第33話 「追走」

「トリム!」

 空洞に吸い込まれていったトリムの姿を追う。

空洞の中に踏み入ると、コンテナが運搬されているのか暗闇の中にレールの摩擦音だけが鳴り響いていた。

 フロワが奥へ駆けていくと、仄かな灯りが三つの分かれ道を照らし出していた。

「どっちだ……!」

 彼女が何故吸い込まれていったのかは分からないが今は追いかけるのが先決だろう。幸い、人間が入れる広さは充分にある。

 残響の波の中、再び大きな音を立てながらどこかでレールを切り替えた音が響く。この施設は今もなお稼働している。となると、彼女が捕まったのは防備システムか何かだろうか。

分かれ道の内、直線に伸びる闇へと身を投じたフロワはひたすら走り続けた。硬い地面を蹴る音と、どこからか響き渡る摩擦音。トリムの声は聞こえない。

しばらく走っていると視界が開けた場所に出た。

複雑に絡み合うレールが金継ぎのように空間に走っている。

レールは様々な方向から伸びてきており、それがこの地下空間の広大さを表していた。

フロワと並走しているコンテナ、そのさらに上下にも階層があり同じようにレールが敷設されている。上を見ても下を見ても果のない闇が口を開けていた。

不意に、背後から摩擦音が鳴り始めた。彼女は最初、自分の走っているレール上にコンテナが移動してきたのかと思ったが、辺りを見回すと、並走している下の階層レールに新たなコンテナが運び出されていた。そしてそこには磔にされて身動きの取れなくなっているトリムの姿があった。

「トリム!」

「フロワ……!」

 この辺りは壁に囲まれていないため、音が遠くまで届く。彼女の声に気がついたのかトリムは並走しているフロワの方を見上げた。

「大丈夫ですか!」

「大丈夫なわけない!」

 彼女は必死に身を捩らせようとしたり腕を立ててコンテナから離れようとするが身体は一向に離れる様子がない。

「何かに引っ張られて、動けないの!」

 トリムの身体は垂直のコンテナの壁に接着されているかのように離れない。

「トリム、あまり動かないでください! 下手にもがいて落下したら助けられません!」

「わ、わかった」

「あとコンテナから身体を出さないように!」

「わっ―――」

 トリムが吸い付けられていたコンテナが音を上げながらレールを乗り換える。分岐したレールに乗ったコンテナは更に下層の方へと火花を散らしながら下っていった。

「見失う……!」

 コンテナが移動している以上、彼女の転写は使えない。

コンテナの下に地面があるのなら着地出来るが、下層へ降りていくレールにはそれが見当たらない。

転写したところで移動するコンテナに置いていかれて自分が落ちていくのは目に見えている。

 フロワが走っている場所も、どこまで地面があるか分からない。しばらく走り続ければ恐らく周囲の壁の一切合切が無くなるだろう。そうなれば彼女を追うことも難しくなる。

走り続けた彼女を迎えたのは切り立った断崖、行き止まりを告げる巨大な空洞だった。


「どんどん、降りていってる……!」

 ここまでの距離を運ばれては地上へ戻ることが難しくなる。全容が分かっていない以上、元いた場所に戻るのも難しいだろう。

「くそ……!」

 再び身を捩らせようとすると身体は動かない。だがその時、彼女は自分の身体の中でも比較的容易に動く場所とそうでない場所があることに気がついた。

動かせるのは頭部、脚部だけ。全く動かないのが両腕と腰の辺りだった。

「これ、もしかして私の装備に反応してるのか……?」

 彼女の両腕には磁性弾を撃ち出すガントレット。ガントレットの中には弾帯が内蔵されている。

加えて腰の部分。ポーチの中には磁性キューブが入っている。

強い磁力を放つこの二つの装備だが、彼女が普段、街を歩けるのはその磁力を制御出来ているからだ。だというのに今はそれがコンテナに強く反応している。

「なんで、元に戻してないのに……!」

 彼女が磁力を強化していない以上、身体を引きつけるないし吹き飛ばす程の磁力は無い。

つまり、このコンテナの中身が彼女の装備の発する微弱な磁力に反応しているのだった。

 

下れども下れども果ての見えぬ深い闇へ降りていくコンテナは徐々にスピードを上げていく。

ここまでの強力な磁性を有するものはそうあるものではない。だが、もし仮に、本当にこのコンテナの中身が彼女の思い描くものだったとすれば何故こんな場所にあるのだろうか。

たかが武力を放棄するためにこのような地下に巨大な空間を作るのだろうか。鹵獲されることなどを踏まえると可能性は無くはないだろうがあまりにも巨大すぎる。それにわざわざコンテナを用いて運搬する理由も分からない。

恐らく、トリムは既にミュスティカイアから離れた位置にいる。最初に見た巨大な空洞が街一個分の大きさに近かったことを考えるとかなりの距離を移動したはずだ。

人の手の及ばぬ地において、地下にここまでの移送空間設備を整えているとなると―――

「武力拡充のための輸送経路か……!」

 だが、それをやっているのは一体誰なのか。同君連合である以上アルステマがそれをやるとは考えづらい。彼の王の政治は全体的に控えめで深入りすることを好まない。

となると、クレムティス、あるいはイヴェル・ヴィレンス内にこうした物を望む集団がいるのかもしれない。

「だとすれば、このコンテナは神威大戦の―――」

 遺構の街、その地下深くに根付いていたものがあの戦火をさらに巨大な災厄の炎へと変化させるものだったとしたら。

 それはどこかにまた戦争をもたらそうとしている人間がいるという可能性でもある。


 逡巡の最中、彼女は不意に、自分の身体が下から照らされていることに気がついた。

眼下を見ると、一点の灯りが暗闇の海の中、佇んでいた。

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