第2話 「異変」(2/2)
拍手喝采。人々は彼女の偉業を讃えた。
そうだったら彼女は幸せだっただろう。現実はそううまく行かない。人々の目は歓喜と興奮ではなく、恐怖と狐疑によって彼女に向けられていた。
天使。天より神の御使いとして人間と接触する存在、ないし霊的、超自然的存在として人々に知られている。加えて言えば、この世界においては天災として恐れられている存在。
かつて、天使は聖なるもの、善性の存在だとされていた。だが、いつからか私達は彼らの存在を忘れ始めた。人々の信仰により支えられていた善性は、人々の無関心によって灰になった。
要するに自業自得だとも言える。だが、超自然的存在を自分たちの信仰によって調節しているなどということは誰にも想像できなかったことだ。仕方がない面もあるが、その仕方がなかったことで空が裂けたり、炎の雨を振らされたりしてはたまったものではない。信仰は憎しみへと変わっていき、それに応じるように天使もより醜悪極まるものになっていったという訳だ。
だから、人々の彼女に対する視線はこの世界にとっては当たり前の反応だった。それを彼女自身もこれまでの人生でよく理解していたはずだった。
「はぁ、また引っ越さなくちゃなぁ………」
深い溜息と共に、彼女は諦念の表情を見せる。
「ユズハさん……、あなたは……」
「っ、セイラさん、なんでここに」
彼女の視線の先には、他の人々同様に怯えているセイラの姿があった。彼女はユズハが今請け負っている案件の仲介人だった。
「……バケモノッ」
「待っ、……」
セイラはその一言だけ呟くと、彼女に背を向けて、人混みの向こうへと去っていった。セイラはここら一帯の企業に専門者を斡旋するエージェント。つまり、これで彼女はここら一帯での働く伝を失ったことになる。
「ようやく見つけたわ」
声がした。透き通るような声。心地よい音が彼女の耳に届く。セイラが去っていた人々の波の向こうから、一人の女性がこちらへ歩み寄ってくる。
「今度は何……」
彼女の前に現れたのは仮面をつけた男装の女性だった。独特の雰囲気を纏う彼女は、近づいてくるや否や力づくでワタシの腕を引っ張り、どこかを目指してあるき始めた。
「ちょっと、あなた何なの、誰なのよ」
腕をほどこうとするも細腕の彼女は意外にも力が強く、身体はどんどんと引っ張られていく。
「ちょっと、痛いんだけど。それと説明してくれてもいいんじゃない?」
「大人しくついてきて」
彼女が答えたのはそれだけだった。ごちゃごちゃ文句をいったところで彼女は何も答えるつもりがないようだった。だんだん自分が馬鹿らしく思えてきた私は大人しく彼女についていくことにした。力が戻るのはしばらく先のことだったというのも理由の一つではあるが。
あの人混みがずいぶんと遠くに見える。それなりに落ち着いてきたのか、人々はそれぞれの日常に帰ろうとしていた。中には天変地異の場を名残惜しそうに見つめている物好きな人々もいるようだったが。
薄暗い路地裏に連れ込まれた私は、仮面の奥の瞳を覗き見る。こちらの視線には気づいているだろうが、彼女はこちらの存在を意に介さない。
彼女が歩いていくのは人の生活の間にある伽藍堂の小道。引き込まれていく先で彼女が苔だらけの煉瓦壁に触れると、がこん、がこんと音をたてながらレンガが組み変わり始めた。みるみる形状を変えていき、音が鳴り止む頃には地下へと通じる階段が現れていた。
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