第4話 「彼女との邂逅」(2/2)

 それは青い閃光のような一撃だった。

「危ない……!」

 傍らでフロワが迎撃に移ろうとしている。だが遅い。権能を以て放たれたその攻撃は眼の前に立つ怨敵を貫くには十分。

「死ね……!」

 その一撃は彼女のこれまでの怨毒によるもの。彼女にとって親とは、殺意を向ける対象に他ならない。だが、彼女の権能により調整された刺突はその女の心臓を貫く寸前で停止していた。

「くそっ……」

「……中々、迫力があったな」

 涼し気な表情を見せる女。私の攻撃など意に介さない様子で彼女はそこに立っていた。

「何故、攻撃出来ないのか教えてやろう、トリム」

「何を……!」

 再び、もう片手に槍を取り出して薙ぎ払う。だがやはり先ほどと同じように彼女の首を断つ寸前で槍は止まっていた。

「お前には、生まれながらに制約がかけられているのだ」

「制約……?」

「そうだ。お前も私も、権能によって血縁の者を傷つけることは叶わない」

「そう、なら……!」

 ガントレットから磁力を帯びた小さな弾丸を撃ち出す。放たれた弾丸は彼女の首元を掠めて背後の玉座に固定された。

「ほう……?」

 興味深そうに私の動向を見守る女。どうやらあちらからは手出しをするつもりは無いようだ。それなら、一方的に殺すまでのこと。権能が防がれるのなら、それ以外の方法で首を跳ね飛ばすまで。

 強化した身体で回し蹴りを放つ。靴は放たれた弾丸と対称の磁性を帯びている。それぞれの磁力を権能で強化し、引き合う力によって蹴りの威力を上げる寸法だ。これならば、ただの死ぬほど威力の高い蹴りとして扱われるはず。速度を上げた蹴撃が女の頭を―――

「くっ」

 肉薄した一撃は、飛び出してきたフロワにより防がれた。

「落ち着いて話を聞け」

「―――っ」

 周囲の壁からはいつの間にか大小様々の銃が突き出していた。この状況で手を出せばこちらもただでは済まないだろう。そう踏んだ彼女は大人しく、武装を解いた。

「やっと話を聞く気になったか」

「マスター、油断なさらずに」

「油断はしていない。今の接近でやることはやっておいた」

 女が笑みを浮かべているのを確認した直後、私は自分の腕に違和感を覚えた。

「何?」

 右腕にはいつの間にか篭手のようなものが装備されていた。銀色の流線に青のラインが系統樹のように張り巡らされている。その"樹"の頂点部分には南京錠のようなデザインが施されていた。

「拘束具だ。それがある限り、お前は私に逆らえない」

「こんなものっ」

「無駄だ」

 女が右手を私にかざすと、拘束具が腕を締め付け始めた。それと同時に、"樹"はどんどんと私の身体へと根を張るように伸びていく。生命力が吸い取られているのだとすぐに実感した。

「その拘束具はお前の力を抑制する。私に逆らえば、お前はそれに命を奪われる」

「はっ、さすがは私を捨てた女ね。自分の子にこんなこと普通にするんだ」

「お前とて、自分の母親を殺そうとしただろう」

「それはあんたが先に私を……、うっ」

 根は腕から首にまで登っていき、私の首を締め上げんと力を増していた。

「もう分かっただろう。これでお前は私に逆らえないと」

「くそっ」

 癪に障るが、確かに彼女にはこの状況を打開するすべはもう無かった。権能は通じず、身体は拘束され、周りには今すぐにでも私の身体に風穴を開けようと、銃口が鎌首をもたげて待っている。

「……それで、何をさせるの」

「物分りが良くて何よりだ。それとも諦めるのが早いのか」

「どっちでもいいから早く要件を言いなさいよ」

 女は鷹揚に頷いた。傍らにいるフロワも、それを見て緊張を解いた。周りにあった銃もいつの間にか消えている。

「アルメン」

「え?」

「私の名だ。覚えておくといい」

「あんたの名前なんか―――」

「憎むべき敵だろう?名前くらいは覚えておいても損はないと思うが」

「……はいはい、アルメン、アルメンね」

「よろしい」

 女は満足げな表情を浮かべたあと、ゆっくりと玉座に腰を下ろした。一つ、大きく深呼吸をしたアルメンは、私を正面に見据え、やおらに口を開いた。

「お前にやってほしいことはただ一つ」

 その言葉を発する直前に、私は彼女の顔がやや引きつるのを見て取った。だが、その表情はすぐに厳命を下す戦士としての勇ましい表情に塗り替わった。

「天使を、殺せ」

 これが、彼女から言い渡されたオーダーだった。

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