第47話 「花園の流れ星」

「おはよう、トリム」

 私はまた、あの場所にいた。生まれて初めて見た花々と、寂寥感のある色鮮やかな退廃の花園。ここはやはり、寂しい場所だ。

 私はあの声に応えようと口を開こうとしたが、声を発する方法を見失っていた。

「話さなくても大丈夫。私には伝わるから」

 話さなくても伝わるというのはどういうことだろう。まさか、心でも読めるとでも言うつもりなのか。

「その通り。でも今はそんなことはどうでもいいの」

 どうでもいい?割と大事なことだと思うんだけど、どうでもいいのか。

「申し訳ないけど、時間がないの。だからサクッと話しちゃうね」

 黙って話を聞いていろってことね。はいはい。

「今回話すのはあなたの能力についてよ」

 今回。ということは次回もあるのか。それで、能力というのはもしかしなくてもあの能力のこと?

「えぇ。あなたの時間を操る能力について話したいの」

 時間を操ると言えば大層な能力だが、基本的には物にしか使えない。生命あるものに使おうとすれば失敗する。今回のフロワに関しては自分でもよく分からなかったけど、無意識に発動して成功していたみたい。

「今回は彼らの助力もあったからね。あなた一人だったら理由を肯定出来ずに彼女はいなくなっていたと思う」

 理由を肯定?どういうこと?

「そこは今回は置いといて」

 はぁ。じゃあ能力の何について話すの?

「あなたは時を進めることも、戻すことも出来るのよね?」

 いいえ?戻すしか出来ませんけど。

「えっ」

 えっ。何、何か?

「いや、えっ、戻すしか出来ないの?」

 うん。進めるなんてのは無理よ。戻すのだって、制限があるんだから。

「待って、あなたそんなに不安定な状態の能力を行使したっていうの?」

 んなこと言われても。今回のに関してはさっきも言ったけど自分でもやろうとは思ってなかったんだって。

「いや、うん。それは分かってるけど。普段結構ホイホイ使ってるじゃない」

 なんで知ってるのよ。

「そりゃあ見てるから」

 そうなの。プライバシーは何処へ。

「天使は皆、覗き魔よ」

 まぁ、そうなんだろうけどさ。私の能力は、私が長いこと使った物とかじゃないと使えないの。

「つまり、縁深いモノじゃないと能力が及ばないと?」

 そういうこと。ずっと使ってると「あ、イケる」って言うやつが何個か出てくるの。それに関しては戻せる。

「……そう言えば、あなたが武具以外に能力行使してるところ見たことがないわね」

 あれもそういうこと。他に使えるのがなかったから結果的にああなっただけ。磁性弾、磁性キューブは廃工場で拾ったものを、家の隅に放り込んでおいたのを忘れてて、気がついたら使えるようになってた。

「リスみたいね」

 いや、うん。

「そういえば、兆しは消せるのね」

 あぁ。あれはなんだろう。在り方が近いっていうのか分からないけど、不思議と簡単に消せるのよね。

「うーん、あなた相当歪ね」

 歪、ですか。

「自分でも分かってるでしょ?」

 まぁ。人か天使かどっちつかずな感じはしていたけれど。それでも一応、私に寄り添ってくれる人はいた。その人と共に、私は人として生きてきたつもりだ。

私の人間としての生活は、私を一人の人間たらしめる基盤となって、今もなお私を支え続けている。唐突に訪れた幾度かの分かれ道でも、私は人としての道を選び続けてきたつもりだったけれど。

「今は、そうでもないって思ってるのね」

 まぁ、こうして天使と戦ったり、自分の能力を考えるとどうしても自分は人間ではないように思うこともある。けれど、怪我をしたりするのは人間らしいなと思えるものの一つだった。それに、便利なものとして受け入れかけていたから、もし天使討伐に関わってなかったら私は人として生き続けていたと思う。


「―――そろそろ時間ね」

 気がつけば、辺りは明滅を始めて、彼方には陽が空へ駆け上がろうとしている。熱は確かに空虚の身体を照らし温め、意識を霧散させるに至る。

「目を覚ましたのなら、あなたは考えなければならないわ」

 それは何を。

「あなたは何のために戦うのかを」

 声が遠くやまびこのように消えていく。霞がかった頭の中に響いたその声と共に、私は現実へと浮上していった。

空昇る太陽に負けぬ輝きを放つ星が流れる。

それを見上げていた――――は誰もいなくなった花園で一人それを見上げた。

「自分を知る時が来たのかもね、トリム」

 呟いた言葉は、枯れ落ちた花々と共に風塵に帰す。陽は登れど、空気は刺すような冷気に満ち、澄み渡る空に星はなおも輝いていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る