第50話 「誰がために」

「よもや逆探知するとはなぁ。天使というものは厄介な奴だなぁ」

 鐘の音と悲鳴の鳴り止まぬ街。仮面の男はフロワとトリムの放った攻撃により、その身体を貫かれていた。

「全く、面倒なことになった」

「これで終わりよ」

 男と対峙していたアルメンは腹部を押さえながらその様子を見つめていた。

「あの音が何だか分かるか」

 仮面の男は自分の身体から流れ落ちる血を見つめながら言う。フロワがより深くナイフを突き刺しても、彼は苦悶の声一つ漏らすことなく、淡々と話し続けていた。

「終わりだよ。そしてこの世界が生まれ変わる時でもある」

「は、何言ってるんだか」

「お前たちは知ってしまったからな。アルステマ王こそが、セラフィムだと。気づかれた以上、あれはどんな手段を使ってでもお前たちを殺すだろう」

「セラフィムの目的は何だ」

「さぁな。肉体を食い潰して飄々踉々とした挙げ句の果てに、人の王に憑いてまですることなど理解できるはずがなかろう」

「じゃああんたは何でセラフィムの味方をしているのよ」

「味方ではない」

 血の滴る拳を握りしめる男。血だまりに映った自分の姿を通して、彼はどこか別のモノを見ていた。

「では一体、何の為に」

「知れたこと。我が忠誠はアルステマ王、あの方の為だけにある。天使なぞ、知ったことではない」

「……どういうことだ」

 アルメンが立ち上がる。それからトリムとフロワに対して離れるように指示すると、仮面の男の元へと歩み寄っていった。

「どうも何もない。王は天使に取り憑かれた。それを救うべく動いていただけだ。それももう叶わないが」

「もう一度聞くぞ、セラフィムの目的は何だ。何も知らない訳ではあるまい」

 仮面の男の口から血が零れる。既に瀕死であるはずの身体は今もなお、血だまりの中で立ち尽くしている。

「お前たちはミュスティカイアで妙なモノと出会っただろう。あれは私の同型機だ」

「は、どういうこと?」

「ミュスティカイアは愚か者どもの夢想する街だった。人が天使になろうとし、天使は人になろうとした、そんな場所だった」

「そんなこと」

「無論叶わない。点滴石を穿つと言わんばかりに走り続けた結果、出来たモノは人でも天使でもない出来損ないだった」

 男は自らの身体に空いた穴に手を伸ばすと、傷口を押し広げるようにして身体を開いた。そして自分の体内へと手を伸ばすと内から輝く小さな宝石のようなモノを取り出した。

「私が生きているのは人とは違う肉体を有しているからだ。どれだけ血を零そうとも、この身体は死なない」

「じゃああの天使もまさか生きてるっていうの?」

「いや、それはないだろう。お前たちの見たとおり、ミュスティカイアがは天使化計画が外部に察知されることを恐れて作った機構だ。生きていたとしても、そこから出ることは叶わないだろう」

「じゃああなたはなぜここに……」

「逃がされたのさ。ミュスティカイアの実験体だった私を哀れんだアルステマ王によってね。爾来、私は王に忠誠を尽くすことを決めた。ここでそこの娘を連れ帰れば、アルステマ王の身体からセラフィムを引き剥がせると踏んだのだがな。自分の存在を知られた以上、あれは強硬手段に出るだろう」

 仮面の男は手に持っていた宝石を地面に落とすとそれを踏み潰した。小気味よい音を立てて崩れた石は散り散りになって血だまりの星になった。

「自決、したのか」

「お前たちと、それに他の天使と呼ばれるモノたちを、私、は、見てきた、が」

 みるみるうちに活力を失っていく言葉で男は話し続ける。その身体にはもう僅かな時間も残されていないことを彼女たちは悟った。

「―――存外、人らしい心を持っているらしい。勝手な、願いだが、王を楽にしてやって、くれ」

 それ以降、その身体は動かなくなった。


「この世界に残る天使はセラフィムのみ。即刻会いに行くべきだろう」

 アルメンの乾いた声が悲鳴に混じる。

「一つ聞きたいことがある」

「トリム……」

 フロワが不安そうな表情で彼女のことを見つめる。

「あんたは一体、何のために戦っているの」

「今さら何を」

「あんたは何のために戦っているのか聞いてるの。フロワを刺してまでセラフィムとやらと戦わせたがる理由はなんなのよ!?」

 何よりも強い怒りがそこにはあった。自分を捨てて、自分の友人を傷つけさせたことへの怒り。そして、ずっと何かに怯えながら一人で泣いていたあの雨の日の墓前の彼女との乖離。

「あんたは何の為に泣いていたの、何の為に私を戦わせるの、答えろよ!」

 叫びが辺りに反響する。アルメンは何も言わずに二人の方へ手をかざした。彼女の意図にに気づいたトリムが再び口を開こうとしたその時には既に彼女たちは別の場所に立ち尽くしていた。それまで命ある者として生活していた人々が辺り一面に散らばっている街だった場所には、空虚な目をした王が、一人立ち尽くしていた。

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