってないから影響が無い……んでしょうか。夏祭りの弔いなどは、浮遊霊の浄化の意味もありますから」
「えぇ……」
ちょっとふわっとしすぎてない?
神社に近づくと、バリアーみたいな物で弾かれるとか無いの?
それに今神社では――
「子供たちが遊んでるんだけど?」
「大丈夫です。浮遊霊なら悪影響はありません」
「2.0でも?」
「――たぶん?」
一瞬沈黙し、少し自信なげにそう言って小首をかしげる宇迦。
器用なことに、走りながら。
――って。
「ダメじゃん!」
子供たち、大事。
被害を出すわけにはいかないでしょ!
「い、急がないと!」
「あ、紫さん。その先、川がありますよ」
「にょわぁぁぁ~~!!」
もうちょい早く言って!
浮遊霊の方は空を飛んでいるから関係ないけど、わたしたちの方は一応地面を走っているのだ。
森から飛び出した途端、目の前に流れる川。
わたしは咄嗟に、水面を思い切り蹴りつける。
爆発したように吹き上がる水。
けど、何のスキルの影響か、わたしの身体は水に落ちることも無く、川を跳び越えていた。
「――っ! 凄い! わたし!」
“水面歩行”みたいなスキルは無かったと思うけど、体術的な何かのスキル?
「私の方は、危うくずぶ濡れになりかけましたけどね」
「宇迦のせいだよっ!」
川に落ちかけたわたしに対し、後を付いてきていた宇迦の方は、川の手前できっちりと踏み切り、危なげなく跳躍しているんだから、ちょっとズルい。
先に教えてくれていれば、わたしもちゃんと跳べたのに。
「……今度、神域の中を散策しましょうか。地理を覚えるために」
「今は浮遊霊を捕まえる方が先だけどね!」
川のせいで速度が落ち、彼我の距離は少し離れてしまっている。
慌てて後を追いかけるが、やはり障害物が多く、なかなか距離が縮まらない。
「この森、ちょっと整備すべきじゃないかな?」
「一応、鎮守の杜なんですけど。それに、多少道を造っても、その道に沿っては逃げないと思いますよ?」
「だよねー」
そんな事を話している間にも、少しずつ距離を詰めているんだけど……このままじゃ、追いつく前に神社に着いちゃわない?
「ねぇ、宇迦。見通しが良くなるように、大規模魔法で吹っ飛ばしちゃダメかな?」
「や、止めてください! 下手したら、御山が無くなってしまうじゃないですか!!」
「いや、さすがにそこまでやるつもりは無いけど……」
問題は、無ければならない、とは限らないって事だね。
山を吹っ飛ばしちゃうと、『ちょっと力が入り過ぎちゃいました。テヘッ♪』とか言っても、祐須罹那様は許してくれないだろう。
「紫さん、神社に着きますよ」
「くっ、間に合わなかった!」
宇迦と共に森から飛び出し、境内に降り立ったわたしを迎えたのは、縄綯いをしている子供たちの驚いた顔だった。
「ゆ、紫様?」
「問題は無い?」
「? え、えぇ……?」
その中にいた郁ちゃん――7歳の女の子――に声を掛けると、彼女は戸惑った様子ながらも頷く。
その言葉にわたしは、ホッと胸をなで下ろす。
宇迦の“たぶん”は間違ってなかったか。
「そう。良かった」
「紫さん、あそこに」
宇迦が指さす方を見ると、白い浮遊霊は臆面もなく拝殿へと突っ込んでいた。
「祐須罹那様~~、それで良いの? ――あ、郁ちゃんたちは気にせず続けてね?」
「は、はい……」
状況が掴めていない子供たちを置いて、わたしたちは拝殿の中へ。
廊下を早足で歩く。
「この距離なら、祐須罹那様がなんとかできそうだけど?」
「今のところ悪影響がある物ではないですから、紫さんに任せたのかと」
「えぇ……怠慢じゃない?」
「力を溜めているんですよ、きっと」
そう思うなら、目を逸らさずに話して欲しい。
“力を溜めている”間に斃されちゃう、ゲームのボスじゃないんだから。
「ここに入ったよね?」
「ですね。さすがに、拝殿部分には入らなかったですか」
ここで宇迦の言っている“拝殿”とは、本殿の前にある本来の意味での拝殿部分。
建物としての拝殿は左右に部屋が付属していて、浮遊霊が侵入したのはその中の一室。
奇しくも、先日わたしたちが、お祭りに関する文書を探した部屋だった。
「何でこんな場所に逃げ込んだのやら……」
「悪霊ではないとは言っても、2.0ですからね。何かしらの自我があるのかもしれません。攻撃されるのを理解して逃げたわけですし」
「……ねぇ、宇迦。それ気に入ったの?」
「はい。少し」
「そうなんだ……」
いや、別に良いんだけどね。
区別は付きやすいから。
「さて、どこに行ったのかな?」
部屋の中に入り、辺りを見回しても、浮遊霊の姿は無い。
かといって、この部屋を突き抜けて逃げていったってワケでもなさそう。
「どこかに潜んでますね……これ、でしょうか? いえ、こちらも?」
そう言いながら宇迦が引っ張り出してきたのは、横笛と鼓、それに五本しか弦が無い琴。
ぱっと見はただの古くさい楽器なんだけど……。
「ん? ここに飛び込んだ浮遊霊って一つだよね? そもそも、生き物以外に取り憑けるの?」
「この三つから反応がある以上、分裂したんでしょうね」
浮遊霊が集まって一つになる以上、分裂することもまた可能らしい。
「物に取り憑けるかの方は……紫さんに判りやすく言うなら、付喪神、でしょうか」
「えーっと、古くなった物が妖怪になる、みたいな物だっけ?」
「そんな感じです。その原理は色々あるんですが、浮遊霊未満の物を長い間に溜め込んで、付喪神になる事もありまして」
「今回は、大量の浮遊霊が一気に入って、付喪神になっちゃった、と?」
「ですね。しかし困りましたね。壊してしまうわけにもいきませんし……」
「文化財だしね」
如何にも古そうな――そして実際、浮遊霊というきっかけがあったにしても、付喪神になるだけの年月を経ている楽器。
壊してしまうにはあまりにも勿体ない。
「先ほどの魔法、効くでしょうか? 使ってみてくれますか? あれなら壊れないでしょうし」
「そうだね」
宇迦の言葉に応じて、わたしが手をかざすと、今まではただの楽器にしか見えなかったそれらが、突然カタカタと震え始めた。
でもなぜか、その中から浮遊霊が抜け出してくることも無い。
「あぁ、一度引っ付いちゃうと、抜け出せないですよ。動物などに取り憑いた時と同じように」
「そうなんだ? なら安心、だけど……」
わたしはふと思いついたことがあり、一度手を下ろす。
それに応じて、楽器のカタカタも止まる。
「……? どうしたんですか?」
「いや、これって付喪神、なんだよね? ならさ、演奏できたりしないかな?」
ちょうど演奏者がいなくて困っていたのだ。
もしこれらの楽器が自動演奏などしてくれるならば、とても便利。
楽器が三つだけというのは少し寂しいけど、音質的には、わたしの持っている録音機を使うよりもよほど良いはず。
「なるほど。ですが、演奏できますか?」
「ピーピー!」
「ポンッポンッ!」
「ピンパラ!」
頷きつつも、疑わしそうな視線を向けた宇迦に応えるように、楽器から音が響く。
一応音が鳴っているだけで、とてもいい音とは言えないけど……。
「練習すれば、上達するよね? 上達しなければ祓っちゃうよ?」
「ピョーピー!!」
「カンッポン!!」
「ポロン!!」
カタカタと揺れながら、なんだか先ほどよりも必死さを感じさせる音を響かせる楽器たち。
そんな楽器に、宇迦は少々口をへの字に曲げ、「むむむっ」と唸りつつも、不承不承と頷く。
「……まぁ、良いでしょう。実際、上手くできるなら助かりますから」
「だよね?」
「でも、それらに演奏を教えるのは、紫さん、お願いしますね? 作曲担当は紫さんなんですから」
「うっ……。了解です」
ま、悪意を持たないのに、意思ある存在を消してしまう事にはちょっと抵抗感もあったし、これぐらいは仕方ないよね……。
――これが良いのか悪いのか。そんな結末で、わたしのある意味での初仕事は幕を閉じたのだった。
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