第13話 「少女たちと人々」(1/2)

 一陣の風がフロワの髪を撫ぜていく。聳え立つ巌山は静かに砂塵となり、風とともに消えていく。その砂霧の中には、一人の少女が淡く揺らめく翠色の槍を携えて佇んでいた。

 ―――天使討伐は成った。無尽の岩塊を操り、地を砕き、山を成した天使、パワー。

トリムの足元に転がっていた結晶のようなものが音を立てて砕け散る。その破片が辺りに漂い、そして再び、彼女の目前の一点に集結していく。

「これは……」

 彼女がそれに触れようとすると、集った破片が鳴動し、小さな塊となって、彼女の手のひらに収まった。

その塊は、林檎の果実のような見た目をしていてまるでそこだけが色褪せているような色をしていて、この世界からとうの昔に置いていかれてしまい、希釈してしまったかのような在り様だった。

「お見事でした」

フロワが歩み寄ってきて、彼女の持っている果実に目をやる。

「それは?」

「分からない。パワーの残骸が一つになって、こんな風に……」

「……ひとまず、帰還しましょう。持って変えれば、マスターなら何か知っているかもしれません」

「そうね。戻ろうか」

 フロワは鷹揚に頷くと、目をつむり、ここではない場所のアルメンへと言葉を放った。

「マスター、こちらはいつでも」

 その様子を見ていたトリムは、彼女が話し終えたと見て言う

「それどうやってるの?」

 フロワは目を開けると、ぽかんとした表情でトリムを見つめた。

「あれ、あなたは出来ないのですか?」

「出来ないわよ、そんなこと」

 少しむくれるような素振りを見せるトリム。

フロワはそんな彼女の様子が意外で、少し戸惑いながらも答えた。

「えぇと、これはいわゆるテレパシー能力というやつです」

「そうね、見たらわかる」

「この能力は天使に備わっている機能の一つなんだそうですよ」

「へぇ。ならなんで私は使えないんだろう?」

「もしかしたら、やり方を知らないだけかも知れませんよ?」

「なるほど。どうやってやるの?」

「それは……」

 トリムの質問を受けた彼女はしばらく考え込んでいる様子だったが、出てきた言葉は、

「―――こう……、ピシッとするんです」

フィーリングの極み、もしくは小学生のような表現だった。

 トリムはそれを聞いた最初は「冗談で言っているのかな?」と思ったのだが、いくら彼女の表情を見返してもまるで冗談を言っているようには見えなかった。むしろ、物事の核心をズバリ突くどころかブチ抜きましたとでも言いたげな表情を浮かべていたので、彼女はそれ以上何も聞かないことにした。


「よくやった、二人とも」

 アジトへと戻った二人をアルメンは称賛とともに出迎えた。

 そんな彼女のことよりも疲労が勝っていたトリムは思わず考えていたことが口から零れ出る。

「疲れたぁ、給料とかちゃんと出るんでしょうね」

「トリム、まずは報告を……」

「分かってる、分かってるって。足痛っ」

 いつになく口が緩い彼女を微妙な面持ちで見つめていたアルメンが言う。

「出るぞ」

「何が?」

「給料。これでも一応、表向きには立派に会社を経営してるからな」

「マジ?こんな陰気くさい地下で何やってるのよ」

「貴婦人方の護衛に、農作に必要な道具の貸出、はては飼い犬のトリミングまで色々とだ」

「なにそれ、よろず屋じゃない」

「よろず屋だ。その方が色々な建前で様々な場所に眼を届かせることが出来るからな」

「眼?」

「今日発見した”兆し”、あれを見つけたのも、現地周辺にいた私の部下だ」

 それを聞いたトリムは合点がいったようだった。

「どこに出るか分からないのにずいぶん早く見つけたと思ったら、そういうこと」

「……さぁ、それなりの額は出すんだ。今回のことを話してもらえるか」

「あ、はい、申し訳ありません」

 傍らで静かに立っていたフロワが、事の顛末を簡潔に報告する。そして、件の果実のこともフロワからアルメンへと伝えられた。

「これがその果実です」

「ふむ」

 受け取ったアルメンはそれを丁寧な手付きで触ったり、色々な角度から観察し、少しの間惟んみると、それを懐へしまった。

「どのようなものなのか、少し調べてみる必要がある。子細が分かったらお前たちにも教えよう」

「分かりました」

「では各自、十分に休養すること。用があるときはこちらから連絡する。それから―――」


 数日後、トリムは郊外のある地下施設へと足を伸ばしていた。

「こんにちは。こんなところまでよく来たね」

「ほんと、何でこんなに遠いところにあるのよ」

「色々と実験もするからね。街の中にあったら何が起こるか分かったもんじゃない」

「なるほど。それであなたは?」

「ここで武具の開発、製造をしてるんだ」

「そんなの分かってるわよ、だからここまで来たの」

「そうかそれもそうだった。名前は……、そうだな、適当にバクーラとでも呼んでくれ」

「バクーラね。私はトリム。よろしく」

 彼女の返答が意外だったのか、薄汚れた服をさらに汚している油まみれの手を止めて、彼は彼女の顔見た。

「あら、なんでそんな名前とか聞かないんだ」

「私もよく偽名を使ってたから。大方、何か本名を明かせない理由があるんでしょ」

 彼はかけている眼鏡を抑えると、いやに低い声で言った。

「よく分かったね。そう、僕は追われている者の身でね」

「何やらかしたのよ。窃盗?」

「ふふ、そうさって訳でもないんだけどね。ただ僕は元から名前がないだけさ」

「名前がない?捨てられたの?」

「直球だねぇ。まぁそういうことだけど。普通の人間が母親の歌う子守唄と母乳で育ったところを、僕はスクラップの山の崩れる音と油で育てられた」

「なるほど、生粋の機械いじりってわけね」

「そういうこと。それじゃ、いつまでもここで話していても仕方がないし、工房へ行こうか。ついてきてくれ」

 彼の衣服とは裏腹に、清潔に保たれた汚れ一つない廊下を歩いていく。工房というにはふさわしくない空気の清涼さがそこにはあった。


しばらく歩いていると、突然目の前を歩いていたバクーラが足を止めた。

「いたっ、ちょっと、急に止まんないでよ」

 施設の様子を眺めていたトリムがそれに気づかずにぶつかる。その時、彼女はぶつかった彼の身体に違和感を覚えた。

「あなた、その身体」

「ん? あぁ、これのことかな?」

 そう言って彼が右腕の服をまくると、その違和感の正体が現れた。

「義手」

「そう、昔っから不衛生なところにいたもんでね。切り傷から菌が侵入して切断するしかなかったんだ」

「そうなんだ」

「慣れると意外と便利なものだよ。定期的に診てやらないといけないけどね。長いことこの状態だと、これが普通に思えてくる」

「あなた、さっきから思ったけどずいぶんと前向きなのね」

「そうかい?」

「普通ならその出自って、だいぶひねくれてもおかしくないと思うんだけど」

「んー、まぁ、そうしても仕方がないからね」

 その言葉には一体どれほどのものが込められているのかを、彼女は問うことをしなかった。

「それで、さっきはなんで止まったの?」

「あぁ、ごめん。通り過ぎちゃったんだ」

「なんでよ、いつもいる場所でしょ?」

「そうなんだよ、不思議だよね」

「本当に大丈夫かしら……」

 トリムは自分の装備を彼に任したことに若干の不安を覚えつつも「いやぁごめんごめん」と頭をかきながら来た道を戻っていく彼の背中を追うことにした。

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