第33話 愛をこめて

「うおー。すげぇ」


 文化祭前日、水ノ橋さんが届いた焼き物と染物を持ってきてくれた。


「アレがこんな硬くなるのカ」


 マルクが自分の作った焼き物のお椀を持ちながら、その硬さを確かめるために片手でお椀を触る。


「一応全部成功? よかったな」 


「はい。三河さんも見に来れるとよいのですが」


 水ノ橋さんが少し残念そうに言う。


「それは無理だと。今日は最後のリハーサルだって言ってたし」

「そうですか。まさか三河さんが演劇部の助っ人に行ってしまわれるとは思わなかったので、あの時は驚きました」

「すみません」

「あなたが謝ることじゃないですよ」

「はい」


 俺は苦笑いをすると、部室の壁掛け時計を見た。時刻は午後四時過ぎ。


「あの、ちょっと俺今日はやめに帰りますね。配置は明日の朝で。それと、明日は演劇部の公演見なきゃならんので、時間になったらお開きってことで」

「分かってます。では、また明日」

「ばいばーい」


 俺は部室に水ノ橋さんとマルクを残して、急ぎ足でとある場所へ向かう。


「あ、やっぱり今日も来てた」

「うあー。びっくりしたですー。どうして分かったんですかー?」


 中庭のベンチに座って、一眼レフカメラを空に向けていた少女を、俺は二・三日前に見つけていた。


「来ちゃダメじゃないっすか」


 一応注意。二年生は学年閉鎖中だ。


「いやー。落ち着かないのですー」

「大丈夫なんですか?」

「何がですー?」

「いや、こう、事故のショックとか色々と」

「私が事故したわけじゃないですからー。大丈夫に決まってますよー」

「そ、そうですか。ならいいです」


 この人と話すと調子が狂う。話し方のせいなのか。


「私も混ざりたかったですー。まさか追い出されるとは……。ショボーンですー」


 残念そうな顔をして、瀬戸先輩が言う。


「仕方ないじゃないですか。二年生はいくら元気でも、準備には参加したらダメなんですから」

「むぅー」


 瀬戸先輩が頬を膨らませて拗ねる。


 本当にこの人は俺より年上なのか時々疑いたくなる。


「でー。何の用なんですかー?」


 瀬戸先輩が突然、俺に向かって言う。


「何か用があってわざわざここまで来たんですよねー?」


 おお、鋭い。


 そう、俺は用があって瀬戸先輩の元にきた。


「実は、三河が文化祭で演劇部の助っ人をやることになって、今リハーサル中なんですけど。で、その演劇部の公演の、写真を撮ってくれないかって頼みに来たんです」

「助っ人ですかー。初聞きですー」


 瀬戸先輩が驚いた顔をしている。


「まぁ、しばらく会ってなかったですから」

「ですねー。はぁー。でもそんなの頼まれなくても、写真部は毎年演劇部の公演の写真とかビデオとか撮る人がいますからねー。その人たちに任せておけばー」

「違うんです」


 俺は言った。


「違うんです。それはそれでいいんですけど、違うんです。瀬戸先輩が撮った、三河椿の写真を、俺は見たいんです」


 俺は強く言った。


「他の誰かじゃない。瀬戸先輩が撮った三河椿を俺が見たいんです。他の誰かじゃダメなんです。残してやってほしいんです。三河が一番輝いている瞬間を」


 瀬戸先輩が、目を丸くして俺のことを見ている。


「ふーん。君島くんも言うねぇー。いいですよー。その代り、今から私の質問に答えて下さいー」

「え?」


 瀬戸先輩が急にそう言ったので、俺は首を傾げる。


「なぁに、簡単な質問ですよー。誰も損はしない質問ですー。君島くん? 君島浩彦くん? 君は、三河椿ちゃんのことが好きですかー?」

「はい」


 俺は思わず肯定する。


「て、え?」


 俺は自分で言って、自分で慌てる。


「その、今のは人間としてってことで。別に異性として見てるとかそなっことは」


 瀬戸先輩が、不敵な笑顔を見せる。


「あ」


 これ以上言い訳したら、確実に最悪なことになる。そう思った俺は、押し黙った。


 認めよう。俺は三河椿のことが好きだ。


 うわ、自覚したら顔が熱くなってきた。


「ふーん。やっぱりそうですかー。うふふふー。そうじゃないかと思ってたんですよー」

「あの、瀬戸先輩。このことは」

「分かってますよー。私はそんなに意地悪じゃないですからー。でも、何で私の写真なんですー?」


 二個目の質問じゃないのかそれ。と思いながら、俺は答える。


「愛を感じるから」

「ふむー。確かにいつも愛を込めて撮ってますー」

「うん」


 三河が一番綺麗に映っていると思うのは、彼女がいつも撮る三河の写真。思いの込め方が違うから、他の写真よりずっと良いと思った。


 何より、三河の表情が幸せそうだった。


「あ、そういえばこれー」


 突然思い出したように、瀬戸先輩が鞄から何かを取り出して、俺に渡してきた。


「ん? これって」


 分厚いファイルのようなものだった。


「渡せて良かったですー。明日の朝早く行って渡そうと思ってたのですがねー。丁度よかったですー」

「見ていいんですか?」


 俺が聞くと、瀬戸先輩が頷いた。


「お」


 ゆっくりと開くと、そこには瀬戸先輩が今まで撮ってきた三河の着物写真が、瀬戸先輩のコメントと共にあった。


〝○月○日。今回は大人っぽい着物ですー〟


「今までの椿ちゃんをまとめてみましたー。約束ですからねー。頑張りましたよー、私ー」


 瀬戸先輩が胸の辺りでガッツポーズをする。


「無理しなくてもよかったのに」

「無理なんかじゃないですー。すごく楽しかったんですよー」


 そう言って笑う瀬戸先輩。


 写真の中でカメラに向かって最高の笑顔を見せている三河。うん、これが瀬戸先輩の愛がこもった三河の写真だ。


「ありがとうございます。瀬戸先輩」

「これも椿ちゃんのためですー」

「これ、明日すごい目立つ所に設置しますね」


 俺が言うと、瀬戸先輩は大きく頷いた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る