第3話 「彼女との邂逅」(1/2)
仄かなネオンの明かりが、古びた階段を照らす。
纏わりついてくるような湿気の中、私は目下のところ謎の女性に連行中。辺りには私と彼女の呼吸音だけが響く。私の心臓の辺りが仄かな熱を帯びる。これは緊張か、それとも―――
「どこに連れて行く気なのよ」
「今にわかる」
相変わらず無愛想な返事だ。どう考えても仲良くなりましょうとかそういう雰囲気ではない。
階段を降りた先、鉄扉を開いた彼女は、いささかの緊張感を声に滲ませて主への帰還を伝えた。
「ただいま戻りました」
「よくぞ戻った、フロワ」
しばらく薄暗い道をあるき続けていたからか、突然の明かりに目がかすむ。淡い緑の照明が所狭しと並んでいるその中央に、彼女の名を呼んだ主がいた。
青と白の美しいコントラストを身に纏う女性。フロワと同じ形状の仮面をつけているが、薄く目の周りが青白く隈取のように塗装されている。彼女が私を指差す。私は彼女の一挙手一投足に撞鐘の音を聞いた。もちろんそれは気の所為なのだが、彼女の動作には独特の雰囲気があった。
「おかえり」
鉄塊の如き玉座に座す彼女からはこの場に極めて似つかわしくない言葉を"私"に向けて放った。あまりの荒唐無稽さに思わず笑いがこみあげてくる。
「おかえり?何も言わずに人を誘拐しておいて言うのがそれ?」
侮蔑するように吐き捨てた言葉は、
「トリム」
直後に返された言葉によって掻き消えた。
「なっ……!?」
深い湖のような瞳が私を見つめている。
「なんで、私の本当の名前を……」
「フロワ、本当に何も伝えてこなかったようだな」
「言ったところで信じるはずもないでしょう」
「それもそうだ」
鷹揚にフロワと呼ばれた少女の発言を受け止めると、彼女は再び私に視線を向ける。
「あんた達、一体」
私の本名を知っている。それだけで警戒するに足る。それはつまり、私がどんな存在なのか知っているということ。私は自分自身の慢心を呪った。
「力はすでに戻っている。だが、ここまで使わなかったのは何故だ」
「さぁね、ほんと、何でさっさと使わなかったんだろうね」
やはり、私の力のことも知っている。
「まぁ、こちらとしては助かったが。もとより危害を加えるつもりはない」
私は何も答えなかった。というより、何を言えば良いのか、思考し続けていた。こちらの情報が割れている以上、迂闊な発言は出来ない。相手の真意も分からない状態で下手に動くのは下策にすぎる。
私の沈黙を見て、彼女は何かを思い出したかのように口を開いた。
「そうだ、お前の質問に答えるべきだったな」
「何……?」
「私が何者か、教えよう」
やおらに両手を広げ、立ち上がった彼女は笑みを浮かべながらその言葉を口にした。
「私は、お前の母親だ」
その呪わしき言葉を。
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