2-07 再訪 (1)
「はい、お茶で良いよね?」
「いただきますよぅ。……ふぃ~、美味しいですよぅ」
「それで澪璃、今日は何の用事ですか?」
「あ、別に用事が無くても良いんだよ? 遊びに来ました、でも」
澪璃さんお茶を飲んで一息ついたところで、宇迦がそう切り出し、わたしも言葉を付け加える。
いつでも来てね、と言っているし、境内に来る子供たちはともかく、わたしたちを訪ねてくる人なんて他にいないから、大事にしないと。
でも、今回はきちんと用事があったようで、澪璃さんは居住まいを正すとこくりと頷く。
「はい、これですよぅ」
そう言いながら、澪璃さんがそっとテーブルの上に置いたのは……石?
いや、石の破片と言うべきかな?
鋭く尖った部分があり、より大きな石から剥落したような、そんな感じの石。
わたしが見る限り、ただの石なんだけど、宇迦には違ったらしい。
「これは……
「そうですよぅ」
少しだけ真面目な表情になって言った宇迦に、澪璃さんもまた似たような表情で頷く。
どーゆーこと?
「ねぇ、宇迦、要石って?」
「言葉の通り、要となる石なのですが、これに関して言えば、祐須罹那の神域を囲む結界の要石ですね」
祐須罹那様の神域であるこの御山、ここに“余計な物”が入ってこないように、ぐるりと結界が施されているらしい。
いや、正確に言うなら、『いた』だよね。
その結界を構成していたのが要石で、この石はその要石の欠片。
それがここにあるって事は、要石が壊れているって事で、必然的に結界も壊れている事になる。
その壊れた要石の欠片が、昨今の長雨で増水した川にどんぶらこっこと流されて、澪璃さんのいる湖まで到達したようだ。
「よくまぁ、こんな小さな石……気づけたね?」
見たことは無いけど、池じゃなくて湖と言うんだから、それなりに大きいよね?
「判りますよう。わっちの神域ですよぅ」
「そんなもの?」
「そんなものです。紫さんに判りやすく言うなら、白い大きな紙に墨を一滴落とした様なものですね。小さくても、はっきりと違いが判る物なんです」
「祐須罹那様の神力が混ざっているから、簡単ですよぅ」
そういうものなのか。
わたしから見れば何の変哲も無い石だけど、澪璃さん的には煌々と輝くLEDみたいな物なのかもしれない。
「なるほどね~、それで澪璃さんは気付いて持ってきてくれた、と。要石が割れてるとマズいもんね。結界、壊れてるって事だし」
「良い、悪いで言えば、悪いですが、そこまで大きな問題でもありません」
うむうむと頷いたわたしに、宇迦が返した言葉は予想外だった。
「あれ? そうなの?」
「はい。言うなれば、家の鍵が壊れているようなものでしょうか。祐須罹那という自宅警備員がいるので、さほど問題はありません」
神様をニート呼ばわり!?
確かに、何にもしてないように見えるけど!
「あ、でも、夏祭り前、浮遊霊が入ってきてたけど、あれって“余計な物”じゃないの?」
「いえ、あれも余計な物です。ですが、あの時の祐須罹那は自宅警備もできない自宅警備員でした。しかし、今の祐須罹那なら、アマチュアぐらいにはなっています。もう少しすれば、プロになれるでしょう」
うん、凄く外聞が悪いね!
わたしの耳にはもう、プロのニートとしか聞こえないよ?
「……まぁ、いいや。つまり、もし要石が壊れていても大した問題は無い、って事?」
「問題は少ない、ですね。紫さんだって、鍵がついていた方が安心ですよね?」
「ここで暮らしていると、素直には頷けないけど……言いたい事は解る」
この家、鍵なんて無いしね。
セキュリティ皆無でも、入ってくるのは虫ぐらい。
不埒者が訪れる気配すら無い。
「結界があれば、浮遊霊が入ってきませんから、あった方が良いのは間違いありません」
「祐須罹那様がプロの自宅警備員になっても?」
「浮遊霊は自然現象みたいな物ですから。意識のある神霊なら祐須罹那がいることで、御山を避けますが、浮遊霊はそんなことを考えずに漂ってくるので……」
物理的なバリケードが結界で、その前に立っている威圧的な警備員が祐須罹那様。
そんな感じらしい。
プロの自宅警備員と言っても、実力で止めたりはせず、ただそこにいるだけなんだ?
いること自体に価値があるんだろうけど……本当にニートっぽい。
「まぁ、それもたまにですから、その都度対処すれば問題はありません」
「……ちなみに、その対処をするのって?」
「紫さんです」
「だよね。知ってた」
夏祭りの準備の時以降、浮遊霊の対処に向かったことは無いから、本当にたまになんだろうけど……。
「結界を直せば、入ってこなくなるんだよね?」
「えぇ、それは。私もそのうち直そうとは思っていたんですが、雨が続いていましたから」
結界が壊れている事自体は、すでに気付いていたらしい。
そりゃそうだよね。
祐須罹那様がそれに気付かないほど鈍いとは思えないし、実際に浮遊霊も入ってきているわけだから。
「なるほど。宇迦も外に出るのが面倒だったんだね」
わたしの事をぐうたらっぽく言うわりに、という気持ちを言外に滲ませると、宇迦は少し呆れたようにわたしを見ると、深くため息をつく。
「えぇ、そうですね。紫さんを雨の中に引っ張り出すのが。絶対、ごねますよね?」
わたしが原因だった。
そして、宇迦の懸念を否定できないわたしがここにいる。
「ちなみに、宇迦だけで作業するのは?」
「可能不可能を言えば、可能ですが……より頑丈にする方法があるなら、そちらを選びますよね? 紫さんだって」
うん。当然だよね。
と言うか、さすがにわたしも、宇迦だけ働かせて自分はゴロゴロしてる、なんてするつもりはない。
グダグダ言いつつも、宇迦が一人で出かけようとしたらついて行きますよ?
一人残っていても、ちょっと寂しいし?
「ま、先ほど言った通り、急ぐ必要も無いので、そちらに関してはそのうちでかまいません。それで澪璃の用事は、それだけですか?」
「ちょっと、宇迦。その言い方はあまり良くないと思うよ? わざわざ来てくれたんだから。知らせてくれてありがとうね、澪璃さん。ご飯、食べていく?」
少しだけ冷たく感じる宇迦の言葉に、わたしがフォローを入れると、澪璃さんは頷きつつも、困ったような表情になる。
「それはありがたく頂きますよぅ。でも、その……お二人に、ご相談もあったんですよぅ」
少し言いづらそうに澪璃さんが口にしたのは、最近、彼女の神域で起こっている異変についてだった。
彼女の神域である湖、そこに最近、大量の藻が発生して困っているのだという。
澪璃さんも神霊、多少の藻でどうこうという事は無いのだが、広い湖全面に発生しているものだから、処理するよりも藻が増える速度の方が上回って対処不能になってしまったらしい。
「でも、湖なら、流れ出る川もあるんだよね? そっちに流しちゃったら?」
たぶんだけど、ある程度の流れがあれば、藻の発生はかなり抑えられると思うし、湖の大きさに応じた川もあるはず。
そっちに全部流し込んじゃえば、とか思ったんだけど、澪璃さんは宇迦にチラリと視線をやると、やはり言いにくそうに答える
「その……わっちの領域は湖だけなんですよぅ。川や湖の周辺の土地は、祐須罹那様の領域なんですよぅ」
「あぁ、なるほどね……」
言うなれば、隣に住んでいる上司の庭に、落ち葉を捨てるような感じ?
そりゃ、できないよね。
多少風で吹き込むぐらいならともかく、掃き集めて纏めて捨てるようなものなんだから。
能力的には、池の藻を全部まとめて湖岸に放り出す事も可能らしいけど、そこはやっぱり祐須罹那様の領域なわけで。
処理が追っつかないというのも、自分の神域の中だけで処理しようとしているから、ということのようだ。
「川が堰き止められたりしなければ、それ自体は許容しますが……澪璃、そのあたりはどうですか?」
「……確実に問題が出ますよぅ」
宇迦の質問に、澪璃さんはあまり考える事も無く首を振った。
湖の大きさも川幅も見てないから、なんとも言えないんだけど……結構深刻?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます