第34話 踏み出す

 文化祭当日。雲一つない青空が広がっていた。


 校庭の木々たちは紅葉を見せていて、これから来る冬に備えていた。


「俺が見ておくから、マルクと水ノ橋さんは模擬店見てきなよ」

「一人でイク」


 俺が言うと、マルクが嫌そうにそう言う。


「迷子になるといけないから、水ノ橋さんと一緒に行った方がいいよ」

「迷子に何かナラナイ」

「じゃ、じゃあ、水ノ橋さん一人じゃ危ないから……」

「ナンカ、オレとキョーナをくっ付けようとしてナイ?」

「そ、そんなことは」


 マルクが疑惑の目で俺を見てくる。ちっ、ばれたか。


「君島くん、そんなに気を使わないでください」


 水ノ橋さんが言う。


「あ、いや。気を使ってるんじゃなくて、その……」


 俺は、夏に別荘の使用人が話していたことを覚えていた。


「一回……ゆっくり二人で話す機会があればと思って。俺が口出すことじゃないかもしれないけど、やっぱ、幸せになってほしいし……」


 もう何言ってるか自分でも分からなかった。


「話すキカイならいくらでも……」

「マルク、行きましょう」

「え? あ、ああ……」


 水ノ橋さんが突然何かを決意したかのようにマルクの手を取って歩き出した。マルクはそれに引きずられるように歩きだした。


 どうやら、上手く行きそうかな?


 そんな感じで、広い部室で俺は一人入口付近の椅子に座ってお客の入りを待っていた。目の前の机には、水ノ橋さんが作ってくれた和道部の活動内容の書かれた小さな印刷紙が数十枚置かれていた。もちろん実際の活動内容を多少捻じ曲げてはあるが。そしてここからずらっと部室を一周するようにして展示物が並べてあった。


「あ、どうぞ見てって下さい」


 二人組の女生徒が部室の前を通りかかったので俺は声をかける。興味本位に見てみようかとはしゃぐ女生徒。


「ぶっちゃけ大したものはないんですがね」


 俺はつい本音を言う。


「わー、何これ、この子可愛いー」


 女生徒の一人が、例の瀬戸先輩の撮った三河の写真集ファイルを広げてそう言った。


 意外と好評のようだ。


「一応見に来ましたよー」

「よ!」

「ども」


 あの後も何人か人が来始め、俺が多少忙しなく動いていると、一気に三人も知る顔が来た。


「瀬戸先輩。祐樹。三河。来てくれたんですね」


 俺は思わず顔を綻ばせる。


「もちろんですよー」

「お、結構人入ってるじゃねーか」

「朽木くんはあたしがここに来ようとしたら勝手に付いてきて、萌美先輩とは偶然そこで会ってね」


 三河が三人で来た理由を説明する。


「お前ら二人はいいのかよ、準備とか」

「ステージの最後の演目だからな。まだちょっと時間あんだよ」

「そうよ。それより、水ノ橋さんとマルクは? どうしていないのよ」


 三河が周りを少し見渡してから言う。


「あ、あいつらは先に模擬店回らせに行かせた。戻ってきたらかわってもらうつもり」

「えー、何だよぉ。あいつらにここ任せておけばよかったのに。そうすりゃ今一緒に俺らが模擬店回れたのに」

「あー、それもそうだな。でもあいつらも、色々あるし」


 そう言って、俺は頭を掻いた。


「まーいいよ! とりあえず俺ら全然知らないし、ここ見させてもらうぜ」

「うふふー。楽しみですー」


 そう言って、祐樹と瀬戸先輩が展示を見に行ってしまった。三河は何故か俺の前から動かない。


「あのさ、君島くん」


 三河が俺に話しかけてくる。


「ん? 何?」

「あたし、頑張るから!」


 少し大きな声で、三河が強く言うものだから、周りにいた生徒が全員こっちを一斉に見た気がした。


「三河は、今でも十分頑張ってるじゃん。この一週間さ、三河は一度もここに顔出さなかったし、それって頑張ってる証拠だよ。だから、絶対に公演、見に行くよ」


 見に来てって言いたかったんだろ? とでも言うように、俺は言った。


 三河は、嬉しそうに笑った。

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