第12話 一進一退
部室に戻ると、真っ先に目に入ってきたのは、着物姿の水ノ橋さんだった。
「え……?」
俺が放心していると、祐樹がすかさず水ノ橋さんに話しかける。
「うっわー! すっげぇ似合ってる。さすがお嬢様。どっかの誰かさんと違って、様になってるなぁ」
祐樹の、おそらく三河への嫌味に、衝立の向こうで着替えていた三河が、隙間から顔を出す。その顔は膨れていた。
「何か言ったかなぁ? 朽木くん」
「べっつにー! ただ水ノ橋さんすごい着物似合ってるなって、話してただけ。お前には関係ねーよ」
「朽木くんはホント嫌味な奴だよねー」
「今更、気づいたか」
けけっと、祐樹が笑う。自覚があったのかよ。
三河は着替えが終わり出てくると、水ノ橋さんを隣に並ばせた。ここに瀬戸先輩でも居れば、すぐさまシャッター音が聞こえてきそうだった。
正直、三河の着物姿は色が違うとは言え、何度も見ているので特に何も思わなかったが、水ノ橋さんの着物姿は始めてみたので、祐樹も言っていたとおり、彼女の雰囲気と、着物がマッチしていて、様になっていた。
「さー。これから帰る人たちをとっ捕まえて、じゃんじゃん、勧誘するわよ!」
三河が声を張り上げて言った。
「着物に着替えた意味は?」
俺が聞くと、三河は両手を腰に当てて言った。
「この姿でなら、部活の雰囲気とか、色々掴めるでしょ? 頭を使いなさい、頭を」
……掴めないと思うんだがな。
三河は半ば無理矢理、水ノ橋さんを連れ立って校内をうろうろしだした。俺たちも渋々付いていく。
「ちょっと。あんたは付いてこなくて良いのに」
三河が嫌そうな顔をして、祐樹の方を見る。
「いやー、何か面白そうだしな」
そう言って、祐樹がにやにやと笑う。
俺は横を一緒に歩いている水ノ橋さんを一瞥する。とてもおしとやかな歩き方で、本当に様になっていた。どこかのお城のお姫様みたいな雰囲気を漂わせている。足元は下駄が調達できなかったので、ローファーのままなのだが。
今度は下駄も持ってこよう。
俺は心にそう決めて、視線を前に戻した。
「あ、そこのお嬢さん! 和道部に入らない?」
まるで若い子を見つけたおっさんのような目をして、三河が見つけた帰宅組の女子に片っ端から声を掛ける。
「和道部? 聞かない名前だね」
知ってる? と、女子グループ何人かで首を傾げる。
「新しく作ったんだ! 良かったら、ね」
声を掛けたのは同じ一年生らしく、すごくおどおどしていた。俺たちが先輩だと勘違いしたんだろう。
「何で着物着てるんですか」
「ふっふーん。和道部に入ったら、着物着放題なんだよ! どうよ! タダで着れるなんて、素敵でしょ?」
「えー。あたしそんなに興味ないし」
「私もー」
女子たちが全員一致でお断り。三河は肩を落とした。
「……何で?」
誰に声を掛けても、興味ない。部活はイヤだ。と言われ、結局今日の収穫はゼロ。
「何で何で何で!?」
三河が俺の肩を両手で揺さぶる。
「女子ならみんな憧れるでしょ!? 着物よ。着物。着たいと思うと思ったのに。何で!? 何で誰も入ってくれないの」
「何でって、言われてもだな……」
俺は困惑した顔で、三河をなだめる。
「あのな、着たいと思って着てるのは、お前だけなんだよ。水ノ橋さんだって、着たいって言ったのか?」
俺が水ノ橋さんを見ると、彼女は静かに首を横に振った。
「ほら、言ってないだろ? 三河、自分の意見を他人に押し付けるな。迷惑かもしれないって、少しは考えろ」
俺が言うと、三河は押し黙った。少しだけ頬を膨らませて、どうやらすねてしまったようだ。
「くくっ。怒られてやんの」
祐樹が皮肉に笑うと、三河は祐樹の腹部に軽くパンチをして、その後はヨタヨタとした足取りで、部室に一人で戻っていった。
「言い過ぎたかな?」
「まさか。あれぐらいで凹むたまか? 俺はむしろ、お前が怒ったことに驚いたよ」
「え?」
俺は不思議そうな顔で、祐樹を見た。
「いつもあいつの言いなりに行動してたお前が、さっき始めてあいつにたて突いたんだぜ? 大きな進歩じゃん」
祐樹は俺の背中をぽんと叩く。
「……私」
それまで口を開かなかった水ノ橋さんが、口を開いた。
「私、着たいとは言っていませんが、着たくないとも言っていませんよ」
誤解しないでくださいと、水ノ橋さんは言った。
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