2-16 後始末 (3)
あまりに大きな声にわたしもビクリと肩をふるわせつつ、振り返ってみると……。
「わぉ……」
そこにいたのは巨大な龍。
真上を見上げるほどの高さに頭があり、全長は……どれぐらいだろう?
少なくとも、一〇メートルとか、二〇メートルとか、そんなレベルでは無い。
その大きさは、先ほど斃した巨大モグラが可愛く思えるほど。
この龍が軽く尻尾を振るだけで、あのモグラなら簡単にぺしゃんこになってしまうことだろう。
――これって、たぶん澪璃さんだよね?
声も口調も全然違うけど。
蛟って、蛇の印象が強かったけど、完全に龍だよ、これは。
想定外で、想像以上。
そして、ちょっとかっこいい。
普段はほんわかなお姉さんなのに。
「も、申し訳ございません! 水神様、そして眷属の方とは思いもせず!!」
この人たち、この湖の周辺の村に住んでいる人だよね?
大の男が一〇人以上、地面に這いつくばって雨に打たれながらも、全く頭を上げようとせず、プルプルと震えている様子は何というか……ちょっと申し訳ない。
生きていく上で、川などの水場が重要というのはわたしも理解できるし、そこに見慣れない人がいれば、警戒するのも当然だと思うから。
歴史を見れば、利水を巡って戦争とか、普通にあったわけだし。
宇迦の方に視線を向ければ、苦笑して首を振り、傘を少し傾けて上を指さす。
わたしに対処しろと?
……仕方ないか。澪璃さんには『忠誠を誓う』とか言われちゃってるし。
「まぁまぁ、澪璃さん。攻撃されたわけでもないから。ね?」
「グルルゥ……、紫様がそう仰るなら。おぬしら、疾く去ね!」
「「「は、はい!」」」
少し不満そうに喉を鳴らした澪璃さんに、轟と響くような声で怒鳴られた男たちは、顔を伏せたまま、取るものも取りあえず泥だらけで駆け去って行く。
そして残される、一〇本ほどの鍬。
そこまで怖がらなくても……いや、怖いか。
でっかい龍だもんね。
わたしは散らばった鍬をウィザード・ハンドで集めて、少し離れたところに纏めておく。
農具は貴重だろうし、こうしておけば後で取りに来るだろう。
「ご不快にさせて、申し訳ないですよぅ」
「いや、ちょっと驚いただけで、不快というほどじゃなかったけど」
いつものほんわかした声に振り返れば、そこにいたのは元の姿――あ、違うか。人の姿を取った澪璃さん。
さすがは神様と言うべきか、わたしが贈った服も元通り、きちんと着ている。
元の姿に戻ると破けちゃう、とかじゃなくて良かった。
一応、ゲーム的には体形に関係なく着られるフリーサイズのアイテムだけど、あの大きさはさすがに想定外だと思うし?
と言うか、あの格好で服を着ていたら違和感が凄いので、それはちょっとやめて欲しい。
「あれが澪璃さんの姿かぁ。かっこいいね?」
「恥ずかしいですよぅ」
「普段はあの姿なの?」
照れたように笑う澪璃さんに訊いてみれば、大きさはかなり自由が利くらしい。
普通は先ほどの姿をとる事が多いものの、やろうと思えば蛇のようなサイズから、この湖をぐるりと取り囲めるようなサイズまで可能なんだとか。
「ちなみに、見せてもらう事ってできる?」
「かまわないですよぅ?」
澪璃さんが頷くと同時に、彼女の身体がまるで霧に変わったかのようにぼやけ……次の瞬間、わたしの目の前に壁ができた。
いや、違う。見上げればこの壁、丸みがある。
これって、胴体、だよね?
更に上を見上げれば、わたしを見下ろす巨大な顔が。
これまでの人生で始めてみる巨大生物(?)。
「ほえ~」
「さすが澪璃。大きさだけはピカイチですね」
大迫力である。
うん、とても神っぽい。
祐須罹那様も凄いんだろうけど、なんか実感が涌かないんだよね。
「あれ? 今、祐須罹那がディスられたような?」
何かを感じ取ったのか、宇迦が耳をパタパタと動かして首を捻る。
おっと。そうだった。この宇迦を遣わせてくれただけで十分に神だった。
南無南無。
ちょっと違うと思うけど、感謝は捧げておこう。
「ところで、さっきの人たちはこの湖の傍にある村の人たち、なのかな?」
「たぶん、そうですよぅ」
さすがにあの姿では話しづらいので、澪璃さんには元に戻ってもらい尋ねてみれば、澪璃さんから返ってきたのはそんな曖昧な答えだった。
「たぶん、なんだ?」
「どんな人間が住んでいるかなんて、気にしてないですよぅ」
これまでの澪璃さんは、大半の神霊と同様に、基本的に人間には関わらないというスタンスだったため、その辺りの情報がほとんど無いらしい。
つまり、祐須罹那様の方が少数派。
ただし、祐須罹那様ほどの力を持つ神も少数なので、比較する事自体に意味が無い。
「長い神生、たまには関わることもあるんですが、ほとんどの期間は関わらずに生きているんですよぅ」
前回関わったのは、数百年レベルで昔らしく、情報としては全く当てにならない。
「この近辺に他に村はありませんから、おそらくは間違いないと思いますよ?」
「わたしたちの姿を見て、人を集めてこられるくらいだもんね」
「はい。彼らも、私の姿が見えれば、対応は違ったんでしょうが」
そう言いながら宇迦が指さすのは、頭の上の狐耳。
普通の人間には付いていない、それが示すこと。
「……あぁ、そっか。宇迦の可愛い耳を見たら、すぐに神様関係と判るか。獣人なんていないもんね」
「可愛いは余計ですが、その通りです。眷属や神使相手に強気に出る人間は、普通、いません」
自滅願望でもない限り。
それぐらいに、人間と神の力の差は大きい。
「下手を打ったんだね、彼らは」
「いえ、ある意味、運が良かったかと。私たちじゃなければ、どうなっていたか。澪璃でも……」
やりかねないというような視線を向ける宇迦に、澪璃さんは不満そうに頬を膨らませた。
「わっち、無意味に殺したりはしませんよぅ? よほど腹に据えかねることでも無い限りは」
「ちなみに、さっきの状況は?」
続けて尋ねる宇迦に、澪璃さんの唇がとがる。
「とんでもない奴らですよぅ。紫様に、無礼すぎますよぅ」
危なかったっぽい。
澪璃さんでこれなら、地面がぬかるんでいようとも、即座に五体投地した彼らの行動も理解できる。
なかなかに危険な世界である。
「さて、今日はこのまま帰っても良いんだけど……」
水が溜まるまでは時間がかかるし、藻が再び発生しないか、その結果が出るのも数日程度はかかるだろう。
今ここですべき用事は無いと言えば無い。
無いけど、懸案事項はあるんだよね。
未来のわたしに丸投げした物が。
「ねぇ、宇迦。その辺の空いた土地で、藻を燃やしてみても良いかな? さすがに、数十万トンの藻をストレージに入れっぱなしと言うのは、なんだかすっきりしないし」
「別に構いませんよ。一面全てを焼け野原にする、みたいな壮大な自然破壊でもしない限り」
「大丈夫だよ、普通に燃やすだけだから」
先ほどから小降りになっていた雨が、ちょうど止んだ。
あまり物を燃やすのに向いているとは言えない状況だけど、逆にそれが良い。
延焼する心配が無いからね。
「それじゃ、とりあえずこれぐらい……」
ストレージから『ポン』と五〇〇トンほど取り出して積み上げる。
「…………お、おぉぅ」
ストレージに溜まっている量が数十万トンだから、まずは少しとばかりに出してみたけど、五〇〇トンは全然少しじゃなかった。
できあがった小山は家一軒分はあるかな?
これは『ポン』と言うより、『ドバァァァーーーン!』って感じである。
良かった、ここで出してみて。
もし境内でやろうとしてたら、あふれかえった藻に
「これは、ちょっと多いかな? 濡れてるし、燃えないかも……」
魔法を使って強引に燃やすつもりではあるけど、もう少し量を減らすべきかもしれない。
総量から見れば極々一部でしかないんだけどなぁ……。
「紫様、よろしければ、わっちが乾かしましょうかぁ?」
「あ、そうだね、そうすれば燃えやすくなるし、一度にたくさん処理が――あ、やっぱりダメ。その搾り取った水がその辺に流れると、また余計な騒動が起こりそうだし」
せっかく回収したのに、ここで藻に含まれる水が湖に流れ込めば、元の木阿弥。
なんのために時間をかけて掃除したのか判らない。
「ですね。紫さん、燃やすのなら藻に含まれる水も含めて、燃やし尽くしてください」
「了解したよ! それじゃ、宇迦と澪璃さんは少し離れていてね。使う魔法は……『ファイア・ストーム』!」
量が多いから、魔力多めで。
そう思ったのが悪かったのか。
呪文を使った瞬間、わたしの目の前で、とんでもないレベルの光と熱が炸裂した。
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