第12話 「天使討伐」(2/2)

 砂塵が吹き荒ぶ荒野。その乾いた大地が次々に隆起し、礫となって少女に襲いかかる。

 躱せるものは躱し、そうでないものはいなして弾く。彼女はそうして、攻撃の機会を伺っていた。


「ここは……」

「先ほどの場所からさらに六キロほど南下した場所です。ここなら街に被害が及ぶこともない」

 トリムはガントレットなど装備の確認をしながらフロワに言った。

「どうやって飛ばしたの?」

「私が媒介になって、マスターの転写を行いました」

「なるほど?」

「正確に言うなら、先ほどパワーの肩に撃ち込んだボルト、あれが受信機になっていて、そこに届いた力を私が分配した形になります」

「あの蝶はそういうことか。よし、これなら距離も十分……!」


 そして今、トリムはパワーと対峙しながら、能力を見定めていた。

ここまでの戦闘において、パワーは地面を自在に操ることが出来ることが分かっている。

形を変えて飛ばしてきたり、自分の周囲に岩を配置することで攻撃を防ぐこともしてくるだろう。

 再び、地面を隆起させ、今度は先端部分が槍のように細く突き出た形状の岩を放ってくる。

「これは、届くな……!」

 先ほどの礫よりも風の抵抗を受けずに遠くまで飛来するため、距離をとっているトリムのもとにも、次々に槍が突き立てられていく。

これらの岩石はパワーから一定距離離れると管制下から外れるらしく、その後は重力に従って地面に落下していく。岩石を削っているのではなく、凝縮させて形状を変化させているため、細身の槍は見た目より重く、それが重力によって加速して降り注ぐ。

弾くことが出来ないため、トリムはひたすら躱すことに集中しなければならなかった。

「そろそろ、やばくなってきた、早くしてよね」

 

パワーの周囲に浮かんでいた岩が次々と槍に変形していき、その周囲が開けていく。

 そこで出来た間から、ボルトがパワーの右腹部を貫いた。遠距離から飛来した攻撃はフロワによるものであった。

「逸れたか」

 次弾を装填し、再びスコープを覗く。だが、そこにはパワーの姿がなかった。

「まずい……!」

 上空に飛んだパワーが、フロワのいる方向へと岩石を放つ。彼女のいる小高い丘陵の上空で合体していき、周囲一体を押しつぶすように出来た天蓋が、凄まじい速度で落下していき、轟音とともに突風が吹きつけた。

トリムが目を開いた時、彼女は愕然とした。

天蓋は周囲を完全に圧し潰していた。荒野の凸凹とした地形がなくなり、遮られていた先の地平線が見える。

パワーはそれを確認したのち、再びトリムに向き直ると、彼女の足元の地面を隆起させた。

「しまった、近づきすぎた―――」

 盛り上がる地面の波が彼女を呑み込まんと四方から迫る。ガントレットから磁性弾を上空に撃ち出すも、より高く広く覆いかぶさってくる波に飲まれてしまった。

 岩の波が彼女を圧し潰すその間際、その動きが急に停止し、あたりの岩石はボロボロと崩れ去り、砂塵になっていった。


パワーはボルトにより完全に頭部を貫かれていた。普通に人間であれば即死の攻撃だったが、尋常ならざる存在であるパワーは未だ生存していた。

だが、致命傷となり得たのは確かで、事実、パワーの動きは停止し、その権能も一時麻痺状態にあった。

「……!」

頭部からの出血が白い身体を赤く染め上げていく。呻き声を上げながら両手で頭を抑え、貫いたボルトを引き抜こうとしていた。

その隙を逃さないように、また別の角度からボルトが飛来する。先ほどまでのとは少し形状の異なるそれはパワーの膝関節に直撃した。

崩折れるように膝をついたと同時に、さらに反対の方向からボルトが飛来し、左肩を破壊した。

トリムが砂礫の中から這い出た時に目にしたのは全方位からの狙撃を防御するように、己の周囲を岩石で囲ったパワーの姿だった。

それを見た彼女は、フロワがまだ生きていることを悟る。

「さて、今度はどんな隠し玉を持ってたのかしらね。もしかしたら私いらないんじゃないの?」

「そんなこと、ありませんよ」

 そう言って少し呆れたような顔を浮かべたトリムの隣には息を切らせたフロワがいつの間にか立っていた。

「うわ、化けて出てきた」

「死んでませんよ」

 彼女は一部傷を負っているが、確かに自分の足でトリムの傍らに立っていた。

「私も不完全ですが、転写が使えるので」

「……あなた、何者なの?」

「天使に拾われたただの人間ですよ」

「……そう。まぁ無事なら良かった。おかげで助かったし。それで、まだ動ける?」

 トリムは少しフロワより前に出て、彼女を庇うような体勢を取る。パワーは以前、岩石の殻の中に閉じこもったまま動いてはいなかった。

「全速力は無理ですね、転写はあと使えるとしても片手で数えられるくらいでしょうか」

「分かった。あとは私がメインでやる。あなたは防御に専念して」

「しかしあれを一人では―――」

「何もただ見てろとは言ってない。時が来たら合図をするから、転写をいつでも使えるようにしておいて。あと、仕組みを理解しておきたいから簡単に説明して」

 フロワはだいぶ落ち着いてきたのか、呼吸もゆっくりとしていた。彼女は聳える岩塊を見据えながら、トリムに言った。

「私の転写はマーカーをセットして行う、限定的な能力です。マスターのように自在に飛べる訳ではなく、セットしておいたマーカーのもとにしか飛べません」

「なるほど。私だけか、私を同時に飛ばすことは?」

「無理です。私しか飛ばせません。加えて言えば、私はあくまで人間なので、連続した能力の使用には負荷がかかります。マスターによれば、物的肉体を持っているから転移の際に大きな負担がかかるそうです」

「だいたい分かった。ありがと」

 そう言って、歩き出したトリムを制止するように、フロワが言う。

「待ってください、天使討伐の要はあなたです。もし、危なくなったら私が―――」

「そんなのはただの独り善がりよ」

 普段はどこか厭世的で、気怠げな彼女が何時になく真剣な声音で言った言葉に、フロワは目を丸くした。

 それを見たトリムは顔をそらし、呟いた。

「大体、一人で戦うなって言って起きながら私を一人にする気?」

「それは……」

「大丈夫、私に任せて。準備は充分。あと一回の攻撃で終わらせる。それじゃ、先行くから!」

 そう言うと、彼女はパワーの方へと駆け出していった。


岩塊が崩壊し、内部からパワーが出現した。 というより、岩塊を身に纏いながら肥大化していき、先ほどよりも二~三倍の大きさになっていた。黒い右腕には逆鱗のように岩が逆立って隆起していた。

パワーの眼下を走るトリムは、あえて攻撃をせず、下で出方を待っていた。

それに乗るように、パワーは右腕を水平に薙ぎ払う。発生した暴風にのって、砕けた逆鱗が辺りに飛び散る。

どうにか真下に入り込んだトリムは、振り払った右腕に磁性弾を撃ち込んだ。

「今だ、フロワ!」

 彼女の掛け声同時に、フロワが振り切った腕の下へと転移し、地面に自動小銃を撃ち込んだ。

「準備OKです!」

「よし、離れて!」

 トリムは両手を打ち付ける。

 地面にいるフロワを叩き潰さんと振り上げたパワーの右腕が、猛烈なスピードで地面に叩きつけられる。だがそれはトリムの磁性強化により、腕と地面の磁性弾が引き合った結果だった。

想定していなかった速度で腕を叩きつけたことによって体勢を崩したパワーは、うつ伏せの状態で身動きが取れなくなっていた。

 寸前に転移していたフロワが、砕け散り上空に浮かび上がったパワーの身体の一部の岩石に射撃し、マーカーをセットする。

 トリムはその一直線上、巌山のように横たわる身体から反発して飛び上がる。

既に上空の岩石に飛んだフロワはそこに磁性キュープをボルトで打ち付けていた。

 強い斥力により飛び上がったトリムは上空の岩石に衝突してなお、留まること無く、更に上空へと昇る。 下に戻ったフロワから見ればその様はまるで地上から打ち上がる流れ星のようでもあった。

「行け―――!」

彼女は再び岩石に打ち付けたキューブとの斥力により、今度は真っ直ぐ、真下へと降下していく。途中、引力に切り替ったことにより速度がさらに上昇した彼女の一撃は、岩山をも穿ち屠った。

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