第11話 「天使討伐」(1/2)
二人の少女の駆ける足音が狭い通路にこだまする。その音は玉座に座るアルメンの耳にも届いていた。
「来たな」
「遅れて申し訳ありません」
「それで、状況は?」
トリムはアルメンを急かすように問うた。
「出現場所はクレムティス領土内、アードレド湖畔周辺。ここから約五キロほど南下した場所だ」
「引き離した方がいい?」
トリムがそういったのは、かつて顕現したドミニオンが十〇キロに渡る広範囲攻撃を行ったからであった。天使によってその差は大きく異なるものの、そういった可能性が無いと言い切れる訳でもなかった。
「引き離せるようならそうした方が良い。ただ、あまり離れすぎるのもやめておけ」
「どうしてよ」
「マスターの能力の範囲外になってしまうと、私達は撤退出来なくなります。不測の事態に備えて、ある程度引き離したら戦闘に入った方が良いでしょうね」
「そういうことだ」
「ある程度分かったけど、その能力ってなんなの?テレポートととか?」
アルメンは、トリムの質問に鷹揚に頷くと、傍らにあるテーブルの上から右手で一本のペンを取り上げた。
それからトリムの方を見ると、左の人差し指を何かを誘うようにジェスチャーをした。
トリムはそれを凝視していたが、いつの間にか、アルメンの手にはトリムがレッグホルスターに挿していた短刀が握られていた。
「全く、いつの間にくすねたんだ?」
「バレてら……」
「盗んだんですか……?」
隣りにいるフロワから非難の眼差しが飛んでくる。
「いや、切れ味良さそうだったから、ついね」
トリムが悪びれることなく答える。
それを見たアルメンは一つため息をすると、再び彼女の手元に短剣をよこした。
「くれるの?」
「素直に欲しいと言っていればやっていた。次からは何か必要なときは私に言え」
「意外と太っ腹ね」
「戦うのはお前たちだ。それの補助もせずにどうする。引き離すのに関してもこちらに任せてもらおう」
「それはどうも。こっちのほうも遠慮なく使わせてもらうわ」
そう言ってホルスターに短剣を差し戻したトリムに忠告をするように、アルメンが一言付け加えた。
「お前のあの一刀一槍、むやみに使うな」
「何でよ?」
アルメンは彼女のその一言に内心血の気が引いた。
”自分の能力が何であるかを把握していないのか……?”
そうなれば話は変わってくる。アルメンは彼女に簡潔に事の重要さを説明した。
「お前のその武器は、魂を使ったものだ」
「魂?」
「お前自身の生命力を使っているものだ。権能ではない」
「生命力を使う、ということは……」
「いずれ死ぬってことね。分かった」
トリムはまるで初めからそれを知っていたかのような態度で、ただ一言そう呟いた。
そのあっさりとした返答にフロワが思わず何かを言いかけたが、それをアルメンが制止した。
「分かったのなら、それでいい。ただ、それを全く使うなとは言えない。天使対してとどめを刺せるとしたらおそらくは権能による攻撃しかあるまい」
トリムはそれに頷くと、未だに何か言いたげな様子だったフロワにこう言った。
「心配してるのかどうか知らないけど、私は子供じゃないの。自分のことくらい自分でちゃんとやるから」
彼女のことをよく知らない人間からすれば相手を突き放しているともとれる言葉だったが、フロワは、それが今まで彼女がそうしてきたからだということを、その時理解した。
トリムも彼女の様子を察してか、先ほどよりは少し穏やかな表情になっていた。
それから、足の短剣の柄を軽く叩くと、こう言った。
「私はコレもらったから良いけど、フロワはいいの? というかそもそも戦えるの?」
「愚問ですね。戦えなければそもそも私はここにいません」
彼女の返答、立ち居振る舞いは折れることのない鉄のように固く、まっすぐだった。
「さておしゃべりはここまでだ。そろそろ飛ばすぞ。二人とも、こちらへ来い」
その言葉に応えるように、彼女たちはアルメンの前に進み、立ち並んだ。
それからアルメンがやおらに二人へと手をかざし目をつむった。
「……転写!」
身の回りの空気の流れが一気に変わる。地下の少し澱んだ空気とは違う、少し湿気を帯びた空気。さざなみのような音が二人の耳に届く。
二人が目を開けるとそこには、そこは薄靄に包まれた湖畔の姿があった。
まだ完全に昇りきっていない太陽が、少しずつ白い景色を溶かしていく。
湖面の一部に太陽が照り返し、眩い光と共に、そこに立っている二人が映っていた。そして、そこには上空に開かれた”兆し”の姿もあった。
「確かに開いてるわね」
「気をつけてください。まだ完全に視界を確保した訳ではありません。すでにどこかに顕現している可能性もあります」
「わかってる。あなたは湖を、私は森の方を見るわ。見つけたら引き離しにかかるわよ」
「えぇ」
互いに背中合わせになるフォーメーションを取る。
静謐の時が流れ、どこからか小鳥のさえずりも聞こえてくる。互いに互いの視界の中で動くものを見逃さないように集中する。
いつの間にか薄靄は溶け切って、空には雲が流されている。流れる影が彼女たちの周辺を黒く濡らしていた。
その時、トリムは自分たちがいつの間にか影の中にいることで気がついた。
”影が動かない……?”
「フロワ、ここから離れて!」
二人がその場から離れた直後、頭上から何かが落下してきた。
体勢を立て直したフロワが見ると、そこにはゆうに三メートルを超える大きさの岩石が落下してきた。地面は大きく抉られ、反対に飛んだトリムの姿は全く見えない。
「接敵、上です!」
「わかってる!」
宙空には右腕が黒い鉱石のようなもので覆われている天使が、岩石の上に立っていた。
「名称確認、あれは、パワーです!」
「二人で挟み込みながら引き離すわよ!私がそっちに追いやって行くから!」
「はい!」
二人同時に反対方向に駆け出す。定位置についたと同時に、フロワが自動小銃を取り出し、牽制射撃を行う。
パワーは、微動だにせず、ただこちらに流れてくる弾丸を眺めていた。
三発が命中したものの、やはりダメージにはなっていない。
だが、それに気を取られている間に背後に飛び上がっていたトリムが首をめがけて短剣を振り抜いた。が、パワーはそれに反応し、振り向きながら右腕で庇った。剣は容易く弾かれたが、彼女はその攻撃時にガントレットから磁性弾を撃ち出していた。至近距離から放たれた弾がはパワーの右腕に食い込む。
「さぁ、こっちに来てもらいましょうか」
先に地面に着陸していた彼女が、パワーめがけて掌底を繰り出した。
直後、パワーは右腕に引っ張られるようにしてフロワの方へと飛んでいった。
空を切ったその攻撃はパワーには届いていない。彼女は撃ち込んだ弾の磁性を強化し、自らと反発させることでパワーを吹き飛ばしていた。
位置についていたフロワが空中で身動きの取れなくなっているパワーを狙撃する。 被弾したパワーの肩にはボルトが打ち込まれていた。それを確認したフロワが叫ぶ。
「マスター、今です!」
その声に呼応するように、ボルトから青い蝶が飛び立ち、フロワ、トリムの肩に飛来した。
次の瞬間、彼女たちは湖畔ではなく、広大な荒野へとその身を移していた。
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