第51話 「対峙」
「―――来たな、来た、来た、来たぞ」
身体を揺らしながら囈語を紡ぐ王の目は虚ろで、その言葉と身体は肉に棲み着いた何者かの放つおぞましい気配を帯びている。
日が暮れる街の残骸、死にゆく人の欠片の一つ一つの赤が夕焼けを照り返す。
「ケルビムの、女は息災か」
「ケルビム?」
トリムとフロワが顔を見合わせる。
「ふん、知らないのか。まぁ別に構わぬ、構わぬ、ぅぅ」
こちらを見据えていたアルステマ王の身体が大きく捩れる。相反する魂が肉体の中で争っているようなちぐはぐな動きだった。
「あぁ、ぁ。あの時殺し損ねたのがこ、こっ、ここに来て我の前に立ちはだかるとはなぁ。してやられたよ」
「あの時……?」
「アルメンに聞かなかったのか。まぁ、あの女はそういう奴だ。何をするにも一人で馬鹿みたい抱え込んでは自分のせいにする」
その言葉にはどこか哀れみのような感情と、憎しみのような響きがあった。
アルステマ王は大きく身体を震わせると拳を地面に打ち付けた。拳から骨が飛び出し、血が噴き出す。もはやその肉体の制御はセラフィムの手に墜ちたようだった。
「馬鹿なんだ、馬鹿、愚かで弱いくせに、くせに、愚か、愚か……!」
何度も拳を地面に打ち付ける。川のように流れた血が転がっていたキューブの表面を赤く染める。それに目を落としていたフロワはそれが何であるかに気がついていた。
「あの兵器を使ったのか」
「兵器、あ、あぁ。人間は数が多くて五月蠅いからな。それにこうした方がお前たちも私を見つけやすいだろう?」
「貴様……」
「それに……」
既にアルステマ王の意識はない。亡王は凶悪な笑みをトリムに向けると心底楽しそうに彼の心遣いをひけらかした。
「私が悪であれば、お前は戦いやすいだろう?」
「……!」
気がつけば身体はアルステマ王へと走り出していた。空っぽの頭で短剣を引き抜いて、自分の心の中に生まれた疑念を獣性で掻き消す。怒り、憎しみ、悲しみ、形容出来ない何かが心の底でずっと渦巻いていて、身体はそれを忘れようと熱を帯びてアルステマ王の身体を貫く。
「そうだ、そうだ! その怒りを私に向けろ! 心臓を穿て! 痛みを私に刻みつけるがいい!」
身体を何度も切りつけられながらも笑い続けるアルステマ王。トリムの眼にはそれまでの戦いにあった理性は薄れ、これまでの何もかもに対する感情だけが炉心の火を強くしていた。
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