第38話 「選択」

「見つかりませんね」

「さすがにこの中から探すのは難しいか」

 圧縮された巨岩の傍ら、押し潰された街の残骸の中に佇むトリム達は天使討伐の際に出現する果実を探していた。

街一つ圧し潰す巨岩の中心にいるであろう天使は恐らく既に死んでいるだろう。そう思って彼女たちは果実が無いか探してみたものの、やはり見当たらなかった。

「岩を割るのは」

「さすがにねぇ」

 いくら磁力を強化する能力を有していたところでそこまでの破壊力はない。これを砕くにはそれこそ大量の爆弾が必要になるだろう。

「封印、と言っても良いかもしれませんね」 瓦礫を足でのけながら、フロワが言う

「そうね。まぁ、あれがなにかの拍子に誰かの手に渡ることがなければそれほど問題でもないのかな……」

「結局、あの果実の正体が何であるか分かっていませんからね……」

「天使が回収しに来るってことはあるのかな」

「……無いとは言い切れなさそうですけど」

「こればっかりは仕方がない。本来の目的からもだいぶそれちゃったし、一旦帰ろう」

「えぇ」

 瓦礫の山を下る二人。廃墟は廃墟としての形すら保てずに、この大地に埋葬された。

これによって、実質あの地下空洞に入る方法も恐らく無くなっただろう。

二人が街を後にしようと森へ向かう途中、森の奥から一つの人影がこちらに向かって歩いてきているのに二人は気づいた。

「先ほどの騒ぎを聞きつけて来たのでしょうか」

「さぁね。どちらにせよ物好きなやつには変わりなさそうだけど」

 道は一直線。このまま歩けばその人影が何者なのかはじきに分かる。そうして二人が出会ったのは腕に赤い花のタトゥーを入れた男だった。


「どうも、お嬢さん方ぁ」

軽薄な口調と仮面の奥に全身を舐めるように見つめる眼を持った男。

トリムはその男の腕に刻まれている花の名をすぐに看破した。

「カエノメレス?」

「あぁ? なんで知ってんだ?」

「腕についてるでしょう」

「腕?」

 男は自分の腕を見ると、合点がいったように笑い、その花を恭しく撫でながら言った。

「あぁ、そう。そうだよ。私はカエノメレスの祭司、ひひっ、なんつってな」

「……何、こいつ」

 心底馬鹿にしたような調子で一人笑い続けている男は何も見ていないようでその実、彼女たちのことを観察していた。

「こんなとこ、何の用事があって来たのよ」

「何って、そりゃああんな大きな音を立ててたら誰だって気になるでしょうよぉ」

「この先には何も無いですよ」

「ほほぉ、何も無い。何も無いかぁ。それは困ったな、困ったなぁ!」

 わざとらしい態度と身振り手振りを添えながら男は悲しむような真似をする。

「でもまぁ心底どうでもいいなぁ」

 男の纏う雰囲気が一変し、熱を帯びていた口調は一気に冷え切ったものになる。

それを見たトリム達は自然と身構えていた。

「もう一度聞くけど、目的は何」

 フロワはホルスターに手をかけた。この距離ならギリギリこちらが相手を撃ち抜くほうが速い。相手が突っ込んできても発砲してから凶刃を躱す余裕はあるだろう。

トリムも腰にある短剣をいつでも抜けるように体勢を整えているのがフロワには分かった。

一方、男はそれを知ってか知らずか、へらへらと笑いながらこちらへと一歩、また一歩と歩みを進める。

やがて、当初の半分まで歩いてきた男に対して、フロワは拳銃を抜いた。

「止まれ」

 それを見た男は大げさに眼をまんまるに開いて驚き怯えるような素振りを見せる。

「分かった、分かったよぉ。止まるから撃つのだけはやめてくれよぉ」

 歩みを止めた男は手をすり合わせながら一歩退いたあと、

「そんなことをしたらお父さん、どう思うかなぁ。フロワちゃん」

確かに、フロワの名を口にした。

「こいつ、なんで名前を」

 隣りにいたトリムも剣を引き抜く。素性の知らない相手への警戒態勢は極限まで引き上げられていた。

ガサリ、と落ち葉が踏み鳴らされる音がした。

 トリムが音の方を見ると、そこには拳銃を落としたフロワが蒼白な顔をしながら立ちすくんでいた。

「……フロワ?」

 それを見たトリムは眉をひそめ、男の口元は歪んだ。

「お父さん……?」

「そう、そうだよぉ」

「……っ!」

 そう言いながら近づいてくる男からフロワを庇うようにトリムが立ちはだかる。

「おっとっと、おっとー?」

 終始ふざけた表情を浮かべていた男は彼女の背後にいるフロワを覗き見ようとする。

「―――が」

 トリムは後ろのいるフロワが何かを呟いているのを一部だけ聞き取った。

 震える声は徐々に大きくなっていき、譫言はついに言葉となって男へ放たれる。

「―――お父さん、生きているの?」

 それを聞いた男の顔がより一層狂気を帯びた笑顔を見せる。

「そう、お父さん生きてるよぉ。会わしてやることだって出来る」

「本当なの……!?」

「ちょっと、フロワ、落ち着いて」

 そう言ったものの、トリムは自分の言葉が既にフロワに届いていないことを彼女の表情から悟った。

「どこに、どこにいるの!」

 嘆願の声は悲痛な響きを伴って森の中に響き渡った。

「まぁまぁ、落ち着けってぇ。その前にこっちの条件を聞いてもらわないけんのよ」

「条件……?」

 男はもったいぶるような様子でいつまでも「どうしようかなー」と一向にそれ以上話を進めなかったのを見たフロワの精神は既に平常心を保てていなかった。

「はやく!何をすれば会えるの!?」

 子供のような急かす声が彼女の口からこぼれた時に男は笑みとともにその条件を突きつけた。

「条件は、天使狩りをやめること、だ」

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