第16話 「天使探索」

 二人の少女の駆ける足音が狭い通路にこだまする。その音は玉座に座るアルメンの耳にも届いていた。

「来たな」

「今回は遅れてないわよね」

「近くにいる時で良かったです」

 彼女達がアルメンの前に並び立つ。落ち着いた様子で二人がアルメンへの指示を仰ぐ。

「いや、今回はまずい状況にある」

「……というと?」

「イヴェル・ヴィレンス領土内、ここから十五キロ先の北に位置するゼクスタにいた諜報員が”兆し”発見の知らせを寄越してきた」

「遠い……」

「今回は私の力でも直接飛ばすことが出来ん。加えて、現れたのは街の上空。時間から考えて、すでに天使が攻撃を開始している可能性が高い」

「ならここで話している暇はないんじゃない?」

「その通りだ。今すぐに射程限界地域にお前たちを転写する。到着次第すぐに現地へ向かえ」

 自体は急を要する。天使の力は計り知れない。到着した時にはすでに街全体が灰燼に帰している可能性もあった。

彼女達はアルメンの前に並び立つと、その背を彼女に向けた。

「領域固定、接続」

 アルメンの右手がフロワに、左手がトリムの背中に触れる。

目指す先はここより北に位置するゼクスタ周辺。射程限界付近への転写は精密な調整が効かない。

「お前たち、まずはアンブール山を探せ。ゼクスタは霊山信仰の街。山は街からほど近い場所にあったはずだ。四ツ峰の山だ、いいな!」

「はい!」

「分かってる!」

「よし、行け―――!」

  身の回りの空気の流れが一気に変わる。地下の少し澱んだ空気とは違う、冷感の空気。やまびこのように微かな鳥の鳴き声が二人の耳に届く。

二人が目を開けるとそこには、そこは深緑に包まれた鬱蒼とした森林の姿があった。

 完全に昇りきった太陽の光が、背の高い木々のつける葉によって遮られる。その影は刺々しく、幾重にも重なり、深い闇へと二人を誘っている。

「まずは山を見つけないとね」

 斥力で樹の頂点まで飛んだトリムは辺りを見回し、その姿を探る。


「あった!ここから……えーと?」

 下にいたフロワが頭上の彼女に向けて声を上げる。

「トリムさん、磁力を抑えられますか」

「え」

「方位磁針が磁力の影響で狂ってしまっているんです!」

「なにそれ、最初から持ってるなら言ってよね」

「あなたが早すぎるんです。それで、元に戻せますか?」

「元に戻しちゃったから、こうなってるの」

「はい?」

「んー、とにかく、今はここから離れるしかないわ。幸い、山の方向は見えた。ついてきて!」

「あ、ちょっと!」

 森の中へと消えていくトリムの背中を追うように、フロワも駆け出す。

「―――?」

 その森に入る間際、彼女は一瞬、何かが視界の端で動いたような気がした。

「早く!」

 遠くからトリムの声が響く。その声に引きずられるように、彼女も森の中へと入っていった。


「どう、元に戻った?」

「いえ、まだ先ほどいた方向を指していますね」

 隣を走っているフロワの視線が痛い。

「……ごめんってば」

「いえ、別に怒ってませんが」

「そ、そう」

 普段から敬語で物静かな彼女は怒っているのかどうか判断がつきにくい。それでも何となく、怒っているような気がしてならなかった。


ふと、走っている最中、フロワが隣で小さく声を上げた。

「戻りました!」

「ほんと?」

「えぇ。今度は私が見てきます」

 そう言うと、彼女は頭上の樹にマーカーをセットすると、音もなく眼の前から消え去った。

それから数瞬のうちに彼女は戻ってきた。

「この森を北東の方向ですね」

「分かった、北東ね」

「間に合えば良いのですが…」

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