第14話 君のために
日曜日、三河と瀬戸先輩が再び家に来た。
「これなんかどうかしらー」
「いやいやこっちじゃないですかー?」
奥でそんな会話が聞こえてくる。
母さんがいやにはりきっている。
なぜ今日、三河と瀬戸先輩が俺の家に来ているのかというと。
先日、瀬戸先輩がコンテスト用の写真を、三河をモデルにして撮りたいと言っていた。それの撮影をしたいとのことで俺の家に集まったのだ。
俺は二つ返事で許可を出した。
三河を取り囲んでいる女二人。騒がしい。
「どれでもいいじゃん。さっさと着付けすれば?」
俺が三河たちの所へそう言いながら顔を出す。
「何言ってるんですかー。私の大事なコンテストの写真なのですよー? どれでもいいことはないですよー。真剣に吟味しますー」
瀬戸先輩が、俺に向かってそう言う。
「そ、そうですか」
俺は何も言い返せない。
確かに、瀬戸先輩にとってはすごく大事なコンテストの写真を撮るのだ。手を抜けないんだろう。
「ひろちゃん。どれがいいと思う? どれが椿ちゃんに一番似合うかしら?」
母さんが俺に聞いてくる。
「どれって……」
俺は困った顔をした。
「私にとってはね、彼女たちも大事なお客様なの。別にお金は取るつもりはないけど、こうして着物に興味を持ってくれて、私はとっても嬉しいわ。だからね、お客様に一番似合う着物を着て欲しいの。ひろちゃん分かる?」
「あ、ああ」
俺は母さんの言葉に頷いた。
俺だって、ずっと母さんや父さん達の仕事を小さいころから見ている。高い着物を人に売りつけているだけだって外からは見られるかもしれないけれど、そうじゃない。母さん達は日本の伝統を守ると同時に、客の笑顔を一番に考えている。
「俺は……」
俺は店内を見回す。
色とりどりの配色の着物。三河に似合いそうな着物を目で探す。
「よし、あたし君島くんが選んでくれた着物着る!」
「え?」
三河が急にそんなことを言い出したので、俺は驚く。瀬戸先輩も驚いた顔をしていた。
「いいでしょ?」
「いや、その。いい、けど」
プレッシャーだ。
「あーあ。お母さんもこんな可愛い娘が欲しかったんだけどね、本当は」
母さんが、急にそんなことを言い出した。
俺はこの家の一人息子なので、そう思っていても不思議じゃなかったが、今まで口にしたことはなかったのに。
「あ、じゃあ私がお嫁に来てもいいですか?」
「はぁ?」
三河の言葉に、俺は少し大きな声を出す。
「あらぁ、いいの? こんな可愛い子ならお母さん大歓迎だけど」
「はい!」
三河が笑顔で頷いた。
「ちょっと待って。よくないよ!」
俺は必死で否定した。
そう言えば三河椿は、自己紹介の時に呉服屋のお嫁さんになるのが夢とか何とか言ってたんだっけ。
和道部のことで頭がいっぱいで、いつの間にか忘れていた!
「本当にいいの? うちの息子で」
「はい!」
「おいおいおいおい!」
着物選びそっちのけで、俺は否定する。一生懸命否定する。
これで本当に結婚とかなってしまったら、冗談じゃない。
「勝手に決めるなよ!」
「ふふふ。もっと親睦を深めてから話を進めましょうね」
母さんが不敵な笑みを見せる。
俺はもう泣きそう。
「楽しそうですー」
瀬戸先輩が蚊帳の外から俺達のことを羨ましそうに見ている。別に楽しくなんかないから。
「ああーもう。あれ、いいんじゃない?」
俺は頭を抱えながら、ふと目にとまった着物を指さす。
「あら。いいわね」
母さんがそう呟いた。
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