第19話 「消えた街」

 書斎に一人、いつものようにアルメンは机に向かっていた。

「ゼクスタが消えた……?天使が創り上げた虚構だったと言う訳か……?」

  元来、ゼクスタは外部との関わりの一切を断っており、人々の巷間で流れているのは噂程度のものだった。

アルメンの持っていた情報は過去の文献を漁った時に見つけたものだったがそれも記述されていると言っても数行程度のものでほとんど神話のような存在に近いものだった。

だが、存在しているということは確かなようで、何百年、何千年という時を経てもなお、その街の名前は生き続けていた。

さらにその存在を保証するように、各地でゼクスタへ農作物を輸出したという行商記録がいくつか残っていたのだが、それを担当した人間が一人残らず行方不明になっていた。

実際に捜索願いが出されている以上、ゼクスタが存在していると考えても良いだろう。 その街を神話たらしめているのは、彼女達が踏破したあの森だ。曰く、迷いの森とも言われているらしく、神話を引きずり降ろそうと試みた人間の尽くを樹海の中で彷徨させるという話もあった。

そういったゼクスタ周辺に配置していた”眼”が一報を寄越したのは彼女としても想定外のことであった。


そして、今回の天使顕現にはいくつかの謎が残されていた。

まず始めに、顕現してた天使がすでに何者かにより瀕死の状態に追いやられていたこと。

傷つけること自体は可能だが、一歩も動けない状態にまで追い詰めるとなると、権能の力が必要になってくる。つまり、アルメン達以外の何者かが、天使狩りを行っているということになる。

次に、ゼクスタの街、その住人、加えて近辺の森林が天使消滅とともに消え失せたということ。

 トリムが言っていた、森への違和感は、もしかしたら迷信と何らかの関わりを有しているのかもしれない。

 次に、こちらに報告寄越した”眼”の消失。

一報を残した男は、トリム達が捜索したが発見されることはなかった。戦闘に巻き込まれたというのも考えられるが、フロワは、不意討ちのような形で一方的に攻撃されたかのような状態だったと言っていた。それを示唆するように街には戦闘の形跡がなかった。

そして最後に残されたのが天使の目的だった。

 何故、天使は街を維持していたのか。一度発動させれば持続的に世界に残り続けるのは権能ではない。

文献の通りなら、数百年前に顕現して以来、ここまでずっとその権能に類似した力を維持していたとも考えることが出来る。それはもはや、神の御業に近いものだった。

加えて、天使がトリムに言った言葉。


「―――私達は、何だ」

「―――お前は、何者だ」


 この言葉が何を指しているのか。それが全く見当がつかなかった。

今回の天使顕現は様々な可能性を浮かび上がらせた。

もし、天使が数百年前にすでに顕現していたとしたら。

「だが、そうだとしたら何故数百年の間、何も動きを見せなかった……?」

 天使顕現が顕著になったのは神威大戦、今から約三十年前だ。そこに至るまでの間、天使達は今のように力を振るうことはなかった。

「これは、私達の記憶に関わる話なのかもしれないな……」

 アルメンは記憶を失っていた。

自分自身が、天使だったということは知っている。その記憶も有している。

だが、今に至るまでの過程の記憶が朧気になっていた。 文字がかすれて見えなくなったかのように、「私」を形成するその道筋は消え失せて、その轍に退っ引きならない生きる意味が轢き潰されている。

 ”私は何を恐れていたのか”

「私は何の為にここへ……」

 どんなにページを捲り続けても文字の海の中にはそれは見当たらない。

「私達は何なんだろうな、トリム」

 その言葉は誰にも届かずに、吹き溜りに転がっていた。

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