第28話 「小さき声」
「行ってらっさい」
いかにも心の籠もっていない声を背に受けて、二人は晴天の下へと歩みだす。
明るくなれば街の雰囲気も少しは変わるかと思ったが相変わらず人の数はまばらだった。
だが見方を変えれば閑静な街として捉えられるかもしれない。
実際、宿場町だったとは思えないほど看板の数は少なく、ただの寂れた住宅街のようにしか見えないその街の中を歩く。
彼女たちはしばらく通りに出て雑踏を観察しようとしたものの、雑踏と呼べるほどの人が表に出てくることがなかった。
「これはアプローチを変えたほうが良さげね」
「昼間ならとも思ったのですが、そう簡単には行かなそうですね」
「ここまで人通りが少ないとはね」
だが、それ故に誘拐した子供を連れてくるのは容易なのかもしれない。夜のうちであればほとんどの人間が気づかないだろう。昼間往来にそういった事をしていれば少しは誰かに目につく。
「なんというか、ここの人達はあまり表立って関心を示しませんよね」
「私達がよそ者だからって訳でもなさそうなのが厄介、か」
行き会う人らが挨拶を交わすこともなく、常に何かに怯えるように下を向いて歩いている。雲一つない空だというのに見せる表情はどれも曇りきった辛気臭い顔ばかり。
この街の成れの果てと、人々の思い描いていた理想をぐちゃぐちゃに混ぜ合わせてしまったような雲が心を満たしている。
「……あの人、こっちを見ています」
囁くフロワの視線の先にいたのは、チラチラと顔をのぞかせている人の姿だった。
「私達、生命を狙われるようなことしたかしら」
「そんな訳無いでしょう」
「冗談よ」
「殺し屋が気配を悟られるような真似をしますかね」
「さ、さあ?」
二人が話している様子を興味深そうに見つめているが、こちらが気づいている事にも気づいていない。
「よそ者が珍しいんじゃない」
「いっそのこと、あの人に話を聞いてみるのも一つの手なんじゃないですかね」
そう言うやいなやずかずかと人影の方へと歩いていくフロワ。
見つめてくる人間はそれに気づいたようで、慌ただしくその場で足を動かしたが何故かその場から走り去ろうとはしなかった。
「こんにちは」
「な、なんだい」
彼女が話しかけると見るからに挙動不審な様子でせわしなく動き始めた。
身振り手振りをしながらフード姿の影が地面に踊る。
「なんでこっち来たんだよぅ」
「あなたがこちらを見ていたので気になって、つい」
「見てないよぅ」
言葉の節々に感じる幼さが、その挙動によってより子供らしい雰囲気を醸し出す。実際のところ、背はフロワの胸の高さぐらいしかなかった。
「どうだった?」
後から追いついてきたトリムが顔を出す。それに怯えるように大きく飛び跳ねたその肩は彼女たちと同じくらいか、それよりも細い。
「何故、こちらを見ていたのですか」
「まぁまぁ、直球で聞いても答えるわけないでしょ」
そう言ったトリムは最初から子供だと分かっていたかのように、フードの子よりも視線が下に来るようにしゃがみ込んで話始めた。
「君、申し訳ないんだけど少し聞きたいことがあるんだ。いいかな」
彼女の優しい声音に少し落ち着きを取り戻したのか、フードの子は両手を固く握り締めながら小さく頷いた。
「ありがとう。簡単に聞くとね、最近変わったこととかあった?この街っていつもこんな感じなの?」
「いつも、こんな感じ。でも昔は違ったみたいだけど」
「それは誰から聞いたの?」
「おばあちゃんから」
「ふむ……」
「いつ頃から変わったかって聞いた?」
「わかんない。けど最近はまたひどくなったって言ってた」
「最近?」
「ここ二、三年は街が儚くなったって。ぼくは前のこと知らないからわからないけど」
「そっか……」
フードの子は落ち着いた様子で話していたが、時折フロワの方を見るとすぐに視線を反らしていた。
それをされる度にフロワは怪訝そうな表情を浮かべ、ついには何か自分が悪いことでもしたかと思ったのか、不安そうな表情を浮かべて視線を泳がせるようになった。
それを見たフードの子は先ほどまでの状況とは打って変わって落ち着きを取り戻し、トリムとの会話の声音も子供特有の朗らかなものになっていった。
「おねえさんたち、どこから来たの?」
「私達はバウンダリから来たの」
「へぇ」
「分かる?」
「わからないけど、多分遠いとこだよね」
「まぁね」
フードの子は控えめな笑い声を上げた。
「僕てっきり、ゼクスタの仲間かと思ったよ」
神話に等しい、神秘の街の名を、フードの子が安堵と共に吐き出したのはちょうど陽が頂点に辿り着こうとしている頃の話だった。
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