第34話 「模倣する者」
暗闇に鳴り響く摩擦音。
空間を引き裂くように敷設されたレールで下方へと降りていくコンテナは突如としてその動きを停止した。
「ぐっ……!」
磔にされていたトリムは急停止したことで揺れるコンテナに頭を打ち付けた。
鈍い痛みが走り、頭の中が揺すられる感覚が襲ったが幸い、出血や意識を失うことはなかった。
「何で止まったんだ、これ」
コンテナに磔にされている以上、視界は限定的な情報しか得られないが、下には未だレールが伸びているし、壁面に空洞があるわけでもなく、ここで止まることはおよそあり得ないように感じた。
彼女は眼下にある灯火のように揺れる光を見る。
恐らくはあそこが最下層。かつての大戦で日の目を見ることのなかった戦火の骸が眠っていたこの迷宮の果てがそこにあった。
トリムは腕をずらしてガントレットを外そうとしたり、どうにかポーチを腰から外せないか試みたものの、身体は微動だにしなかった。
俯いた彼女は、眼下の灯火の揺らめきが先ほどまでの穏やかなものではなく、眼を眩ませるような明滅へと変化していることに気がついた。
光の波はより大きくなっていき、その光が彼女のいるレールの直ぐ下の階層まで届いた瞬間、コンテナは折れ曲がったレールから引き剥がされ、その光の中へと堕ちていった。
声を上げる間もなく堕ちていったトリムを衝撃が襲う。
どうやら最下層は湖のようになっていたようで、その湖面に叩きつけられたコンテナは水しぶきを上げながら沈んでいった。
彼女はそのコンテナから離れようともがいたが、その身体は徐々に湖底へと向かっていった。
やがて意識が遠のいてきた頃、彼女は身体が強烈な抵抗を感じながら浮かび上がるのを感じた。気がついた時には、磔にされた彼女の身体は湖面へと浮かび上がっていた。
息絶え絶えに呼吸をするトリム。貪欲に酸素を欲する彼女の身体は今もなおコンテナに縛り付けられていた。
周囲は光に満ち満ちていて、墜落した湖面も今は穏やかな表情を見せている。
最下層の中心部には一本の林檎の木に似た何かがあって、その木が仄かに光を放っているように見えた。
平常心を取り戻した彼女はそこから視線を感じた。
木には、手足を杭のようなもので穿たれ固定されている人間のようなものがこちらを見据えていた。
トリムはそれに気づいてもなお、声を出すことが出来なかった。
どことなく身体つきは男のように見えるその人間もどきが身体を動かそうとする。
杭によって固定された身体は動くはずもないのだが、それでもその”男”はもがき続けた。 次第にその激しさをまして身体を捩らせている男は暴れているなおもトリムのことを見つめていた。
男はしばらく暴れた後、再び動かなくなったが、低い雄叫びのような声を上げると同時に、右手を無理やり木から引き剥がした。
次々に四肢を開放したその男の身体は杭によって肉が抉り取られていたが、その身体が流していたのは血でもなく、杭がこそげ取ったのは肉ではない固まる前のコンクリートのような半固体状の何かだった。
男は穴の空いた足でトリムの方へと歩み寄る。
男が湖の中へ入るとその波紋が彼女の耳元のコンテナに小さな波となって打ち寄せた。
目前に歩み寄ってくる男をトリムはただ見つめることしか出来なかった。
男の身体は沈むことなく湖に浮いていて、その身体が近づいていきた時に彼女は光を放っていたのは木ではなくこの男だということに気がついた。
そして男がトリムの元に辿り着いた時、彼は皮膚と肉が綯い交ぜになったかのような両手を彼女の頭の横に置いた。
皮膚には全く毛が生えておらず、テクスチャを貼り付けたようなその身体をトリムに重ね合わせるように倒すと、男は低い声を漏らしながらその身体を揺らし始めた。
トリムは一言も発さないでその揺れる身体を見つめ続けていた。男が自分を犯そうとしていることにはその時に気がついた。
男は性交をするかのように腰を揺らし、陰茎を打ち付けようとしていたのだろうが、彼の股間には何も無く、生殖機能が備わっているようには見えなかった。
彼女の肩が手から流れる血で濡れる。
男はひたすら腰を振るい続けたがやがて呻き声を上げると苛立たしげに彼女の身体を抱き上げようとしたが、その身体はコンテナに固定されているため動かなかった。
咆哮のような声を上げると男はそのコンテナを力一杯に殴りつけたあと、手のひらをそれに沿わせるとコンテナだけが湖底へと沈んでいく音がした。
浮かび上がる彼女の身体を再び抱き上げようとした男の右腕は、咄嗟に振るわれた彼女の短剣によって切り落とされ、湖面に浮かび上がっていた。
「好き勝手してくれたわね」
距離を取った彼女を忌々しげに見つめるその男は鈍重なものにも見えたが、身体は湖面の上に浮いている。
彼女が短剣を男に向けると、彼は頭を両手で抱え身体を捩らせ始めた。
呻き声とともにその頬には涙が流れていたが、その涙は先ほど男が流していた血と全く同じ色をしていた。
身体の全てが同じもので出来ているかのようなその男はしばらく「泣く」という行為を真似てみたあと、再び静かにトリムのことを見つめ始めた。
「情緒不安定ね。こっちの言葉も通じてなさそうだし」
彼女は短剣を突きつける右手を左手で固定する。
ガントレットから磁性弾を放てるように構える彼女の姿を見て、ようやく戦闘態勢にあると理解したのか男は厳しい表情を見せ始めていた。
そして彼女が磁性弾を彼目掛けて放った瞬間、男は空間が割れるような咆哮を上げると、この円筒の頂上、地表目掛けて自らを砲弾とするような勢いで飛び上がっていった。
それから五秒ほど経った頃には、辺りに木霊していた咆哮は天蓋が打ち砕かれる激しい裂開音に成り代わっていた。
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