第32話 「闇へ誘う」
倒れ伏したコンテナがくぐもった悲鳴を上げる。その傍らに血液のように散らばった瓦礫の数々が衝突の凄まじさを物語っている。
口を開けた暗闇のその喉奥、顔を見せた空間はトリムとフロワの想像を遥かに凌ぐ鴻大さだった。
空間は円筒上に刳り貫かれていて、壁一面には墜落したコンテナがちょうど収まりそうな大きさだった。
「大きい……」
「これが工場?」
服についた汚れを手で払っていたフロワが首を傾げる。
「オーナーの話では、通りがかった際に工場のようなものが見えたと言ってましたけど……」
「こんなものが通りががりに見えるはずがないわよね。見えるとしたらこの街の近くを通った時に見えるはずだけど」
「街全体が工場だったとも表現していたそうですけど……」
「直接詳しい話を聞いた訳じゃないから色々と齟齬があるみたいね。少なくとも、私達が街を歩いた限り工場なんてものはどこにも見当たらなかった」
地上を目指す蛇腹の階段が内蔵された柱。ちょうど中腹あたりを破壊されたその風穴からは地上へ伸びる階段がさめざめと砂礫を流していた。
頭上のそれを見つめていたフロワは、同じような柱が他に三本存在することに気がついていた。
「見せかけ、か」
「え?」
「壁の材質といい、そもそものこの階段の入口といい、全部見せかけなのかもしれませんね」
「テクスチャだけって言ってたやつか」
「えぇ。私達は気づけませんでしたが、入り口は他に三つ存在していたようですしね」
「内実を伴わない外観、工場ももしかしたら同じようなことだったってこと?」
「あくまで推論ですけど」
「ふーむ、なるほどねぇ」
確かに、ここへ至る階段の入口はこの前TVでやっていた地下磁線路列車開通のニュース映像に映っていたものとよく似ていた。
廃墟と化している街の節々には、どこか彼女たちに眼に馴染み深いもののようにも映っていた。
「しかし、広いな……」
「えぇ。ドーナツホールのように中空ですね。ここまでの規模が刳り貫かれていているとなると場合によっては地上部分が崩落していてもおかしくなかったかもしれません」
「そうよね……」
空洞は街全体を飲み込めるくらいには巨大で、その宙空に空いた穴は遥か眼下へと続き、暗闇の水面は光を返さない。
彼女たちのいる道は回廊のようにこの空間を一周できるようになっていた。
トリムは拉げたコンテナの側にしゃがみ込む。
コンテナに触れてみると見た目通りの冷たい金属で出来ているようだった。
扉らしきものが落下の衝撃で歪んでおり、そこに出来た僅かな隙間を覗いてみたが、暗くて何も見えなかった。
ただ、覗き込んだ時に、彼女は足元にコンテナや壁とは違う材質の破片が散らばっていることに気がついた。
それは彼女が足で踏みつけただけで簡単に割れ、何も柄の入っていない陶器のようなものだった。
おそらく、このコンテナの中に入っていたのだろうがこんなものを運ぶにしてはコンテナは巨大すぎるし、そもそも脆い陶器を運ぶのには全く適していない。
「すると何か? これに入っていたものがあったってことか?」
彼女は拉げた扉をこじ開けようとも考えたが、回廊の道幅はそこまで広くないため磁力で開けるのも難しかった。
「んー、さすがに中に転写させるのは危険すぎるしなぁ」
「はい?」
「や、何でもない」
「そうですか。それはともかく、このコンテナ、上部にレールを滑らせるための機構が付属しているようです」
「コンテナとはまた別のパーツね」
「えぇ、恐らくは……」
フロワが指指した方向には複雑に折れ曲がったレールのようなものが途中で断ち切られていた。
「柱までの距離と角度を鑑みるに、アレから外れてその勢いのまま柱に激突したのでしょう」
「私達が聞いたのはその音だったと。間一髪だったわね」
「えぇ。それと気になるのがもう一つ」
「何?」
「このレールですが、どうやらこの空間だけでなく他の場所にも繋がっているようです」
「そうなの?」
「えぇ。一面空洞だらけなので分かりづらいですが、レールが途中で分岐している空洞がありました」
「なるほど……」
見渡した円筒の空間に沿うように伸びるレール。よくよく目を凝らして見れば、確かに何箇所か分岐している箇所がある。加えて、上下階層を移動出来るようにもなっていた。
「なんというか、倉庫みたいね」
「えぇ。何かを運んで、保存するための施設と考えるのが妥当でしょうね」
「その運んでいるものが何なのかが全く分からないけど……」
「何もなかったんですか?」
「いや、陶器みたいな破片は見つけたんだけどそれ以上は暗くて何も見えないのよ」
「私が中に入りましょうか?」
「いや、危ないからやめてよ」
「そうですか……」
ホルスターから手を離したフロワは中空の空を覗き込む。
「一周してみるか」
「えぇ」
それからしばらくして。
彼女たちは回廊を歩いてみたが見えるものは何も変わらなかった。少なくとも今彼女たちがいる階層の壁面空洞には、何も収納されていなかった。
「やっぱり中身が問題よねぇ」
「えぇ。機構だけでは何とも……」
二人が歩みを止めたのは円の中心に対するコンテナが墜落した場所の対称点、フロワが見つけたレールの分岐点だった。
トリムは分岐したレールが伸びていく暗闇を見つめる。
コンテナが巨大なだけあって、人が中に入って進んでいくことも可能であった。
「ここを進んでみる?」
「レール上をですか? 危ないですよ。もし向かいからコンテナが運ばれてきたらどうするんですか」
「だよねぇ」
フロワが呆れた表情でトリムを見つめる。
ここに来てからかなりの時間が経っていたのも事実だった。
「そろそろ戻りましょう。また明日、別の場所を探索しましょう」
「そうするかー」
フロワが崩れた階段の方へと歩いていく。近くに階段があるであろう柱があったが、外から入ることは出来なかった。
彼女としてはわざわざ階段を作ったのにもかかわらず、地上と恐らくこの空間の最深部にしか出口を作っていないことにも疑問を抱いたが、現状、調査する手段を有していなかった。
彼女が歩いていく際、どこかでガコンという音がなった。
「やはり、コンテナを運搬しているみたいですね」
「そうみたい。今この空洞から聞こえた。たぶん中で別のレールに切り替えたんだろうね」
そう言ってトリムが足掛けた空洞から離れ、フロワの背中を追いかけようとすると不意に身体が何かに引っ張られるように感じた。
「ん?」
金属が火花を散らすような音と、レールの摩耗音が徐々に大きくなっていく。
それに連れて身体に感じる引力もより大きくなっていった。
「や、やばい」
「どうかしましたか」
「うわっ―――」
レールを切り替える音が一際大きく鳴り響いた瞬間、振り返ったフロワが眼にしたのは暗闇に吸い込まれていくトリムの姿だった。
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