第14話 「少女たちと人々」(2/2)
「さて、今回君から頼まれたものについてだけど」
バクーラがテーブルの上にいくつかのガントレットを並べ、彼女に見せる。
「スペアも作ってくれたの?」
トリムの発言に穏やかな表情を浮かべた後、彼はきっぱりと
「無理でした」
と発言するや否や頭を机に打ち付けた。
「ちょ、ちょっと、何もそこまでしなくても」
「すいませんごめんなさい申し訳ない」
平身低頭、一ミリも動かなそうな彼が頭をこすりつけながら続ける。
「どうやっても百メートル以上は無理でしたぁっ!」
「……やっぱりこの大きさだと難しいのね?」
「それもある! だがそれよりも大きな問題がある!」
「と、言うと?」
「これ以上射出機構を強化しようとするとめちゃんこめっちゃんこ重くなる」
「めちゃんこっていうのは、どれくらい」
「具体的に言うと十キロくらい」
「それは両手合わせて、よね」
「片手で、十」
「……」
鍛え上げた男性ならまだ行けなくはないのかも知れないが、彼女にとってはあまりにも重すぎる代物だった。これをつけながら戦闘するとなると、さすがに厳しい。
眼の前に並んではいるがそれが実用性欠けるものとなると彼女としては少しお預けを食らったような気分になる。
今回彼女が頼んでいたのはガントレットの射出能力の強化だった。
これは天使と戦ったことによって分かったことだが、持ち前の威力では磁性弾の威力が足りなかった。
「有効射程が数十キロもあるかもしれない相手に、六十メートルくらいしか飛ばない弾じゃいずれ絶対死ぬ」
彼女はそんな危機感を抱き、以前言われたとおりアルメンにねだってみたところ、このスクラプトリー開発所を紹介された訳だった。
身体をうねんうねんさせていたバクーラが突然上体を起こして、ガントレットの一つを手に取る。
「君のガントレットを調べさせてもらったんだけど、これには射出機構に加えて弾倉装填のスペースまで確保されてる」
「そうね」
「予め弾帯を腕に軽く巻き付けておくなりなんなりすれば弾を自動装填して発射する代物だ」
ガントレットをあちらこちらからさすっては指差し、手を引っ込めたと思ったら再び指差しを繰り返すバクーラ。
彼女は先ほどまで廊下で話していたときと一変した様子の彼に若干気圧されつつも、彼の話を聞いていた。
「この装填機構が意外にもスペースを取っている! そもそもガントレット自体君にも扱えるように軽量かつコンパクトにまとめられているからコレ以上になく機構がぎっちぎちなの!」
「うーん、やっぱりか。これ作ってもらったのだいぶ前なんだけど、結構時間かかったのよね」
「そうだろうとも! 尊敬に値すべき技術力だよこれは!」
「そっか、すごいんだ、コレ」
彼女は少し嬉しそうな表情を浮かべたが、そんなことよりも何よりも、と彼の話は続く。
「今回の射出機構の強化、これを自動装填機構をそのままにして行うと、限界は百メートルに少し足りないくらいだった」
「まぁ、それでも約二倍にはしてくれたんだし、私はこれでも―――」
「そこで!僕は自動装填機構を使わないタイプを開発してみた!」
「……おぉ」
「これがそのガントレットだ!」
机の下を何やらごそごそとほじくり返して彼が机の上に置いたのは、これまで使っていたものとある一点を除いて、見た目の変わらないガントレットだった、
「何、この横っちょについてる棒」
「よくぞ聞いてくれた!それが新たな装填機構だ!」
「もしかして、自分で装填するの?」
「そう!そのコッキングレバーを使って弾丸を薬室に送り込む!」
「あの、でも」
「これはガントレットの形をしたボルトアクションライフルとでも言うべき代物! 装填機構を簡単なものにした代わりに射出機構を大幅に強化! その射程、実に二百メートル以上っ、すごいっ!」
彼女の声は既に届いていない。彼は今、独特の崇高な世界にいるのだろう。たぶん。
熱に浮かされているような様子で話し続けるバクーラ。
「その射撃精度は小さな、ちぃーさな的にすら的中させる! さらに言えばこの補正具を使えば―――」
「本当に申し訳ないんだけど、戦闘中に自分でそれをやるのは難しいわ、私両手使って短剣握るし、そもそも一刀一槍が戦闘スタイルだし」
「え」
「だから、自動装填ってやつじゃないと駄目なの」
「……そっかー、せっかく作ったんだけどなー」
「悪かったわね」
のぼせ上がった頭に冷水をかけられた彼は途端に大人しくなった。心なしか先ほどよりも彼の姿が小さく丸まっているように見える。
「ということは、この百メートルしか飛ばないのしかないけど、……いいの?」
「言ったでしょ、それでも二倍になっただけ有り難いって。それで良いの、ありがと」
「……やさし。アルメンさんもこれくらい優しかったら……」
「何か言った?」
「いや、なんでも。それじゃあ今回の依頼はこれで完了で良いんだね? そうなんだね?」
「えぇ。お金はあとでアルメンの方から支払われるはずだから、よろしく」
彼女はテーブルの上からガントレットを受け取り、工房を後にしようとした。
「待って!」
「今度は何?」
「君が使うっていう磁性弾とやら、それはどこで手に入れたもの?」
「え、いや、それはあのー、作ってもらったのよ」
バクーラの質問にどこか怪しげなそぶりを見せながら答えた彼女は逃げるように去っていった。
「装備壊れたりしたらまた持ってきてねー!」
後ろの方からバクーラの声が響く。とりあえず、彼女の目下の問題はどうにか解決に至りそうだった。
フロワはとくに行くあてもなく、なんとなく街中を歩いていた。
少し日が落ちて、気温が下がった往来を行く人々の姿が目まぐるしく景色を移り変わらせる。
その中を歩いていくのは何となく辟易する気分だった彼女は脇にそれ、小道へと進んでいった。
「あ……」
ほのかに花の香りがして、通り過ぎようとした分かれ道を振り返る。そこには、誰かの背中に手を振るリリーの姿があった。
店に戻る間際、フロワがこちらを見つめていることに気がついたリリーは少し照れくさそうな笑顔を見せながら、こちらに手を振った。
フロワも軽く会釈をしたが、そのまま通り過ぎるのも悪いと思い、鮮やかな彩りの花々の方へと自然と足を向けていた。
「こんにちは」
「あら、来てくださったんですか?」
「えぇ、まぁ行くあてもなかったものですから」
「ということは、今日はお仕事お休みなんですか?」
「そういうことになりますね」
「へぇー。お仕事、何されてるんです?」
聞かれたフロワは戸惑った。この場合なんと答えれば良いのか。普段はアルメンから頼まれた雑務を色々とこなしているが、これといった特徴的なことと言えば……
”天使を倒してます”
言えるわけがなかった。ここイヴェル・ヴィレンスではその言葉はあまり良く思われない。大戦からしばらく経っているとは言え、未だ疑念が晴れていないのが現状だった。
「えーと、用心棒、ですかね」
「えー、用心棒! すごいですね!」
眼を輝かせた彼女は、フロワに興味を持ったらしく、色々なことを聞いてきた。
「こう、パンチとかで倒すんですか?」
「いえ、格闘術はそこまで得意ではないので……」
「分かった、剣術ですね!?」
「すみません、それも。私は主に銃火器を使用するんです」
「銃! カッコいいじゃないですか!」
こうして真っ向から褒められる経験がなかった彼女は、何となくこうして立っているだけというのは申し訳がない気がしてきて、相変わらず可憐な笑顔を見せながら話を聞いてくれるリリーにあることを頼むことにした。
「リリーさん」
「はい?」
「ちょっと見繕って欲しいものがあるんですけど……」
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